第6話 今宵もウォトカで乾杯

文字数 792文字

 早速、バーニャに入ったのだが、なぜかロシア対日本の様相を呈して、誰が最後まで残れるかという争いになった。誰もが玉のような汗をだらりと垂らしながらも、口を真一文字に結んで、なかなか出ようとしない。
 日本男子たるや、蒸し風呂ごときで、弱音を吐いてはいけないと、身体を火照らして天を見上げているアレクサンドル氏を横目に、とにかく我慢。さらに我慢。
 
 時間にして一〇分を超えた頃、チェリパシカ氏が最初に音を上げると、堰を切ったようにバーニャから飛び出し、プールにダイビングした。両者引き分けに相成った。
ゆらゆらとラッコのように水の中を漂い、芯から凛と熱くなった身体を冷ます。その後は缶ビールを一気吞み。極楽と浄土が同時におとずれる。
 それを一クールとして四回ほど繰り返すと、バーニャで血行がよくなったせいか、ふだんより酔いが回るのが早く、寒暖の差がわからなくなり、朦朧としてきた。
 果たして、本当にバーニャは健康に良いのだろうか。そんな疑問さえ頭をよぎる。結局、バーニャには二時間ほど滞在し、健康体になったのか、酔態になったのか、区別がつかなくなった身体を引きずってホテルに戻った。

 夏のウラジオストックの一日は長い。
 夜になると、街の中心部へと繰り出し、ウォトカによる迎え酒。昨日、鯨飲したことをすっかり記憶から消している。
 酔漢は愚か者と同義語である。身体が死んだとしても、魂が呑んでいるにちがいない。気がつけば、夜中の二時まで、お約束どおりに酩酊するまで呑み続けていた。
 次の日、海より深い反省ときりきりとした胃の痛みが身体を苛んだのは、ここに書く必要もない。

 ウラジオストックの思い出は、とどのつまりはウォトカの味と言えようか。
 日本で呑むウォトカとロシアで呑むウォトカは、空がちがう、風がちがう、吐息がちがう。新しく航路ができた今、ぜひ一番近いロシアへ行かれてはいかがだろうか。


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