第2話 蚤の市に行く

文字数 1,229文字

 次の日は土曜日だったので、郊外で開催されている蚤の市へと足を運んだ。
 私の場合、旅行の愉しみは、市場をぶらぶらと冷やかしながら巡ること。整然と店が並ぶショッピングセンターを巡るよりも、得体のしれない物や食材が雑多に並んでいるほうが、胸がざわめき、私の性に合っている。
 ウラジオストックの蚤の市は、公民館をつかった小規模な市場で、古着や食器を中心に、壊れたドアノブ、錆びついた工具や鉄板といったガラクタ、湿気を含んで読めるのか定かでない古本などが並んでいた。モスクワのように公園全体が市場になっているような規模ではない。出店数も五〇もないだろう。腰をおろし丁寧に一品ずつ手に取ってみたが、二時間もあれば終えてしまう。わたしはそこでチェブラーシカが描かれた古い絵葉書と、ソビエト時代のピンバッチを数点買った。
 売り子も、年金だけでは生活できない老人が椅子に座って、寂しげに売り物を見つめている。しかしタイヤが外れたミニカーや腕の外れた人形なんて、誰がすき好んで買うのだろうか。

 ちなみに古いマトリョーシカを探したものの、工芸品と呼べるものは一切なかった。生活雑貨が中心ゆえ、そこは腹をくくって諦めるしかない。リサイクルなどという洒落た言葉は通じない、ガラクタ市と呼ぶのに相応しい市場である。
 掘り出し物を目当てに足を運んでも徒労に終わるだけなので、何かロシアらしいものを安値で買いたいと考える人には、無理にお勧めはしない。つまり何も買うものがない。

 少し落胆気味の私を気遣って、ローマさんがウラジオストックを一望できる鷹ノ巣展望台に行こうという。ガイドブックでも紹介されているので、讃岐の金刀比羅宮、長崎の稲佐山、函館の展望台のような立ち位置なのだろう。展望台に向かう車が何台も列をなしている。
 この車の行列、展望台に到着してからわかったのだが、結婚式を祝う参列者が同乗していた。市内の有名スポットで記念写真を撮影しては、次のスポットへ巡っていく、ロシア式披露宴に鉢合わせしてしまったのである。ご機嫌になった参列者のひとりが私たちのところに来て、ビールを片手に一緒に祝ってくれと言う。

「ゴーリカ!ゴーリカ!」
 日本語に訳すと、苦い、苦いという意味で、ふたりの熱いキスでこの苦い世界を甘い色に変えてくれよという、ロシアの結婚式での定番の言葉。
そこでロシア人と一緒にゴーリカ、ゴーリカと歌うように囃し立てた。
 にこやかに微笑みキスを交わす若いふたり。あまりの周囲のはしゃぎように、親戚ではないのに、恥ずかしくなって俯いてしまう。
 たしかに愛に満ち溢れている。日の出ずる国から来た私である。この大らかな愛の賛歌は、羞恥心が邪魔をして、素直に祝福することができない。
 せめてもの記念にと披露宴をカメラに納めたのだが、残念なことに、天候に恵まれず霧が立ち込めていたせいで、金帯橋をバックにした絶景でのスナップにはならなかった。余計なお世話だが、ふたりの前途が危ぶまれた。
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