様々な照明で照らされたコンビニから一人の青年が財布とビニール袋を持ちながら歩いてくる。その時の表情は、他人から見ても自分で見ても、きっと気分が良さそうとは思えない表情だっただろう。
蒸し蒸しとした暑さで意識が溶けそうになるような夜、俺はコンビニから出て数歩歩いた場所で立ち止まり、空を見つめながらそう呟いた。
俺はもう高校三年生である。
高校三年生ということは、周囲の友人、または同級生は全員将来に向かって勉強しているワケだが、なんと俺には夢がないせいで進路どころかなりたい職業もない。ので、どうすればいいのかわからず、今日もノートと教科書を開いたはいいが5分で飽きてしまい、そのまま逃げだすかのように外に飛び出しコンビニに入ったのだ。
そしてそのコンビニの前で賢者タイムのようになっていたというワケだ。
俺は地面を見つめながら歩き始めた。
自分が将来どうなっているかなんて予想できない。何度か占いを頼って色々なナントカの館などにも行ってみたが、そこでそいつらが俺に指した道は全てバラバラだった。
まあ元々期待もしていなかったし、どうせそんな結果になるだろうと考えていた。だがそれを信じた方が楽かもしれないと、自分の道は自分で決めるといういつかの頃に決めたモットーを切羽詰まった状況に押しつぶされて忘れてしまい、ずっと頭を抱えていたりもした。
得意な教科も体育だけでそれが5、だがそれ以外が全部2・・・どうしてだ
”どうしてだ”なんて言葉を口からこぼしたが、その理由は自分が一番良く知っていた。中学時代、暴れまわっていた頃に勉強の基礎の基の字も知らなかったし、知ろうともしなかったからだ。
力にしか頼れず、結局何もできなかった昔を思い出しながら俺はため息をついた。
突然周囲に何か違和感を感じた。まるで先ほどまであった物が亡くなってしまった損失感のようなものが心の中で響いたのだ。
俺ははっとして周囲を見渡した。だがコンビニもある、道路もある、電柱や街頭もある。一体何がなくなって―――
俺はコンビニのレジ付近を見つめていた、そこに店員の姿はない。だがコンビニでは店員がたまにレジで立っていない時がある、それが今たまたま起きただけだと思いたかった。だが、それだけが起こったとは思えない。
俺以外の通行はいないのかと周囲を見渡したが、人も車も誰も通ってはいなかった。静まりかえった道路を街灯が音をたてながら照らし、何も通らない場所で赤信号が点滅するだけだ。
この地域は都会とまではいかないが田舎でもない中途半端な街だ。それなりに人はいるので深夜12時になったからといって俺以外誰もいないというのはありえない、というか今までそんなことは一度もなかった。
な・・・なんだよこれ?どうなってるんだよ・・・!?
この理解不能な状況が俺を包み込む中、ジリジリと気が付き近づき始めている事実に落ち着きを隠せなくなっていく。徐々に心拍数が上がっていくと同時に視界がゆがみ、足元がふらつき始めた。
突然の女性の声に驚き、反射的に声が聞こえた方向を向き、その瞳に映ったのは、15m先の街頭の真下にぽつんと突っ立っている女性だった。
160cmほどの身長だろうか、それだけならまあまだいいのだが、驚くべき点はその人の外見だった。
距離もあるし、暗くてよく見えないせいで詳しいことまではわからないが、鴉のような嘴がある鉄のような仮面を被り、またさらにその上からよくは見えないが大きな白い帽子を被り、蒸し暑い夜だというのになんと腕や足をスッポリと覆い隠すほどの長さがあるドレス、手袋もしており、左手には何か棒のような物を握っている。
聞こえてはいたが聞き間違いだと思いたかった。意味不明なことを話し始める人を前にして逃げ始めるなんざホラーゲームの定番、そんなことが現実であってほしくない。ドッキリであってほしい。
私が貴方の場所をずらしたんだ
だからここは貴方がさっきまでいたイデアとは別のイデア、そしてこのイデアには貴方と私しかいない
お、おう・・・そうなんだ!すごいねー!じゃあ俺帰るから!
反応に困ることを言い出したので俺はとりあえずそれを無視して向いていた方向を変えて歩こうとする。そう考えながらまたコンビニのレジ付近をチラッと見たのだが、そこにはまだ店員はいなかった。
こんな時期に長袖でドレスで仮面とか不審者しかない、さっさと帰ったほうがいい。そう考え、体を90度曲げた直後―――
そう言いながら女性は左手に握っていた棒から右手で何かを抜き取った。
そこに握られていたのは、月光に照らされて紫色の光を放つ刀だった。
そう叫びながら90度までで止まっていた体をまた90度方向転換し、そのまま家に向かって全速力で走り始めた。
道路に沿いながら周囲の家や店を一軒一軒チラチラ見ながら走り回る。だが、そこに人の姿はどこにもなく、どれだけ走ってもどれだけ見渡しても誰もいない町がずっと広がっているのだ。
体が徐々に疲れていき、ゆっくりと息が荒くなる。体は周囲の温度や湿度の影響もあり、とても熱く、そして汗でベタベタになっていた。
分かれ道で一旦立ち止まり、後ろに不審者がいないか確認するために180度方向を回転させた。だが、そこに刀を持った少女はいなかった。
周囲を見渡そうとした瞬間、身体が突然宙に浮いたような感覚に包まれ、そのまま顔から地面に倒れこんだ。何が起こっているのかわからない、何かが流れる音、顔に付着する液体、激しい頭痛、ただ一つ分かることがあるとすれば、腕に力を込めても、いくら立とうとしても立ち上がれないことである。
足に何かあったのか?と疑問に思い、視線を地面から足へと移した。
両足の膝から下がなくなっていたのだ。
ひあっ・・・はっ・・・ああああああああああ!!!!??
それと同時に痛みが足から徐々に湧き上がってくる。異常なほどに強い激痛に悲鳴もでず、ただただ掠れた声だけしか喉から出なかった。
鼻の奥まで血の匂いが回り、あまりの気分の悪さにその場で胃袋にあったものを地べたに全てぶちまける。口に残った胃液と血の匂いが混ざり合い、気分はさらに悪くなっていく。
少女はいつのまにか俺の顔を覗き込むように立ち意味不明な事を言いながら持っていた刀を俺の首元に押し当てる。
いやいやいや死にかけなんですけどと突っ込もうとしたが、声も出ない、意識も朦朧としている状態でそんなことを言える気力はなかった。
視界がゆっくりと暗くなっていく、体も徐々に動かなくなっていく、足の痛みもなくなっていく。
何が”死にはしない”なんだ?この状況で”はいそうですね”とは冗談であってもとても言えない。
そう言うと同時に首から何かか流れ出ていくような感覚を感じた。
ああ・・・これもう死ぬわ・・・。
意識が消えていき、真っ暗になっていく。ゆっくりと海底に沈んでいき、沈めば沈むほど体の機能は途絶えていく。
海底が見えそうな気がした。だが、その直後だった。
頭の中に先ほどの少女の声が響いた。
『ずっと待ってるから―――ワタシ達を殺しにきてね』