指切りげんまん〜また逢う日まで

文字数 10,269文字

プロローグ:


追憶に浸っていた。
苦痛に悶えた幼き日々を一つ一つ辿りながら、
情けない泣き声を上げる。
頭の中が、悔しいという気持ちでいっぱいになる。
歯を食いしばり、全身の震えが止まるのを待つ。
やっとの思いで落ち着きを取り戻した後、
再び、目の前の請求書に視線を移す。
いつもの事だと強がるも、こればかりは慣れない。
こうやって、
何度も壊れてはまた立ち直ってを繰り返してきた。
人生なんてこんなもんだと、
割り切ることができたなら、
どれほど楽に生きられただろうか?
そして、あの時思ったんだ。
“嗚呼、こうして人は終わるのだろう”



本文:


私の名前は、“青葉恵美”。
今年で十七歳。
傍から見たらただの女子高生。
けど、一つだけ周りとは違うことがある。
それは、この体が私のものでは無いということ。
.......................................
この体になってから、七年程が経過した。
最初は、違和感があったが、
この体にも随分慣れた。
むしろ今なら、前よりもしっくりくる。
私を育ててくれた義母が他界したのは、
三年以上前のことだ。
どんな時でも優しかった義母が居なくなってから、
今まで以上に虚しくなった。
悲しいという気持ちの他に、
物足りなさを感じるようになった。
虚しさと静寂だけが残ったこの部屋で、
今日も私は、パソコンと向き合う。
おそらく、今書いているものが最後の作品になるだろう。
そう思いつつ、歌詞を淡々と文字を入力していく。

“消えない
消えない
悲しみは

消えたい
消えたい
願わくば
etc…”

拙いポエムだ。
他人に読ませたら、こう言われるに違いない。
私だってそう思っている。
けど、薄っぺらい内容だとしても、
これはこれで、私だからこそ書けるものだ。
他の誰にも書けない唯一無二のものなんだ。
そう思えたなら、少しは書いたかいがあったと思うし、ある意味成功なのかもしれない。
例え、他人からの理解が無くとも、
自分が満足であるならそれでいい。
それは、小説でも同じだ。
自己満足に同情してくれる人が多いか少ないか、
ただそれだけの話だ。
「ごめんくださ〜い、刑事の丸井と申します〜」
夕食を食べ終え、リビングで寛いでいると、
インターホンが鳴った。
受話器を取ると、刑事を名乗る男と、
その隣に女性が一人、玄関の前に立っていた。
家のマンションは、一階にエントランスがあり、
専用の鍵で開けるなりしない限り、
中へ入ることはできないはずだ。
ともあれ、刑事の証である赤いバッチを付けているようなので、本物であることは間違いない。
ちなみに、刑事ドラマを見たおかげで、
それなりの知識はある。
私は、ドアのロックを解除して二人を中へ招き入れた。
「はじめまして、
警察署刑事課巡査部長の丸井 友和です。
隣にいるのは、警部補の珠美 真理です」
巡査部長を名乗る中年の男は、
とてもガタイがよく、刑事デカって感じの如何にもな格好をしている。
一方警部補の女性は、平均より少し小柄に見える。
「刑事さんは、私になんの用ですか?
犯罪行為はしてないですよ」
「何も、捕まえに来た訳じゃない。
俺らは貴女から聞きたい事がありましてね」
「と、言いますと?」
「今から八年前に死亡した、
男性の遺体が消失した件でね」
私は、温かい珈琲を二人に提供する。
八年前といえば、
嘗て男だった私と、
この体の持ち主である本物の恵美が、
同時に別の場所で別の死を遂げた事件の事だろうか?
「私を疑ってるんですか?
例えば、遺体を別の場所に遺棄した犯人として」
「それは違います」
「では?」
「おかしな話、貴女は事故に遭い、
死んでいても不思議ではない程の重症を覆った」
「医師の懸命な治療が幸をそうした結果、
私は今でも元気に生きながらえている」
「その通り。
そして、事故当初に貴女が搬送された病院の院長にも話を聞いたら、同時刻に搬送された男がいたそうだ」
おそらくこの刑事は、意識移植の事を言っている。
刑事が言うように、脳を損傷した少女と、
脳以外の部位を損傷した男がどういう訳か、
同時刻に同じ病院へ搬送された。
男の死因は投身自殺だった。
そして、とある医師が禁忌に触れた。
男の脳を少女に移植する事によって、
少女だけが助かり、
事故前と同じくらい動けるまでに回復した。
その後、男の遺体は病院の地下にある霊安室へ運び込まれたのだが、遺体が霊安室から消えていた。
「消えたって…誰がその事を報告したんですか?」
「唯一、彼の面会者として来た青葉春さんですよ」
「春が...??
「貴女の義母であり、彼の恋人だったと聞いている」
「よくご存じで...」
女性の刑事は、相変わらず黙ったまま私達の話を聞いていた。
会話の内容を記録しているようだが、
彼女からは何も質問されなかった。
「それで、死体と犯人探しを私も手伝えと?」
「その通りだ」
「死因は自殺だったんですよね?
なら、消えたところで何の意味があるんですか?」
「このところ、同じような事件が相次いで起きている。妙だと思いませんか?」
「わかりました。
ですが、捜査に協力する代わりに、
私が失くしたUSBメモリも探してください」
「USBメモリ?そんなに大切なものなのですか?」
「もしかしたら、捜査の手がかりになるかもしれない」
「やれやれ、わかりました。
では、続きはまた明日にしましょう」
刑事はそう言って立ち上がり、
携帯を見るや否や、そそくさと帰ってしまった。
私は、空のコップを洗いながら先ほどの話を振り返った。
USBメモリなら既に私の手元にある。
私が探しているのは、
義母が遺品として受け取ったものだ。
そのUSBメモリには、未完成の作品が一つ入っていた。
それがある日を境に消失した。
何処を探しても見当たらないのだ。
それに、刑事と話をしている時、
直接言われた訳では無いが、
まるで来る前から私の正体を分かっていたかのように
話していた事にかなり驚愕した。
やはり彼は、知っているのだろうか?
義母にすら打ち明けた事がない私の秘密を。
……………………
翌日も、約束通りに刑事達が訪ねてきた。
たわいもない雑談をしながら、
昨日した話を一つずつ整理していく。
私の死亡が確認された当日、
連絡を受けた青葉春は、病院へ駆けつけた。
しかし、彼女が病院へ到着した頃には既に遺体は跡形もなく消えていた。
ここで推測できる説はふたつある。
何者かが遺体を別の場所へ移したか、
あるいは、遺体をそのまま乗っ取り去ったのか...
二つ目の説は明らかに現実離れした話だが、
だからといって完全に否定する事もできない。
現に、この私が可能である事を証明してしまっているのだから。
私という実例がある以上、彼らにとっても見過ごす訳にはいかないはずだ。
「昨晩、この辺りで、謎の男を目撃したと近隣住民から通報がありました。
念の為、地域周辺の見回りを増やしていますが、
外出する際は十分気をつけてください」
「わかりました」
今のところ、目立った動きはないようだが、
私も他人事ではない為、
自衛の準備はしておいた方が良さそうだ。
「残念だけど、貴女の言っていたUSBメモリは見つからなかったよ。
その代わりといってはなんだけど、
面白い物を見つけた」
丸井刑事はそう言って、文庫本サイズの白い本を私に見せてきた。
「これは...」
紛れもなく、前世の私が大事に持っていた小説だった。
タイトルは、“memorys:〜はじまりの君へ〜”。
十年ほど前、絶版になった作品だ。
SF作品で、私はこの作品を手がけた作者のファンだった。
中学の頃、たまたまこの作品を本屋で見つけて読んでみたらハマって、それから同じ作者が書いた別作品を数冊購入し、それを擦り切れるまで熟読した。
内容は、主人公の少女と二人の友人が、
世界に対して報復をするというもの。
「よかったらどうぞ」
「どうしてこれを?」
「貴女の正体が黒澤 咲月であるということは、
我々も承知していますので」
驚きを隠しきれないが、
ずっと探していたものだったので、
私は素直にそれを受け取った。
ついでに、命を絶つ前に書いた遺書も渡された。
今更それを読む気にはならなかった。
それからしばらく、三人で当たり障りのない会話を続け、日も暮れてきた頃、二人は帰っていった。
その晩、
散歩がてらコンビニで買い物をする為に外へ出た。
普通なら、不審者の目撃情報が流れている時点で、
夜に女一人で出歩くのは危険すぎるのだが、
自分に限って襲われるなんて有り得ないと、
高を括っていた。
好奇心もあり、そういう阿呆な考えをする癖は昔から変わっていないようだ。
今思えば、その判断は間違いだった。
街灯の少ない路地を歩いていると、
黒服の男が通路の真ん中に立っていた。
私が来るのを待っていたかのようだった。
私は咄嗟に身構えた。
逃げようと考えながらも、震えた声で男に話しかける。
「私の体を盗んだのはアンタなのか?
それとも、成りすましか?
アンタは一体誰なんだ?」
そう易々と口を開くはずがない事は承知の上で、
私は男に対して詰め寄った。
その瞬間、私は前世で書いた物語のことを思い出す。
数ある作品の内の一つに出てくる敵役の怪物。
その名前は...
“フールの仮面”
「まさか...」
動揺を隠せずにいる中、
仮面の男からテレパシーが送られてくる。
「人生なんてこんなもんだ。
そう言って手放したのは君じゃないか?」
確かにそうだ。
今更、元の体を取り戻す理由はない。
もう一度、地獄のような日々に戻ろうとは思わない。
だが、今回に限っては私だけの問題じゃない。
先ほど、丸井刑事が言っていたように、
私以外のものも突然居なくなったのだ。
「行方不明の遺体は一人だけではないはずだ。
もしアンタが犯人だとするなら、
遺体を何処に隠したんだ?
他に共犯者がいるのか?
一体、何が目的なんだ?」
「それを突き止めるのが君たちの役目だ」
男は服の内側から刃物を取り出し、
猛スピードで襲いかかって来た。
どうやら、話し合いどころではないようだ。
私は、男が振り回す刃物を何とか交わしながら、
住宅街の中を逃げ回る。
四丁目の角を曲がったところに少し広い公園がある。
私は、全速力で走り続けて公園へと向かう。
公園の中へ入り、息を整えながら隠れる場所を探す。
男はすぐ側まで追ってきている。
茂みの中か、近くにある公衆トイレくらいしか見当たらない。
男が公園へ入ってくる。
このままでは...
と、その途端、
バンッ!と、辺りに大きな銃声が響き渡った。
後ろを振り返ると、そこにはいつも丸井刑事の隣にいる珠美警部補が、リボルバーを仮面の男に向けながら
警戒心剥き出しで立っていた。
「珠美さん!?
私は、しばらく硬直していた。
発砲許可もないのに何故撃ったのだろう?
救われたと安堵する反面、
珠美さんの行動に疑問を抱く。
「化け物相手じゃ法律なんか通用しませんから」
「ちょっ、どうして人じゃないって分かるんですか!?
「それよりも、また襲って来ますよ!」
頭を直撃した筈なのに、
仮面の男は物怖じせずピンピンしている。
ヤツには弾丸は効かないということか。
考える暇もなく近接戦闘に突入し、
私も携帯していた鞄の中からカッターを取り出す。
相手の刃を受け止め、
何とか身を守ることはできたが、
男の腕力で簡単に折られてしまった。
その時、男との距離は僅か五センチ。
「やられる...」
そう感じた私は、
全身の力が一気に抜けてその場で倒れ込んだ。
目を開けると、真っ白な天井があった。
心電図のような音を聞き、
ここが病院の一室であると直ぐに理解した。
横を見ると、男女二人がいた。
珠美警部補と丸井刑事だ。
「あの男は!?
開口一番、珠美さんに仮面の男の事を聞く。
珠美さんの話によると、
私が倒れたのと同時に、男は音もなく消え去っていったという。
「昨晩の事を珠美に聞いた。
貴女に大きな怪我がなくてよかった」
「仮面の男が犯人である事は間違いありません。
それよりも、これが組織的犯罪だとするなら...」
「とにかく今は、ゆっくり休んだ方がいい」
「はい...」
幸い、命に別状はなく、
軽い擦り傷だけで済んだ。
退院後は、また狙われる可能性もあるし、
未成年が自宅に一人なのは危ないということで、
珠美さんの自宅にしばらく泊まることとなった。
珠美さんの車で走ること三十分、
十階建ての洒落たマンションに着いた。
エレベーターで最上階へ上がり、
珠美さんが家のドアロックを解除して中へ入る。
そこには、白を基調とした透明感のある部屋が広がっていた。
「さぁ、入ってください」
「お邪魔します」
私は、拘りのある美しい空間に圧倒されながらリビングの方へ招かれる。
「良い部屋ですね、私もこういう所に住みたい」
「ありがとうございます。
周りからはつまらないと言われますが、
私はこの空間が好きです。
仕事での嫌な気持ちを癒してくれるんです」
「よく分かります」
珠美さんが、キッチンで紅茶を淹れてくれた。
気を使わせて申し訳ないと思いつつ、有難く頂いた。
泊まっている間は、お互いに事件の話はしなかった。
恋バナとか、好きな物の話とか、
なるべく明るい話題をチョイスした。
シャワーを浴び、珠美さんから借りた寝間着に着替え、珠美さんが用意してくれた布団で眠りについた。
翌朝、トーストを食べ終えて食器を片付けている時に、思い切って例の男について珠美さんに質問してみた。
「私が襲われた時、
どうして男が人ではないと思ったんですか?」
「それは...」
珠美さんは黙り込んでしまい、
これ以上男について話してくれなくなった。
身支度を済ませ、
珠美さんは職場へ、私は学校へ向かった。
学校では、事件のことは誰にも打ち明けなかった。
なるべく、いつも通りを心掛けて過ごすようにした。
三日も学校を休んでいたのに、
みんな以前と変わらず接してくれた。
そして、今日の放課後。
駅ビルのショッピングモールの屋上で事件が発生した。
一人の女子大生が、ショッピングモールの屋上から飛び降りようとしている所を、
私は駅の改札口前で見てしまった。
手元にあったスマホの画面を開き、ニャイッターを見ると、早速今起きている事がリアルタイムで話題になっている。
詳細を見てみると、彼女は、
駅前で路上ライブをしていた元バンドマンとの事。
スマホを片手に群がる野次馬を見下ろしながら、
彼女は涙を堪えピックを握りしめる。
そして上を見上げながら、助ける事もなく、ガヤガヤと騒ぎ立てる野次馬。
当然、彼らには彼女を同情する気持ちなんてなく、
可哀想なんて微塵も思っていない。
あるのは自分じゃなくてよかったという安心感と、
それがもし自分だったらという恐怖。
彼女一人が死んだ所で自分達には関係ない。
そうやって目の前の現実から目を背ける。
「ごめん、やっぱり私、きなかった…
自分の夢、叶えられなかった…私には、無理だったよ…」
私は迷いなくショッピングモールの中へ入り、階段を上る。
屋上に着いた時には、彼女は鉄格子の上に登っていて、まさに飛び降りる瞬間だった。
そして…
「まだダメ」
私は彼女が飛び降りた瞬間、咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
自分の時は、“同情はいらない、ほっといてくれ”
と思っていたのに、いざ別の現場に遭遇すると、
死んだら困ると考えてしまう。
偽善的な行動だと分かりつつも、
ゆっくりと彼女の手を引く。
「なんで助けたの!?アンタに関係ないじゃん!」
「死なれたら都合が悪い。ただそれだけ」
真下の方に目をやると、人混みの中に仮面の男がいて、一瞬そいつと目が合った。
私以外は気づいていないようで、
とりあえず目の前の女性を慰めることに集中した。
「何があったのか、よかったら話してよ」
背中を擦りながら、警官が到着するまでの間、
自殺未遂の経緯など、事情を聞くことにした。
彼女の名前は、平河 沙耶さん。
四年生の大学を卒業後、飲食店で働いているそうだ。
自殺の動機は、自分への失望だと言った。
存在価値が分からなくなって、
だんだんと生きてることが馬鹿らしくなった。
それと同時に、生きてはいけないのだと強く思うようになり、気づけばここにいたのだという。
「後悔はないの?」
「後悔があるから、ここにいるんだよ」
「その気持ちは分からなくもない」
「どうして?」
「私もね、貴女と同じだったから」
互いに本音を話し、打ち解けたところに、
警官が屋上に上がってきた。
沙耶さんは保護され、私はその場で事情聴取を受けた。
私のプライバシーは話さない事を条件に、
経緯と止めるまでの過程だけを淡々と説明した。
それにしても、私自身も含め、
私の周りには飛び降りる人が多い気がする。
義母も、若い時に一度経験したと言っていた。
失敗したものの、
その時の気分は不思議と穏やかだったのだという。
十五分ほど警官と立ち話をし、
この日は寄り道せず帰ることにした。
…………………
仮面の男が、再び動きを見せた。
自殺未遂の事件があった四日後に、
私の携帯に犯行声明文が届いた。
差出人不明のメールには、
“平河 沙耶を誘拐した。
君たちの活躍に期待している”と書いてあった。
丁寧に、日時と所在地まで記してある。
私は、直ぐにそれが仮面の男であると察した。
丸井刑事と、珠美さんに連絡をとり、
事情を話した後、二人が私の家に来ることになった。
私は、免許を取得した時に購入した黒塗りのバイクで、私以外の二人は、丸井刑事の車で犯人と沙耶さんのいる場所へ急いで向かった。
そこは、人っ子一人いない廃れた商店街だった。
商店街の入口付近にバイクを停め、
“ようこそ”と書かれたアーチをくぐって中へ入る。
周辺を隈無く探索するも、
犯人や沙耶さんの姿がない。
「どうやら、犯人に嵌められたようだ」
「やはり、奴を信じるべきではなかったですね」
「私はもう少し探してみようと思います」
二人が半分諦めたような素振りを見せた途端、
路地裏の方から仮面の男が現れた。
二人は瞬時に携帯していた銃を構え、男に発砲した。
男は、反撃することなく逃げ出した。
私達も、すかさず男を追いかける。
狭い路地で、刑事二人と男の銃撃戦が繰り広げられる。
気のせいか、男に誘われているようにも思う。
それでも、逃がすものかと必死に男を追い続ける。
やがて、体育館程の大きさのある建物に着き、
そこで男の動きが止まった。
「動くな!!
丸井刑事が声を張り上げて犯人に言い放つ。
すると突然、男の仮面が外れて地面に落ちた。
その正体は、行方不明だった元私の体だった。
「やはりか...」
私は、珠美さんが前に言っていた言葉を思い出す。
化け物というのは、こういう事か。
顔だけでなく、右腕のホクロも間違いなく前世の私であるという証拠だ。
「何が目的だ?」
私は、目の前の自分に改めて問う。
「青葉恵美、いや...
黒澤咲月、君への復讐だ」
「ならなぜ、関係のない者たちまで巻き込むんだ!!
沙耶さんと他の遺体は何処にいるんだ!?
「それは俺とは無関係だ」
「どういう事だ」
「それは、君にしか分からない。
俺は、君にとっての問いに過ぎない。
安心しろ。
沙耶という女はここには居ない。
さぁ、早く終わらせてくれないか?」
私は、ジャケットの内ポケットから銃を取り出し、
目の前にいる自分へ其れを向ける。
そして次の瞬間、男目掛けて躊躇なく発砲した。
弾は頭部に命中し、男は溶けるように消えていった。
丸井刑事の携帯から連絡があった。
沙耶さんの無事を確認して、
この場にいるみんなが安堵の息を吐いた。
私は、手元にある銃を見つめながら、
また、前世の思い出に浸っていた。
私も、そろそろ潮時か。
瞳から、数滴の涙が零れる。
二人に気づかれないよう、私は現場から離れる。
同時に、二人の記憶からもいなくなる。
私らしい、“さよなら”と共に。




エピローグ:



本テキストは、今から六十秒後にアンインストールされる。
消滅へのカウントダウンは既に始まっている。
たった一つの命だ。
ちっぽけな生き物が一匹死んだところで、
誰も気にもとめず、何事も無かったかのように、
世界は回り続ける。
答え合わせは終わった。
もうこれ以上、やり直しは望まない。
これでようやく、安心して眠りにつける。
…..........................................
後悔はある。
数えきれない程の失敗を犯した。
真っ黒な両手を見下ろしながら思う。
誰がどう言おうが褒められるような人間ではない。
全てを知った気になり、
自分は可哀想な人間なのだと、
勝手に絶望し、馬鹿みたいな言い訳ばかりを重ねる。
つまらない奴だ。
多分、この世で一番つまらない男。
愚か者という言葉が、自分にはお似合いだ。
孤独は辛い。
けど、人間関係はめんどくさい。
こんな自分にも慣れた。
むしろ愛着すらある。
自分がかわいいのは、誰だってそうだ。
苦手なものも好きなものも沢山あった。
やりたい事、色々試した。
夢ばかり見て、逃げていただけ。
人一倍欲はあるが、どうせ無理だと、
中途半端に諦めた。
仕事もダメ、勉強もダメ、
人間関係だってうまくいってない。
まともに出来ることなんて何一つない。
国同士のいざこざにも飽きた。
同じことの繰り返し、騙し騙されバカを吐く。
まるで子供みたいだ。
事実かなんてどうでもいい。
その時代を生きた人間はもういないし、
俺らが何かを興じたとこで、
現状が変わるわけもない。
大切なもの、全部全部失った。
あの光景を見た瞬間、
自分の中の糸がプツンと切れた。
彼女のあんな嬉しそうな顔を見るのは初めてだ。
自分に足りなかったものは何か。
苦しい現状から逃れたい一心で、
“生きたくない”と思うようになり、
そして、“死ななきゃ”と考えるようになった。
期待はずれだったから、
思い通りに生きれなかったから、
理由は幾らでもある。
両親との縁は切れていた。
家族みんなが失望した。
今まで言われてきた事が、
間違いだったのかは今でも分からない。
こんな形で終わるのは不本意だが、
どうせこうなるだろうと、
前から分かりきっていた事だ。
けど、もう自分に期待したくなかった。
それでも、最後に俺は願う。
もし、生まれ変われるなら...。
俺はもう一度、君になりたい。
................................................
何も無い真っ白な空間。
そこには、私と、かつて私だった男がいた。
「よっ、来世の俺、新作は書けたのか?」
「あぁ、これが最後の物語だ」
「その体、そろそろ“めぐ”に返したらどうだ?」
「私もちょうど、同じことを思っていた。
もう、潮時なのかもな。
私がここにいる意味もなくなった。
私はもう、十分だ」
「その体を、どうするつもりだ?」
「もちろん、彼女に返すよ。
これで本当に、さよならだ」
私は、制服の内ポケットからリボルバーを取り出す。
記憶のリセット、時間の巻き戻し、
実に彼らしい、都合のいいアイテムだ。
「あいつにしては珍しいハッピーエンドか」
「いや、これもこれで、彼らしいんだ」
私は、ゆっくりとリボルバーの引き金を引く。
そして、大きな銃声と共に、
私と男は音もなく消えていった。
……………………………………………………
女になれてどうだった?

よかった。
けど、中身が同じだから結末も同じだな。
結局、変わらなかったよ。
いや、変わりたくなかった。

自分が自分じゃなくなるから?

そうだ。

やっぱり、前の自分も大事だったのね。

俺の性格って矛盾してるんだよ。

あなた以外の人もそうよ。

知ってる。

そろそろ時間ね。



最後の願いを聞いてあげる。

もう無い。

本当は?

痛みなく静かに消えたい。

分かったわ。

お手柔らかに。

恐怖は一瞬よ。

それじゃ、また。

おやすみなさい。
.........................................................
........................
目が覚める。
意識はあるが、体が痺れて思うように動けない。
まるで、長い夢でも見ていたかのようだ。
数分間じっとして、腫れも治まり、
ようやく、ベッドから起き上がる。
辺りを見回す。
やはり、いつもの部屋だ。
私はふと、体に違和感を覚える。
まるで自分の体なはずなのに、自分のものでは無いかのような感覚。
“おじさん”
この言葉が、私の頭をよぎる。
だが、心当たりがない。
気のせいなのか、それとも、おじさんは確かにいて、私の記憶が消えてるだけかは分からない。
私はふと、タンスの上に置かれた桃の日記に目をやる。
ページを開き、読んでいく。
すると私は、ある事に気づいた。
カレンダーで、今日の日付を確認する。
書いた覚えのない今日書いたと思われる文。
私の書き筆とも少し違う。
そして私の知らない数々の出来事。
最後のページをめくる。
そこには...。
「めぐちゃん、ご飯よ」
リビングから、私を呼ぶ義母の声が聞こえる。
着替えを済まし、部屋を出る。
ダイニングテーブルには、
白い食器に、トーストが乗せてあり、
右隣には、
ガラスコップ一杯に注がれたジュースが置いてある。
義母側の席には、良い香りのする珈琲。
私は、トーストを頬張りながら義母に聞く。
「ねぇお義母さん、黒澤咲月って人、知り合いにいたっけ?」
「う〜ん、どうだったかな?
いたような、いなかったような...」
失声症も治ってるし、やはり何かがおかしい。
何にせよ、今の私には、それを知る由もない。
だが、確かなことがある。
日記の最後のページに書かれていた言葉。
“黒澤咲月、ここにあり”
彼か彼女かは分からない。
だが、彼らの生きた証は確かにあった。
黒澤咲月。
その名前を、私は一生忘れないだろう。
そうこうしてるうちに、登校時間がやってくる。
すぐに支度をし、玄関を出る。
エレベーターに乗って一階へ降り、
上を見上げる。
今日も、空は快晴だ。


END
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