第55話 冴えない休日
文字数 1,676文字
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せっかくの土曜日だというのに出かける気になれず、圭太は午前中を家でだらだらと過ごした。頭に浮かぶのは呪いに関することばかりだった。
昨夜、祥吾からの連絡で、隆平の母が通り魔に襲われたことを知った。隆平はこれを、呪いが発動したためと捉えているという。
すでに呪いが発動した二人――哲朗と明充は、自身の体から奪われていた。哲朗は謎の発疹に襲われ、まともな生活を送れなくなり、明充は脚の感覚を奪われた。
二人の例から、圭太は思いこんでいた。呪いによって災難を受けるのは、自分自身なのだと。
しかし隆平の場合、呪いの矛先は母へと向かった。
まさか家族に災難が降りかかるなんて、考えもしていなかった。
早く珠代の魂を鎮め呪いを解かなければ、今度は自分の家族が、隆平の母と同じような目に遭うかもしれない。
夕方になり、母が買い物に出るというので圭太は心配してついて行った。母にひとりで出歩いてほしくなかった。
「あら珍しい。もうお母さんと一緒に歩くの嫌なんじゃなかったっけ?」と母は息子を茶化した。
結局買い物に出ただけで一日が終わった。夜、圭太はひどく疲れていた。
六月のはじめだというのに、昼間の気温は三十度を超えていた。暑さのせいもあって、全身がだるかった。
勉強部屋の窓を開け、扇風機を強にして回していたが、室内の空気はこもっている。何もやる気が起きず、ぼんやりとスマホをいじり、特に興味もないサイトを巡った。
そうして時間をやり過ごしていると、ドタドタと階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
「うわっ、この部屋暑ーい」
颯太が入ってくる。
「兄ちゃんもこんなとこいないで、こっち来れば良かったのに。ばあちゃんの部屋、涼しかったよ」
颯太は涼しい顔で言った。さっきまで祖母の部屋で過ごしていたのだろう。祖母の部屋にはエアコンがある。
「僕たちの部屋にもエアコン付けてほしいよねえ」
「それより俺はひとり部屋がほしい」
圭太と颯太は一つの部屋を、カーテンで仕切って使っている。
ひとり部屋を与えられている同級生を、圭太はいつもうらやましく思っていた。別に弟が邪魔だというわけではない。颯太はほとんどの時間を祖母の部屋で過ごしているので、勉強部屋は実質圭太のひとり部屋と考えて良かった。ただ、友達を家に呼ぶとなったとき、部屋に弟の気配があるのは、恰好悪い気がして嫌なのだ。
「あ、そうだ兄ちゃん、制服のワイシャツって一枚余分にある?」
思い出したように、颯太が言った。
「ワイシャツ? あるけど、どうしたの?」
「昨日ちょっと、だめにしちゃって」
颯太はちらりとごみ箱のほうを見やった。圭太もつられて目をやる。ごみ箱の中には汚れたワイシャツが突っこまれていた。
「あんなんじゃもう着られないな」
「でしょ? だから兄ちゃんのワイシャツ一枚くれない? お願い」
「しょうがねえなあ。いいよ」
タンス代わりに使っているプラスチックケースから予備のワイシャツを取り出し、渡してやる。そこで気がついて、圭太は尋ねた。
「颯太、家庭科部っていつも何時くらいに終わる?」
心配すべきは、母だけじゃない。呪いのせいで弟が災難に遭うことだって考えられた。
「えー? 何時だっけ」
「遅い?」
「ううん、いつも早めに切り上げちゃうよ。みんなで集まってお菓子食べるだけで終わっちゃうときもあるし」
「お気楽な活動だな」
考えてみれば、颯太はだいたいいつも自分より先に帰宅している。祖母の世話をするため、学校を出ると寄り道もせず帰って来ているようだ。
(颯太は、大丈夫そうかな……)
学校から家までの道は人通りも多く、通り魔のような不審者が潜めそうなところはない。まだ明るい時間に通るのだし、問題はないだろう。それに仮にも、颯太は男だ。普段は甘えたがりで幼いところもあるが、いざとなれば女の母より強いだろう。
どうか、俺の家族に何も起きませんように。圭太は祈った。
そんな兄の思いを知る由もなく、颯太は呑気に言う。
「月曜日ね、友達からハムスターもらえることになったんだあ。可愛いだろうなあ、ハムスター」
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