第73話 知らない
文字数 1,594文字
隆平から話の続きを聞いたのは、祖母の通夜から一週間が経った頃だった。
夏期講習からの帰りに、二人でコンビニに寄った。アイスを買い、駐輪スペースの日除けの下で封を開けた。
「みんなで視影に行った日」
ソーダ味のアイスキャンディーを一口かじって、隆平は切り出した。
「鈴の音がして、珠代さんが現れたでしょ? あのとき、どうしてみんなびっくりしてたの?」
「え? どうしてって……隆平だって驚いただろ? 珠代さんが激変してて」
神社へと続く石段の手前で、圭太は初めて本来の姿の珠代と対面した。生前の珠代は、とてもきれいな人だったようだ。四年前のバケモノじみた姿とはまったく違っていたので、隆平に教えてもらわなければ、それが珠代だとは気づけなかっただろう。
(あれ……?)
そこで圭太は不思議に思った。
あのとき、一同の前に現れた彼女を見て、隆平だけはすぐに珠代だと認識できていた。
四年前とは違う姿なのに、どうしてそんなことができたのだろう?
「……もしかして、隆平の前にはずっとあの姿で?」
あるときから、隆平の元にだけ珠代が姿を見せるようになっていた。それをきっかけに、隆平は圭太らに呪いの発動を指摘したのだ。
「そうだよ」
隆平は真面目な顔でうなずいた。
「だけどやっぱり、最初にあのきれいな姿を見たときは、びっくりしたんだろ?」
「びっくりというか、怖かったよ」
「何を怖いことあるんだよ」
「だって呪いをかけたとか言ってきた相手だよ? 普通に怖いよ」
言われて思い返してみると、隆平は珠代が現れるようになってから、怯え続けていたのだった。そのせいで母親に付け入る隙を与え、自宅軟禁を許してしまった。
「それでも、四年前みたくバケモノの状態で出てこられるよりは全然マシじゃんか」
圭太が笑い飛ばすと、隆平は意外な反応を見せた。
「四年前とは、そんなに姿が違うの?」
きょとんとした顔で、尋ねてくる。
「四年前は、一体どんな感じだったの?」
「え?」
圭太は混乱した。どうして隆平は今になって、珠代の姿を確かめようとするんだ?
「どんな感じって……隆平だってあの場にいたじゃんか。山ん中で追いかけられただろう? 忘れたの?」
「でも僕、見てないんだ」
「見てない?」
圭太は思わず、訝るように目を細めた。
「あのとき、穴倉の傍で、僕は圭太の逃げろって声を聞いて駆けだした。バケモノだって言うから、怖くて後ろを振り返れなかったんだ。ずっと前だけ見て逃げた」
「じゃああのときは? 隆平だけ茂みに引きずりこまれたじゃん? そこで呪いの言葉を聞いたんだろう?」
「うん、そうだね……何かが覆いかぶさってきて、耳元で息遣いを感じた。殺されるんじゃないかと思った。怖くて怖くて、ずっと目をつぶってた。呪いの言葉を聞いて、明充が助けに来てくれるまで、ずっとそうしてた。だから直接は珠代さんの姿を見てなかったんだよ」
「じゃあなんで珠代さんが現れるようになったとき、四年前のバケモノだってわかったの?」
「それは、みんなが話すのを聞いて、特徴だけは知ってたから。長い髪で、白い服で……他に思い当たるものもないし、だからすぐに、ああこの人がそうなんだ、あのときのバケモノなんだってわかった」
圭太は唸った。
これは、どういうことだろう。
ここまでの話を頭の中で整理する。
供養のために視影へと入った日、珠代が本来の姿を取り戻しているのを見て、魂が浄化されはじめたためと圭太は解釈していた。あの場で誰も疑問を口にしなかったことからも、それが共通認識だと思った。
しかし隆平の話では、自分たちが供養へと動き出す前から、珠代は生前の姿に戻っていたという。
珠代の魂は最初から浄化されていたのか。
一体、何がきっかけで?
そのとき、圭太の脳裏に恐ろしい想像が浮かんだ。すっと背中が冷えていくのを感じる。
自分たちは、大きな勘違いをしていたのかもしれない。
夏期講習からの帰りに、二人でコンビニに寄った。アイスを買い、駐輪スペースの日除けの下で封を開けた。
「みんなで視影に行った日」
ソーダ味のアイスキャンディーを一口かじって、隆平は切り出した。
「鈴の音がして、珠代さんが現れたでしょ? あのとき、どうしてみんなびっくりしてたの?」
「え? どうしてって……隆平だって驚いただろ? 珠代さんが激変してて」
神社へと続く石段の手前で、圭太は初めて本来の姿の珠代と対面した。生前の珠代は、とてもきれいな人だったようだ。四年前のバケモノじみた姿とはまったく違っていたので、隆平に教えてもらわなければ、それが珠代だとは気づけなかっただろう。
(あれ……?)
そこで圭太は不思議に思った。
あのとき、一同の前に現れた彼女を見て、隆平だけはすぐに珠代だと認識できていた。
四年前とは違う姿なのに、どうしてそんなことができたのだろう?
「……もしかして、隆平の前にはずっとあの姿で?」
あるときから、隆平の元にだけ珠代が姿を見せるようになっていた。それをきっかけに、隆平は圭太らに呪いの発動を指摘したのだ。
「そうだよ」
隆平は真面目な顔でうなずいた。
「だけどやっぱり、最初にあのきれいな姿を見たときは、びっくりしたんだろ?」
「びっくりというか、怖かったよ」
「何を怖いことあるんだよ」
「だって呪いをかけたとか言ってきた相手だよ? 普通に怖いよ」
言われて思い返してみると、隆平は珠代が現れるようになってから、怯え続けていたのだった。そのせいで母親に付け入る隙を与え、自宅軟禁を許してしまった。
「それでも、四年前みたくバケモノの状態で出てこられるよりは全然マシじゃんか」
圭太が笑い飛ばすと、隆平は意外な反応を見せた。
「四年前とは、そんなに姿が違うの?」
きょとんとした顔で、尋ねてくる。
「四年前は、一体どんな感じだったの?」
「え?」
圭太は混乱した。どうして隆平は今になって、珠代の姿を確かめようとするんだ?
「どんな感じって……隆平だってあの場にいたじゃんか。山ん中で追いかけられただろう? 忘れたの?」
「でも僕、見てないんだ」
「見てない?」
圭太は思わず、訝るように目を細めた。
「あのとき、穴倉の傍で、僕は圭太の逃げろって声を聞いて駆けだした。バケモノだって言うから、怖くて後ろを振り返れなかったんだ。ずっと前だけ見て逃げた」
「じゃああのときは? 隆平だけ茂みに引きずりこまれたじゃん? そこで呪いの言葉を聞いたんだろう?」
「うん、そうだね……何かが覆いかぶさってきて、耳元で息遣いを感じた。殺されるんじゃないかと思った。怖くて怖くて、ずっと目をつぶってた。呪いの言葉を聞いて、明充が助けに来てくれるまで、ずっとそうしてた。だから直接は珠代さんの姿を見てなかったんだよ」
「じゃあなんで珠代さんが現れるようになったとき、四年前のバケモノだってわかったの?」
「それは、みんなが話すのを聞いて、特徴だけは知ってたから。長い髪で、白い服で……他に思い当たるものもないし、だからすぐに、ああこの人がそうなんだ、あのときのバケモノなんだってわかった」
圭太は唸った。
これは、どういうことだろう。
ここまでの話を頭の中で整理する。
供養のために視影へと入った日、珠代が本来の姿を取り戻しているのを見て、魂が浄化されはじめたためと圭太は解釈していた。あの場で誰も疑問を口にしなかったことからも、それが共通認識だと思った。
しかし隆平の話では、自分たちが供養へと動き出す前から、珠代は生前の姿に戻っていたという。
珠代の魂は最初から浄化されていたのか。
一体、何がきっかけで?
そのとき、圭太の脳裏に恐ろしい想像が浮かんだ。すっと背中が冷えていくのを感じる。
自分たちは、大きな勘違いをしていたのかもしれない。
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