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文字数 1,760文字
ビリーはといえば、急にみんなの意気が下がったことに戸惑っているようだった。
「ひどいよ、そりゃああんたたちみたいな人たちには、ちっちゃな鉢植えひとつ、たいしたもんじゃないんだろうけどさ……」
またべそをかきそうになっているので、レイモンドが慌てて言った。
「代わりに、新しい鉢を僕が買おうか」
しかしビリーは首をふる。
「自分で育てたから、意味があるんですよ」
モリスはこっそりと助言する。たしかに、とレイモンドは頷いた。
「周りに聞き込みしてみるか。盗んだところを見たヤツがいるかもしれない」
「無理だよ、旦那。その手のことに関しちゃ、みんな口が固い。ましてやあんたたちみたいなよそ者相手じゃ」
ライアンが諦めたように言うのにも構わず、レイモンドは颯爽とした足取りで家を出た。階段を駆け下り、建物の外へ出ると、誰かいないか、身体を回転させるようにして、さあっと周囲を見回した。
しかしひと気はない。
だが、後から追いついたモリスは、とある窓から覗いている人影に気づいた。
「あそこ、誰かいるようですよ」
その窓は、ちょうどビリーの家と同じ位置にある、一階の部屋だった。違うのは、ちいさな前庭がついていることぐらいだ。
また建物に入り、該当する部屋のドアを叩く。しかし、答はなかった。出るつもりはないらしい。
レイモンドはノックをやめ、また建物の外へと飛び出していった。簡単に諦めたのを意外に思いながらモリスも続くと、今度は道路と庭を区切っている鉄の柵に両手をかけ、なかを覗き見ていた。
「なにを見ているんですか」
訊くと、庭の中心あたりを指さした。しかしそこには土の地面があるだけだ。
「わかりませんね。どういうことです」
「あそこ。土の色が違っている。それに、小さなかけらがいくつも落ちてないか」
そう言われて注意深く見てみると、たしかにレイモンドの言う通りだった。白っぽい色の地面の一部分だけに、茶色い柔らかそうな土が円に近い形で広がっている。そしてまわりにちらばっているのは、赤茶けた細かいかけら。
しばらくそれを見つめていると、また窓の内側に人の気配がした。レイモンドは無言で建物にまた入ると、さっきのドアを叩きながら大声で言った。
「僕は警察じゃない、ただ話を聞きたいだけだ。つきあってくれたら、1シリング払うよ!」
すると、ちょっとの間のあと、ドアがそっと開いた。
なかから顔をのぞかせたのは、ライアンよりちょっと年上ぐらいの少女だった。
「なんの話さ」
ぶっきらぼうな口調だったが、レイモンドがにっこり笑ってみせると、すこしだけ赤くなった。汚いなり をしていても、ハンサムなのはわかるらしい。
「君、クレマチスの鉢植えの行方、知らないかい?」
レイモンドはなにか当てがあるようだった。しかも少女にとっては図星だったらしい。追及されないように、慌ててドアを閉めようとした。
「君を責めるわけじゃないんだ。ただ、返してくれればいい。約束のお金も払うよ」
レイモンドは言いながら、ドアを閉め切られないように、隙間に靴を挟んだ。
少女はついに諦めたらしい。渋々頷くと、部屋のなかへと招き入れた。
部屋の間取りはビリーのところと一緒だった。しかしこちらは物が乱雑に置かれ、同じ広さのはずなのに、かなり狭く見えた。しかも少女の頬にはできたての青あざがあり、荒れた生活を送っていることが見るだけで感じ取れる。
しかしそんななかでただひとつ、窓際に置かれた瑞々しい植物だけが、浮いていた。
ありあわせらしい貧相な木箱に植えられ、今にも開きそうな蕾がたくさんついている。周りにある他の似たような木箱に植えられているのはどう見ても道端から採ってきた野草で、このひとつだけが、まるでゴミ溜めに宝石が落ちているような存在感があった。
「おいらの花だ!」
ビリーが叫びながら駆け寄り、根本の土を指先で掘る。
「ほら!」
そこには、一度土に埋めて隠していた、結んだリボンを蝋で留めたものが見えた。出品を登録した印だ。
「あんたが盗んだんだな!スージー!」
ビリーが殴りかからんばかりの勢いで問い詰めようとするのを、モリスが慌てて間に入った。
「暴力はよくない。君も、盗みはいけないよ」
「盗んでなんかいないよ!」
そう叫ぶと、今度はスージーと呼ばれた少女が泣き出した。
「ひどいよ、そりゃああんたたちみたいな人たちには、ちっちゃな鉢植えひとつ、たいしたもんじゃないんだろうけどさ……」
またべそをかきそうになっているので、レイモンドが慌てて言った。
「代わりに、新しい鉢を僕が買おうか」
しかしビリーは首をふる。
「自分で育てたから、意味があるんですよ」
モリスはこっそりと助言する。たしかに、とレイモンドは頷いた。
「周りに聞き込みしてみるか。盗んだところを見たヤツがいるかもしれない」
「無理だよ、旦那。その手のことに関しちゃ、みんな口が固い。ましてやあんたたちみたいなよそ者相手じゃ」
ライアンが諦めたように言うのにも構わず、レイモンドは颯爽とした足取りで家を出た。階段を駆け下り、建物の外へ出ると、誰かいないか、身体を回転させるようにして、さあっと周囲を見回した。
しかしひと気はない。
だが、後から追いついたモリスは、とある窓から覗いている人影に気づいた。
「あそこ、誰かいるようですよ」
その窓は、ちょうどビリーの家と同じ位置にある、一階の部屋だった。違うのは、ちいさな前庭がついていることぐらいだ。
また建物に入り、該当する部屋のドアを叩く。しかし、答はなかった。出るつもりはないらしい。
レイモンドはノックをやめ、また建物の外へと飛び出していった。簡単に諦めたのを意外に思いながらモリスも続くと、今度は道路と庭を区切っている鉄の柵に両手をかけ、なかを覗き見ていた。
「なにを見ているんですか」
訊くと、庭の中心あたりを指さした。しかしそこには土の地面があるだけだ。
「わかりませんね。どういうことです」
「あそこ。土の色が違っている。それに、小さなかけらがいくつも落ちてないか」
そう言われて注意深く見てみると、たしかにレイモンドの言う通りだった。白っぽい色の地面の一部分だけに、茶色い柔らかそうな土が円に近い形で広がっている。そしてまわりにちらばっているのは、赤茶けた細かいかけら。
しばらくそれを見つめていると、また窓の内側に人の気配がした。レイモンドは無言で建物にまた入ると、さっきのドアを叩きながら大声で言った。
「僕は警察じゃない、ただ話を聞きたいだけだ。つきあってくれたら、1シリング払うよ!」
すると、ちょっとの間のあと、ドアがそっと開いた。
なかから顔をのぞかせたのは、ライアンよりちょっと年上ぐらいの少女だった。
「なんの話さ」
ぶっきらぼうな口調だったが、レイモンドがにっこり笑ってみせると、すこしだけ赤くなった。汚い
「君、クレマチスの鉢植えの行方、知らないかい?」
レイモンドはなにか当てがあるようだった。しかも少女にとっては図星だったらしい。追及されないように、慌ててドアを閉めようとした。
「君を責めるわけじゃないんだ。ただ、返してくれればいい。約束のお金も払うよ」
レイモンドは言いながら、ドアを閉め切られないように、隙間に靴を挟んだ。
少女はついに諦めたらしい。渋々頷くと、部屋のなかへと招き入れた。
部屋の間取りはビリーのところと一緒だった。しかしこちらは物が乱雑に置かれ、同じ広さのはずなのに、かなり狭く見えた。しかも少女の頬にはできたての青あざがあり、荒れた生活を送っていることが見るだけで感じ取れる。
しかしそんななかでただひとつ、窓際に置かれた瑞々しい植物だけが、浮いていた。
ありあわせらしい貧相な木箱に植えられ、今にも開きそうな蕾がたくさんついている。周りにある他の似たような木箱に植えられているのはどう見ても道端から採ってきた野草で、このひとつだけが、まるでゴミ溜めに宝石が落ちているような存在感があった。
「おいらの花だ!」
ビリーが叫びながら駆け寄り、根本の土を指先で掘る。
「ほら!」
そこには、一度土に埋めて隠していた、結んだリボンを蝋で留めたものが見えた。出品を登録した印だ。
「あんたが盗んだんだな!スージー!」
ビリーが殴りかからんばかりの勢いで問い詰めようとするのを、モリスが慌てて間に入った。
「暴力はよくない。君も、盗みはいけないよ」
「盗んでなんかいないよ!」
そう叫ぶと、今度はスージーと呼ばれた少女が泣き出した。