第10話 虫愛づる姫?(六)

文字数 1,174文字

だから、わたしと恋をしたいなら…

右馬の佐も、次から気の利いた虫の一匹くらい持ってきなさいね!

き、気の利いた虫って…

いったいどんな虫⁈

何よ、うちの男(を)の童(わらわ)なんて、ちょっとご褒美をあげれば、喜んでいろいろ珍しい虫を捕ってきてくれるのよ!
ま、そのご褒美の内容如何(いかん)では、私も毛虫の一匹二匹、捕ってくるにやぶさかではありませんが…
そう? じゃあ、こんなご褒美はどうかしら…

  やは肌のあつき血汐に触れも見で

  さびしからずや道を説く君

え? えええ?

いや、ちょ、ちょっと待って下さい、姫!

一応平安の姫という設定なのに、明治の天才女流歌人の和歌をパクるって、さすがにあり得ないでしょう‼

無茶苦茶ですよ、いくらなんでも…

うるさいわね!

何よ、さっきからごちゃごちゃごちゃ! 

生意気だわ、右馬の佐のくせに!

もう知らないっ、今夜はここまでね。バイバイ!

えー! 

姫よ、それはあまりと言えばあんまりな…

残念ね!

もし雰囲気よかったら、後朝(きぬぎぬ)の別れの時、一緒にモーニングコーヒー飲んであげようかと思ってたけど…

気が変わったわ。

当分おあずけよ、右馬の佐

姫、あなたの語彙の自由さには、心より敬服仕ります。

ああ、それにしても残念なのは後朝の別れを味わえぬこと……

飲んでみたかったなあ…

外(と)つ国よりもたらされし悪魔の実を、地獄の業火で焙りて作りたる漆黒の水を

あんたの語彙は古文って言うより――

厨二よね

あのー

次にお会いする時こそは、後朝の別れを共に惜しむことができましょうか…

だ・め!

気が変わったって言ったでしょ⁈

それじゃあ、なんだか簡単すぎるもの

か、簡単すぎる……⁈

いえ、私はもう十分に艱難辛苦を乗り越えてきた気がするのですが…

男が女に会うまでは面倒くさい手続きを山ほど踏まなきゃいけないけど、会ったあとはもう、すぐさま……みたいな習慣、わたしにはなんか違和感あるのよね…
し、しかし…

この時代の恋愛というのはそういうもので…

だからって、絶対そうしなければいけないということはないでしょ!

わたしはね、本当に大事なのは、男女が会ってからだと思うのよ。

最初のデートは手をつなぐだけ。二回目は、盛り上がったら口吸いもあるかもだけど、まあ、それも状況次第ね!

あの……ひ、姫…
何?

右馬の佐

あ、あなたは…

本当にこの時代の御人なのですか⁈

ふふふ…

さあ、どうかしらね…

――と申されますと?
わたしは、わたしよ。

いつの時代、どこの国に生まれても、わたしはわたしらしく生きるだけ。

ただ……

――ただ?
どんな時代、どんな国でもいいけれど…

だけは、あまりいないところの方がいいかもしれないわ…

「虫愛づる姫?」~fin~


※本作は、『堤中納言物語』の一篇「虫めづる姫君」のオマージュです。虫に関しては絶対王者の姫ですが、源信頼がいたずらで送ったオモチャの蛇にだけは参ったようです。

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