文字数 465文字

『お世話になりました! 幸せな時間をありがとう。 大好きだったよ、こうくん。』

 しばらく停止した思考が、パソコンの再起動みたいに、ゆっくりと動き出しメモ用紙の文字を読み込んでゆく。いつもより冷えた空気に気付き、やっと部屋の空間が広いと感じとった。
 きっと少しずつ物は減っていたのだろう。それにさえ気付かずに、最後のメモ用紙一枚になっても理解するのに時間を必要としたなんて。最悪だと思った。彼女の行動よりも、自分の有様に。
 それからは何も出来なかった。いや、やる気が起きなかった。テレビは見るでもなく、つけっぱなしだった。飲み食いは、大して喉を通らないので買いだめされた物で十分だった。ソファで寝起きして、リモートでのミーティングは手櫛とマスクで不摂生を誤魔化した。仕事で使うキャッチコピーは、書き溜めたストックから選んで、時にはフォントを変えて使いまわした。
 部屋ごと過去に閉じ籠ったまま、その場しのぎの生活が続いた。ミーティングで職場のみんなと話しても、小さなモニターの向こう側に現実なんて感じもしなかった。ただ一人を除いては。
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