この指とまれ

文字数 5,537文字

プロローグ:
子供を作るっていうのは、親のエゴだよね。
子供をこういふうに育てたいとか、
子供とこんな事がしたいとか、
親の理想と期待を背負って生まれてきた子供は、
最初のうちは与えられて、大事にされて、
大人は、社会は怖くないよと教えられるけど、
大人に近づくに連れて知りたくなかった現実を突きつけられて、反抗するけど適わなくて、
それで、自分が大人になった時後悔したり、
世の中の不条理に耐えられなくなったり、
なんで自分は生まれてきたんだろう?
って思ったりする。
そして、気づけば自分も親の立場になり、
自分がなし得なかった理想を我が子に託す。
その繰り返しだ。
こんなネガティブな事を言うと、
お前は恵まれてるだろとか、
いつまでも過去に囚われるなとか、
涙を流さない人はいないとか、
文句があるなら自分だけで生きてみろとか、
暇だからそんなくだらない事を考えるんだとか、
色々言われてしまうのだけど、
そういう事じゃないって返しても、
多分伝わらないだろうな。
あ、そうそう。
私ね、子供が産まれたんだ。
人生初の我が子がさ、とっても可愛いんだ。
元気な女の子で、名前は陽葵(ひまり)。
私と夫の宝物。
これからどんな風に育つのか楽しみだ。
そうだ、早く二人にも見せてあげなきゃ。
孫の顔を見た二人はどんな反応をするのかな?


本編:
楽しい事に目を向けよう。
自分は恵まれてる人間なんだ。
なんでもない事が幸せなんだ。
私は、そう思いながら生きてきた。
実際、家庭環境は少し複雑だったけど、
虐待やネグレクトをされてる訳じゃないし、
友達がいない訳でもないし、
両親から愛されてる自覚があって、
生まれた事に後悔する理由がない。
ただ、それでも消えたいと思ってしまうのは、
何故なんだろう?
…………………………………………
早朝に目が覚めた。
眠たい目を擦りながらカーテンを開けると、
窓の外で大雨が降っている。
台所から、まな板を叩く音が聞こえる。
その音を聞きながら、
言ノ葉 陽葵(ひまり)の一日が始まる。
「おはよう、お父さん」
「おはよう、陽葵」
「お母さんは?」
「さっき出かけたよ。
父さんと母さんは、今日も帰りが遅いから、
夕飯は温めて食べてね」
「わかった」
なるほど。
だからお父さんは、朝から料理をしていたのか。
今日の夕飯は、ハンバーグとシーザーサラダ。
お父さんは料理が得意じゃないけど、
お母さんが作れない時はパパが代わりに用意してくれる。
二人とも会社員だし、無理はして欲しくない。
だから、料理くらいは覚えないとね。
今度から、自分で作る事にしよう。
「じゃ、父さんも仕事に行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
出勤用のスーツに着替えたお父さんを見送って、
私も小学校へ行く準備をする。
家から学校までの距離は徒歩十分くらいだ。
朝食をチマチマ食べていたら、
いつの間にか、普段の登校時刻を過ぎていた。
「行ってきます」
急いで靴を履き、傘を持たずに玄関を飛び出す。
学校の前にある横断歩道で信号待ちをしていたら、傘を忘れたことに気づいた。
このまま取りに戻っても遅刻確定だから、
ズブ濡れの状態で一気に駆け抜ける。
「コラー!言ノ葉ー!」
教頭先生の怒号は無視でいい。
とりあえず今は、
一秒でも早く席に着くことだけを考える。
「言ノ葉、大丈夫か?」
「傘忘れちゃったけど大丈夫だよ」
「やれやれ、風邪ひくぞ」
心配しながらタオルを貸してくれたのは、
クラスメイトの薩摩 陽向(さつま ひなた)。
クラスで一番強い女の子だ。
男みたいって男子からからかわれることもあるけど、クラスメイトの誰よりも優しくて、
私含めて数人しか知らない乙女な一面を持っている。
いや、男勝りな自分を演じていると言った方が正しいのかもしれない。
本当は、女の子らしくありたいと思っている。
そう、本人が言っていた。
それは、決して厳しい家庭だからではなく、
周りからはこう見られたいという自身の願望。
そう、本人が言っていた。
「起立!礼!着席!」
日直の号令とともに、
一時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴る。
一時間目は、私の好きな国語の授業。
今日は、この前出された小テストの答え合わせと、教科書の朗読をやった。
朗読したのは、“妄想ピアニスト”という作品。
ある日を境にピアノを弾かなくなった盲目の少女青井林檎が、綺麗な声の女性(ななこ)と出会い、
再び舞台に立ち、自分の音色を披露する物語だ。
私が朗読したのは、内容は以下の部分。
《私は、ななこさんに誘導されながら椅子に座る。その時触れた、ななこさんの手は、
不思議なくらい冷たかった。
「弾いていいぞ。何から弾く?」
私は、自分の心に問いながら考える。
初めはやっぱり、得意な曲から。
私は、パッヘルベルのカノンを弾き始めた。
最初は、一音ずつゆっくりと弾いていく。
そして、左の指も使って徐々に音を増やし、
メロディーラインに差し掛かったところで、
鍵盤を押す力を強める。
オリジナルの弾き方も入れつつ、
自分の頭の中に自分だけの世界観を作り出しながら、ようやく、約七分間の演奏を終えた。
「やれば出来るじゃん。その調子」
ななこさんの言葉を聞き、
自信がつき始めた所で、
二曲目の喜びの歌の演奏を始める。
優勝とか、賞賛の声とか、
そんなものはもう要らない。
私は、自分の弾きたいように弾く。
これが私だ。
会場にいる人達に、知らしめてやる。
この思いを胸に、自分の指に従う。
自分のイメージするべートーヴェンになりきりながら、楽譜を無視して弾き続けた。
またやらかしてしまった。
演奏が終わり、退場しようとした時、
演奏終了の後でも静まり返っていた観客席の方から、
一つの拍手が聞こえた。
それに続いて、次から次へと拍手の数が増え、
気づけば私は、舞台の上で涙を流していた。
初めての事だった。
そして、お礼を言おうとななこさんを探したが、
いくら問いかけようとも返事はなく、
ななこさんは、何処にもいなかった。》
少女の気持ちに寄り添いながらの朗読終えた後、
私もクラスメイト達から拍手を貰った。
…………………………………
「言ノ葉さん、資料の確認お願いします」
「はい、わかりました」
私こと、言ノ葉 恵美(めぐみ)は、
星空出版社に就職した。
同僚の言ノ葉 薫(かおる)と結婚した後も、
仕事を続けながら忙しい日々を送っている。
子育ては、夫が積極的に協力してくれてはいるものの、子供一人育てるにも学ぶべき事は沢山あるし、想像以上に大変だと初めて痛感した。
それでも、愛しい我が子の笑顔の為に、
手を抜く事だけはしたくない。
「恵美、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ」
「今日は先に帰った方がいいんじゃないか?
陽葵も寂しがってたよ。
あとは僕がやっておくから、ゆっくり休んで」
「ありがとう。じゃ、お言葉に甘えてようかな」
家に帰ると、妹の奏が台所で料理をしていた。
妹と言っても、私達の関係は少し複雑で、
奏とは血縁関係がなく、高校の時の同級生だったのだが、とある事件がきっかけで、両親が彼女を養子として迎え入れたので、私たちは正式に姉妹になった。
まぁ、私と両親の関係も、
一度で語りきれないくらい複雑なんだけど。
「陽葵は?」
「もう寝ちゃったみたい」
「そっか」
「ねえ、久々に晩酌しようよ。
近所のスーパーでお酒買ってきたからさ」
「賛成!」
今日飲むお酒は、ハイボールと新潟産の日本酒。
お摘みに、先ほど奏が調理してくれたニンニクの効いた唐揚げと、私が帰りにスーパーで購入した焼き鳥を頂く。
「カー!!
「ウメー!」
二人して、まるでオジサンみたいだ。
私達のこういうところは、昔から変わらない。
「そういやさ、陽葵が産まれた時のお父さん、
めっちゃ面白かったよね」
「赤ちゃんを育てた事がなかったから、
新米パパみたいなリアクションになってたよね」
「そうそう」
「けど、陽葵も父さんに懐いていたし、
結果オーライだよ」
「そうね」
奏との会話は、
両親の事や娘の陽葵に関する内容が多い。
そして、二人とも自分の過去は話さない。
それはもう過ぎたことで、
わざわざ酒の場で蒸し返す必要はないからだ。
「あ、そうだ。今度、家族皆で温泉旅行に行こうよ!お父さん達も誘ってさ」
「それ良いね!場所は何処にする?」
「それなんだけど」
奏はそう言いながら、ウキウキしながら鞄からパンフレットを取り出した。
パンフレットには、“伊豆のお勧め秘湯巡りガイドマップ”と書いてある。
伊豆の観光名所と言えば、
伊豆大島を間近で見れる伊豆高原や、
約四千年の歴史があると言われている城ヶ崎海岸、美しい緑が連なる竹林の小径などが有名だ。
海に囲まれている土地だから、
きっと、新鮮な魚介が堪能できるだろう。
観光客に人気の海水浴場も沢山ある。
「伊豆か〜」
「どう?」
「その前に、今残ってる仕事終わらせないと」
「来年の夏休みまでには考えてね」
「了解。それじゃ、今日は御開きにしようか」
リビングにある掛け時計を確認すると、
短針がローマ数字の九を指していた。
愛しの旦那様も、そろそろ帰ってくる頃合いだ。
「私、そろそろ帰るね」
「待って、下の駐車場まで見送るよ」
「暇な時にまた連絡するね」
「はーい」
私は、奏と一階の駐車場で別れた後、
直ぐ家に戻らず、
夜風に当たりながら酔いを覚ますことにした。
夜空を見上げると、
都会の光に負けないくらい輝いている星があり、
それを見ながら、
私はまた、嘗ての自分を思い返すのだった。
…………………………………………
その日の夜、私は奇妙な夢を見た。
気づいたら知らない部屋にいて、
だけど、とても懐かしい気持ちになった。
部屋に立て掛けてあった長方形の鏡の中には、
私そっくりだけど私じゃない少女がいた。
桃色のカーディガンにミニスカート、
私はその少女を見た事があった。
お母さんのアルバムで見た、
子供の頃のお母さんだ。
「めぐちゃん、朝ごはんよ」
この声は、きっとお婆ちゃんだ。
お母さんの事を“めぐ”と呼ぶのは、
今でもお母さんを溺愛してる祖父母しかいない。
普段聞くよりも、透き通っていて優しい声だ。
そのままリビングに向かうと、
甘い蜂蜜と、苦味のある珈琲の香りが辺りに漂っていた。
「おはよう、めぐちゃん。
朝ごはん出来たから一緒に食べよ」
私は、若かりし頃の祖母と向かい合って食卓の前に座った。
食卓には、トーストとオレンジジュースが並んでいた。
祖母は、珈琲を砂糖やミルク無しで飲んでいる。
大人だなと感心しながら、私も蜂蜜がかかったトーストを口に運ぶ。
「美味しい!」
「ホント!?よかった!」
このトーストにはきっと、
隠し味が入っているのだろう。
お母さんの味とは少し違った味がする。
テレビを付けると、私の時代でも人気のある
“ニャイキュア”が放送されていた。
この時間軸では、
ちょうど二十周年を迎えるそうだ。
「それじゃ、お母さん仕事に行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
服のポケットに入っていたスマホを確認すると、
今日がゴールデンウィークである事がわかった。
「ゴールデンウィークなのに仕事があるなんて」
と、自分の事をあまり話さない祖母の一面に私はとても驚いた。
自分しかいない静寂の中、
する事がなくなった私は、
家の中を探索してみる事にした。
とりあえず、さっき居た部屋に戻り、
タンスの中や、クローゼットの中を漁ってみる。
クローゼットの中には、落ち着いた色の私服がズラリと並べられていて、靴下やインナーも、
キャラ物よりシンプルなデザインの物が多く見受けられる。
こういうところは昔から変わらないんだなと、
娘として感心する。
クローゼットを見た後は、
タンスの取っ手に手を伸ばす。
一番上には下着や普段着があり、
二段目に教科書や雑貨類が綺麗に整理されていた。
一番下の引き出しを開けると、
見た事のある桃色の日記帳が出てきた。
この日記帳は、今でもお母さんが大切にしている宝物の一つで、中の用紙も黄ばんでいて、
カバーもボロボロなのだが、
私に指一本も触らせてくれなくて、
中身がずっと気になっていた。
日記帳を開いてみると、丸く柔らかい書体で、
一日の出来事が淡々と記録されていた。
誰がどう見ても、何でもないただの日記だ。
今まで頑なに見せてくれなかったのは、
恥ずかしかっただけなんだと私は思った。
そして、一番最後のページには、
お母さんの字とは違う書体で、
“黒澤 咲月、ここにあり”と書かれていた。
“黒澤 咲月”は、祖父の名前だ。
そっか、この時から二人は面識があったのか。
そう思った瞬間、
気づけば私は自室のベッドの上にいた。
「ひまり〜、朝ごはんよ〜」
リビングの方から、お母さんの声がする。
その声を聞いて我に返った私は、
慌てて布団から飛び出して、
寝間着を着たままリビングへ向かった。
時刻は朝の七時半。
今日は平日で、学校がある。
タイムリミットは八時十分。
シャワーを浴びる時間はないが、
朝食を早めに済ませれば、まだ間に合うだろう。
三分で朝食を済ませた私は、
急いで学校へ行く準備をして家を出た。
何かを思い出して、ふと頭上を見る。
今日も空は快晴だ。



エピローグ:
独り善がりの作品は、これでおしまい。
痛みから生まれた作品はもう書きたくない。
ほら見て、可哀想だろ?って、
苦しみをひけらかすのも辞めた。
人を恨んでも何一つ良い事ないし、
嫌な事なんて早い内に忘れる方が幸せだ。
万人受けするモノは書けなくても、
これからは、
誰かの心に寄り添える作品を書きたい。
そう思っていたけど、やっぱり難しいな。
独り善がりの作品を誰が見るんだ?
そんな事を、知人から言われた。
全くその通りなんだけどさ。
今までの自分も大事だったから傷つくな。
それが唯一持てた自分の武器だったし、
たとえ独り善がりだったとしても、
自分にとっては、
何にも代えがたい宝物だったんだ。
それでも、嘗ての自分とはお別れしないとな。
さて、次はどんな話を描こうか…


PERFECT END
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