文字数 1,148文字

「君の車って、窓が大きいのね」
 クリームソーダを飲み干した僕らは、店をでる。「ねえ」と彼女は僕に声をかけると、「あたし、君の車に乗ってもいい?」と訊ねてくるのであった。もちろん、と僕は答える。車のロックを解除し、運転席のドアをあける。助手席のドアがひらき、僕と同じタイミングで彼女も席に座る。僕は鍵を回してエンジンをかけ、シートベルトを躰にくぐらせ、サイドレバーを引きおろしてシフトレバーをDの位置まですべらせる。
 動きだした僕の車の助手席で、彼女は車内をぐるりとみわたしたあと窓からすこしずつ離れていく商業施設の出入り口をながめていた。店内の方には、客が各々に呼吸とショッピングをしている。
「どこに行こう?」僕は駐車場をぬけて国道にでると、すぐに赤信号に止められた。
「どこって、君のつづきをしましょうよ」彼女は前にいる車のブレーキランプをぼんやり見つめながら、さも当然のような口調で言う。
「僕のつづき?」
「河川敷にいくんでしょ?」
 なるほど、僕らは河川敷へとつづいていくらしかった。僕はこの信号先にある交差点を左折して田舎の町の方向へむかうことにした。そこには山があり、大きな河が町を割っている。それをまたぐ鉄橋があり、橋の下にはゲートゴルフ場になっている広い芝生と、釣り人たちの車がちらほら置きざりにされている。
「それで、河川敷に行こうとしていたあなたの物語って、なに?」
「河川敷に行こうとしていた僕の物語だなんて、そんないちいち言葉を大きくしないで」僕は彼女の言い回しにすこし笑いながら返事をする。「なんか恥ずかしいから」
 それから僕は河川敷にむかう当初の目的をおもいだした。そして、べつに河川敷である必要性なんて全くないことも思い出した。なんなら河川敷では自殺は難しいのではないかとも思えた。しかし、いまはあまりそのことに対して考えるカロリーを回したくなかった。クリームソーダで得た糖を、いまは彼女との会話に投資したい。
「べつに河川敷に行かなきゃいけない理由なんて、ないよ。ただぼんやりしようかなと」
「そう。ぼんやりとするのね」彼女は車窓がほうり投げてく景色をもの憂そうにみていた。もの憂そうにみえたのは、彼女の気だるそうな目つきだからか。「たしかに、ぼんやりするには河川敷っていいね。よく行くの?」
 たまに、と僕は答えた。たまに行く。
「ナンパされて、クリームソーダを飲んで、河川敷に行くなんて今日になるとはね。毎日って、ほんとエブリデイよね」
 僕は笑った。意味がわからなかった。
「でも、この感じ嫌いじゃない。むしろ好き。なんていうか、人生の旅を感じるわ」
「人生の、旅」
「そうそう。旅よ」
 車は僕らを河川敷へとはこぶ。河川敷へと辿っていく。河川敷へとつづいていく。人生の、旅を感じている。
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