5  回復 1

文字数 951文字

 7月26日
  一夜のうちに病院が生まれ変わっていた。
「今日一日、桜井健司さんを担当させて頂く看護師の林と申します。どうかよろしく」にこやかに現れた大柄な女性。健司のどんな訴えにも、じっくり耳を傾け、生き生きと反応する。佳枝にも
「ご無理のないよう来ていただいて、共に患者さんを回復させていきましょう」と、明るく声をかけた。昨日のスタッフはいなかった。
林さんの後ろ姿を見ながら、健司は
「楽しそうに、仕事をする人だね」そして、午後、彼女の持ってきた二錠の薬を飲んだ。もう昨日のように、看護師さんのことを
「看護師のふりをした、恐ろしい女だ」とも「持ってくるものは毒だ」とも言わなかった。
リハビリも始まった。病室の前の廊下を健司は点滴の管をぶら下げて、カートを押して、ゆっくり歩いた。痛みを訴えないのが不思議だ。横から付き添う若い療法士の男性が優しく声を掛ける。その男性にも心を許したようで、
「ここにも気心知れた友達が何人か出来て、よかった」と、つぶやくように言った。
リハビリの後、林さんに見送られて、車椅子の健司と佳枝は一階のコンビニに健司の飲みたがったウィルキンソンの強炭酸水を買いに行った。
帰ると、健司は
「疲れた。ベッドに移りたい」と、言った。林さんと他のもう一人の看護師さんの二人でベッドに移して、座らせると、仰向けに倒れそうになった。それを補助の看護師さんが後ろから支える。そして、ゆっくりと寝かした。
「足が痛い」と言うと、林さんが足の甲に指をあて、脈をとった。
健司は目を閉じて、眠りについた。眠りにつく前
「ここにも気持ちのよい場所ができて、よかった」と、呟く。
「それはどこ」と、佳枝は念を押したい気持ちできく。
「ここだ。今居るここ」と応える。
「たいそう危険な映画のロケは終わった」とも言った。
健司の内側にようやく訪れた平安・・・・・・・峠を越えた。
7月27日
 車椅子から一人で立った。
7月28日
 健司、すっかり冷静さをとりもどしていた。自分の置かれている場所と、状況を理解し、話した。
「強力な麻酔の影響で妄想も起きるわな・・・」
首から点滴の管を執刀医の一人が抜きに来た。後から様子を見に来た角田医師が廊下で佳枝に近づき、うれしそうに言った。
「桜井さんようやく、我々の世界に戻ってきたようですね。」 

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