カオリ⑪

文字数 1,409文字

「次の講義まで、1時間何してる?」

「…オレ、調子悪いから今日帰るわ」

「え?大丈夫?」

ケンちゃんは答えずに、
こっちを振り返ることもなく、
カバンを持って図書室を出た。

「ケンちゃん、どうしたの?大丈夫?」

答えてくれない。
振り向いてもくれない。

「ケンちゃん、待って、ケンちゃんてば」

ケンちゃんの、
背中を追う。

嫌だ。

背中を、
追うのは、
いや。


シンちゃんを、
思い出す。


「ケンちゃん!」

玄関を出たところで、
ケンちゃんのカバンにしがみつく。

離したくない。

今この手を離したら
ケンちゃんといっしょにいられなくなる気がした。


「どうしたの?何で無視するの?」

ケンちゃんは、
うつむいたまま。

「帰るなら、私も帰るから待って」

「…なんで…カオリまで帰ることないじゃん」

やっと口を開いてくれた。

「ケンちゃん、今日どうしたの?朝から変だよ、何かあった?」

また、
返事はない。

私たちの間に、
風の音もなく
ただ
雪が静かに降る。

「………あの、トウドウってヤツ、何?」

ケンちゃんじゃないみたいな言葉だった。

「…何って……言ったでしょ、バイトの先輩だって。」

「それだけ?」

「……それだけ、だけど……」
どう答えよう。

「…だけど?」

言った方がいいのか。
隠しておくのはおかしい。
トウドウくんとは、
何もないのだから。

「…告白、されたの」

ウソはつきたくないから、
そう答えた。

「…そっか」

「ケンちゃん…」

「今年はクリスマス、予定入りそうだな、良かったじゃん」

ちがう。

トウドウくんとは、
何もない。

私が好きなのは。

言いたいけど、
声にならない。

だって、
ケンちゃんは
それを望んでいるのかもしれないから。

ケンちゃんが受ける学校に、
勝手についてきたのは私だ。

ケンちゃんは離れたかったのかもしれないのに。

クリスマスを
いっしょに過ごしたいと思ってるのは、
私だけかもしれない。

だけど。

「何で、そんなこと、言うの?」
やっと、
それだけ言えた。

「…わかんない?」

「…わかんない。」

どんなきもちで、
ケンちゃんがそんなことを言っているのか。

想像でなく、
ケンちゃんの口から、
聞きたい。

ケンちゃんと私の
肩に、
腕に、
雪が、
積もってゆく。

「……誰でも、良かったのかよ…」

「…え?」

「シンジじゃなくても、良かったのかよ?じゃあ、なんで……オレは……オレは、カオリにとって……何なんだよ」

なんて。
なんて言えばいいんだろう。

私のきもちを、
打ち明けても、
いっしょにいてくれる?

それとも、
それを伝えたら、


離れてしまうの?




「……ケンちゃんと私は、親友……でしょ?」

親友。
そう答えるしかない。

離れたくないから。

「…親友じゃ、ねぇよ」

「…え?」

親友、
でもなければ、
私たちは、
何なんだろう。

涙が、
どんどんこみあげてくる。


ケンちゃんが、
私の目をまっすぐに見た。

「親友じゃねぇよ……好きなんだよ!カオリのことが、ずっと!何でわかんねぇんだよ……!」

ケンちゃんが、
声を荒げるところを
初めて聞いた。

ううん、
そんなことよりも。



私の目から、とうとう涙がこぼれ落ちた。



追いつかない。

ケンちゃんが言った。

私を、
好きだって。


聞き違いじゃ、
ないだろうか。


本当に、

おんなじ?


「…期待、させんなよ…親友なら、もう、頼むから、オレを突き放してくれよ…!」

ケンちゃんが、
私のあげた栞を。
お揃いの栞を
玄関の床に叩きつけて、
行ってしまった。

今、
何が起きてるのだろう。

私は、
そこから
動けなかった。


その栞を、
私はやっと
震える手で
ゆっくりと拾うことしか
できなかった。



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