第45話 オチ
文字数 2,434文字
祥吾は静かに首を振った。
「除霊……ではないと思う」
「じゃあ何よ?」
「そうだな、供養って捉え方が一番近いんじゃないかな」
「供養」と圭太は復唱する。
供養って具体的に何をするのだろう。線香を上げて手を合わせれば、珠代は成仏してくれるのか。
「供養なら、おばあちゃんがずっとしてたんじゃない? お供え物とかして、珠代さんのために祈ってたんだろ?」
「だけど未だ珠代さんの魂は救われず、あの山をさまよっている。それに奥野のばあちゃんも言ってだろ、結局自分の前に珠代さんは出て来てくれなかったって。珠代さんは俺たちには姿を見せた。きっと意味があるんだ。俺たちでないとだめなんだ。俺たちでないと、珠代さんを供養できない」
祥吾が話している途中から、望はスマホを操作しはじめていた。
「あ、わかったかも」
画面から目を離さず言う。
「供養って調べたらなんか色々難しい説明が出てくるんだけど、要するに供物と祈りを捧げて、死者への真心を示すらしい」
それなら手軽にできそうだぞ、と圭太は考える。少なくとも除霊よりは簡単だろう。
「やることは決まったな」
祥吾が胸の前で腕組みした。
「全員で視影に行く。珠代さんに再び会う。四年前のことを詫び、許してもらう。珠代さんの言葉を聞く。彼女が伝えたいこと、託したいこと、恨み辛み……俺たちに対して訴えたいことがきっとあるはずだ。それらをきちんと受け止めよう。そうして珠代さんのために誠心誠意祈ろう」
圭太と望は神妙な顔でうなずいた。
「問題は、全員でってところだな。隆平と明充は今――」
「ああっ!」
隆平の名前が出て、圭太は思い出した。
「俺、これから隆平の家までメモ受け取りに行かないとなんだわ。やべえ、時間大丈夫かな」
自宅に軟禁状態でいる隆平との、唯一の連絡手段。窓からメモを落としてもらい、それを拾うことで隆平の安否や、その日起きた変化などを知れるのだ。
「じゃあ俺行くわ。話の続きはまた明日な」
二人に別れを告げ、圭太は隆平の家へと駆けだした。
■ ■ ■
隆平は机に向かい、一心にペンを走らせていた。もうすぐ圭太か祥吾が、自分の書いたメモを拾いに来る時間だ。それまでに伝えたいことを書ききっておかなければ。
本当はもう少し余裕をもって、メモを用意しておくつもりだった。しかし今日は朝から母の機嫌が悪く、いつもの倍近い量の課題を言いつけられてしまった。与えられた問題集に向かっているうち、時間が迫っていた。
階段を上がってくる足音が聞こえた。母だ。
「隆平? 母さん手が空いたから、また勉強見てあげるわね」
慌ててメモを畳み、窓の外に投げ落とした。ほとんど同時に、勉強部屋の扉が開かれる。
「隆平? 何をやっているの?」
「ああ、母さん、何? どうしたの?」
「どうしたのってあなた、母さんの声聞こえてなかったの? 勉強見てあげるって……」
「う、うん、ありがとう。今ちょっと空気の入れ換えをしていたところなんだ」
「そうなの?」
母が窓に目をやる。隆平は肝が冷えた。
「さあ机に戻りなさい」
母は特に追及してこなかった。慣れた動作で、部屋の隅から自分用の折り畳み椅子を引っ張ってくる。勉強机の傍に据えた。
「なんでも質問しなさい。田舎の三流教師なんかより、母さんのほうが優秀よ。隆平、わからないところはない?」
「今のところはないよ。大丈夫、すごく順調だよ」
隆平は重い足取りで机の前に戻った。母が隣にいるだけで、呼吸が浅くなる。
問題集のページを操っていると、ふいに母が訊ねた。
「そういえば、さっき窓から何か捨ててなかった?」
「ううん、そんなことしてないよ」
「あら、そう?」
母からもの言いたげに見つめられ、隆平は生きた心地がしなかった。
(やっぱり母さんは、さっきメモを投げ捨てたところを見ていたんだ……)
母にメモを拾われてしまえば、圭太たちと繋がっていると知れる。きっと一昨日以上に責められるはずだ。
興奮する母を宥める労力を思い、隆平はため息をついた。
「何? どこかわからない?」
「あ、違う。大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから」
隆平は慌てて微笑んだ。
「疲れたなんて言わないでちょうだいよ」
母が隆平の膝を叩く。
「今頑張らなかったら、後で取り返しのつかないことになるのよ」
「そうだね、母さん」
ちょっと黙っててくれないかなと、隆平は苛立つ。母のせいで、問題に集中できない。
忙しくペンを動かす隆平の横で、母はひとりごちる。
「来年の四月からは東京で新生活ね。きっと隆平の高校生活は有意義なものになるわ……」
母の中で、息子が東京の高校を受験するというのは決定事項のようだ。
しかし隆平の希望は、近隣の高校に進学することだった。住み慣れた土地を離れたくなかった。
ちらりと、隆平は窓を見やる。そろそろメモが拾われている頃だろう。今日のメモには、いまだ呪いらしき影響が出ていないこと、そして本当は自宅学習なんかやめて、みんなと同じように学校で勉強したいという胸の内を書き記しておいた。
ガタン、と外で物音がする。
「やだ、なあに?」
母が眉をひそめた。
「裏庭かしら」
「と、隣の家じゃないかな?」
「いいえ、今のは絶対うちよ。そうだ、いつだったか裏庭に猫のふんが落ちてたのよねえ。野良猫が出入りしてるのよ」
ちょっと見てくるわ。母が立ち上がる。
隆平は咄嗟に、母の腕をつかんだ。
「母さん、この問題わからない。教えて」
しかし母は息子の腕を振りほどいて、
「すぐ戻るから。先に別の問題解いておきなさい」
隆平の心臓はドクドクと激しく脈打った。今の物音は、圭太か祥吾が裏庭に侵入したときの音かもしれない。今母を向かわせては、鉢合わせてしまうんじゃないか。
ペンを放り出し、母を追いかけた。階段を駆け下りた直後、裏口から母の金切り声が聞こえた。
「あなた、うちの庭で何しているの!」
(ああ、見つかっちゃったんだ……)
全身の力が抜ける。
どうしよう。
隆平はその場に崩れ落ちた。
「除霊……ではないと思う」
「じゃあ何よ?」
「そうだな、供養って捉え方が一番近いんじゃないかな」
「供養」と圭太は復唱する。
供養って具体的に何をするのだろう。線香を上げて手を合わせれば、珠代は成仏してくれるのか。
「供養なら、おばあちゃんがずっとしてたんじゃない? お供え物とかして、珠代さんのために祈ってたんだろ?」
「だけど未だ珠代さんの魂は救われず、あの山をさまよっている。それに奥野のばあちゃんも言ってだろ、結局自分の前に珠代さんは出て来てくれなかったって。珠代さんは俺たちには姿を見せた。きっと意味があるんだ。俺たちでないとだめなんだ。俺たちでないと、珠代さんを供養できない」
祥吾が話している途中から、望はスマホを操作しはじめていた。
「あ、わかったかも」
画面から目を離さず言う。
「供養って調べたらなんか色々難しい説明が出てくるんだけど、要するに供物と祈りを捧げて、死者への真心を示すらしい」
それなら手軽にできそうだぞ、と圭太は考える。少なくとも除霊よりは簡単だろう。
「やることは決まったな」
祥吾が胸の前で腕組みした。
「全員で視影に行く。珠代さんに再び会う。四年前のことを詫び、許してもらう。珠代さんの言葉を聞く。彼女が伝えたいこと、託したいこと、恨み辛み……俺たちに対して訴えたいことがきっとあるはずだ。それらをきちんと受け止めよう。そうして珠代さんのために誠心誠意祈ろう」
圭太と望は神妙な顔でうなずいた。
「問題は、全員でってところだな。隆平と明充は今――」
「ああっ!」
隆平の名前が出て、圭太は思い出した。
「俺、これから隆平の家までメモ受け取りに行かないとなんだわ。やべえ、時間大丈夫かな」
自宅に軟禁状態でいる隆平との、唯一の連絡手段。窓からメモを落としてもらい、それを拾うことで隆平の安否や、その日起きた変化などを知れるのだ。
「じゃあ俺行くわ。話の続きはまた明日な」
二人に別れを告げ、圭太は隆平の家へと駆けだした。
■ ■ ■
隆平は机に向かい、一心にペンを走らせていた。もうすぐ圭太か祥吾が、自分の書いたメモを拾いに来る時間だ。それまでに伝えたいことを書ききっておかなければ。
本当はもう少し余裕をもって、メモを用意しておくつもりだった。しかし今日は朝から母の機嫌が悪く、いつもの倍近い量の課題を言いつけられてしまった。与えられた問題集に向かっているうち、時間が迫っていた。
階段を上がってくる足音が聞こえた。母だ。
「隆平? 母さん手が空いたから、また勉強見てあげるわね」
慌ててメモを畳み、窓の外に投げ落とした。ほとんど同時に、勉強部屋の扉が開かれる。
「隆平? 何をやっているの?」
「ああ、母さん、何? どうしたの?」
「どうしたのってあなた、母さんの声聞こえてなかったの? 勉強見てあげるって……」
「う、うん、ありがとう。今ちょっと空気の入れ換えをしていたところなんだ」
「そうなの?」
母が窓に目をやる。隆平は肝が冷えた。
「さあ机に戻りなさい」
母は特に追及してこなかった。慣れた動作で、部屋の隅から自分用の折り畳み椅子を引っ張ってくる。勉強机の傍に据えた。
「なんでも質問しなさい。田舎の三流教師なんかより、母さんのほうが優秀よ。隆平、わからないところはない?」
「今のところはないよ。大丈夫、すごく順調だよ」
隆平は重い足取りで机の前に戻った。母が隣にいるだけで、呼吸が浅くなる。
問題集のページを操っていると、ふいに母が訊ねた。
「そういえば、さっき窓から何か捨ててなかった?」
「ううん、そんなことしてないよ」
「あら、そう?」
母からもの言いたげに見つめられ、隆平は生きた心地がしなかった。
(やっぱり母さんは、さっきメモを投げ捨てたところを見ていたんだ……)
母にメモを拾われてしまえば、圭太たちと繋がっていると知れる。きっと一昨日以上に責められるはずだ。
興奮する母を宥める労力を思い、隆平はため息をついた。
「何? どこかわからない?」
「あ、違う。大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから」
隆平は慌てて微笑んだ。
「疲れたなんて言わないでちょうだいよ」
母が隆平の膝を叩く。
「今頑張らなかったら、後で取り返しのつかないことになるのよ」
「そうだね、母さん」
ちょっと黙っててくれないかなと、隆平は苛立つ。母のせいで、問題に集中できない。
忙しくペンを動かす隆平の横で、母はひとりごちる。
「来年の四月からは東京で新生活ね。きっと隆平の高校生活は有意義なものになるわ……」
母の中で、息子が東京の高校を受験するというのは決定事項のようだ。
しかし隆平の希望は、近隣の高校に進学することだった。住み慣れた土地を離れたくなかった。
ちらりと、隆平は窓を見やる。そろそろメモが拾われている頃だろう。今日のメモには、いまだ呪いらしき影響が出ていないこと、そして本当は自宅学習なんかやめて、みんなと同じように学校で勉強したいという胸の内を書き記しておいた。
ガタン、と外で物音がする。
「やだ、なあに?」
母が眉をひそめた。
「裏庭かしら」
「と、隣の家じゃないかな?」
「いいえ、今のは絶対うちよ。そうだ、いつだったか裏庭に猫のふんが落ちてたのよねえ。野良猫が出入りしてるのよ」
ちょっと見てくるわ。母が立ち上がる。
隆平は咄嗟に、母の腕をつかんだ。
「母さん、この問題わからない。教えて」
しかし母は息子の腕を振りほどいて、
「すぐ戻るから。先に別の問題解いておきなさい」
隆平の心臓はドクドクと激しく脈打った。今の物音は、圭太か祥吾が裏庭に侵入したときの音かもしれない。今母を向かわせては、鉢合わせてしまうんじゃないか。
ペンを放り出し、母を追いかけた。階段を駆け下りた直後、裏口から母の金切り声が聞こえた。
「あなた、うちの庭で何しているの!」
(ああ、見つかっちゃったんだ……)
全身の力が抜ける。
どうしよう。
隆平はその場に崩れ落ちた。
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