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文字数 1,754文字

 どうやら、こういう事情らしい。
 ライアンたちの住む貧しい街区に、カトリックの小さな教会がある。そこの物好きな神父が、フラワーショーなるものを来週開くのだという。
 そもそもは貧しい環境で暮らす人々への精神的娯楽の提供だとか、生活改善効果を狙ったある種の社会実験だとか、なにやら高尚な目的から始まったらしい。
 去年試みに始めたところ、好評だったので今年も開催することが決まったそうだ。

「君は去年も参加したのかい」

「ううん。でも知り合いが出て、賞金もらってたから」

 レイモンドの問いに、鼻をぐずぐず言わせながら答える。
 参加者が一ヶ月ほどかけて育てた鉢植えを飾る展覧会を開くのだが、初日にはコンテストも開かれ、入賞すれば開催期間の三日間いい位置に飾ってもらえるだけでなく、賞金まで出るらしい。

「おいらは教会なんか行ったこともないしさ。でも、訊いたら構わないって言われたし。だから鉢を買って、申し込みに行って印もつけてもらったんだ」

 教会が受け持っている貧しい地区の住人なら信徒でなくても資格があるのだという。正直教徒が多いとは言えない地区において、これはかなり参加の敷居を下げるだろう。

「それに金持ち連中まで見に来たっていうんだ。やってみない手はないだろ」

 ショーが開かれるのは街区からすこし離れた、気の利いた商店なども立ち並ぶ地区にある、主任教会の小綺麗な集会施設。そのかいもあってか、昨年は教会関係者や参加者だけでなく、上流や中層階級の来場者まで見に来たほど盛り上がったらしい。
 普段は彼らに蔑むような目で見られている街区の人間からすれば、自分の育てたものに彼らの感心の目が向けられるだけでも鼻高々で、たとえ入賞しなくても、ショーの会場の小綺麗な棚に自分の鉢が飾られるというだけでも名誉なことと、参加希望者は去年より増えたのだという。
 ライアンに泣きついてきた少年、ビリーも、その一人だった。
 だが、窓辺に置いて育てていたクレマチスの鉢が、突然なくなってしまったらしい。

「盗まれたんだ!」

 泣きじゃくりながらビリーは叫び、それから貰ったスコーンにかぶりついた。レイモンドの馬車で、ライアンの隣に座って事情を説明していたのだ。
 
「蕾だってできて、コンテストの頃にはちょうど花が咲いて、きっと優勝だってできた!だから盗まれたんだ!おいらのを自分のもんのフリして賞金をせしめようってんだ!」

「でも、参加申し込みのときに、対象の鉢植えには印をつけられると、さっき言ってたね?盗んだものは、出品できないんじゃないか?」

 レイモンドが口を出す。

「あんなの、ちょっと手先が器用なヤツなら、偽物をつくるのなんで簡単でさ、旦那」

 ビリーは言い、鼻をすすりながら新しいスコーンに手を伸ばした。

「さてさて。じゃあ、その盗まれた現場ってのを見に行くのはどうだい?モリス」

 そんなことを言い出したので、それまで黙っていたモリスは、とうとう口を出した。

「やめておいたほうがいいです。あなたのような身分の人間が行くところではないです」

 その言葉に、ライアンもビリーも怒るどころか頷くばかり。

「そんないい服着てたら、みんなに引っ剥がされるかもしれんです、旦那」

 ビリーはそんなことまで言い出した。レイモンドは小首を傾げていたが、急に眼を輝かせた。

「じゃあ、明日にしようか。君たちの街にふさわしい恰好の準備をしておくから」

 モリスは嫌な予感に首を竦めた。レイモンドがこういう表情をしたときにはろくなことを考えていないことを、すでにもう学習していたからだ。

「モリス、当然君も同行してくれたまえ。明日は仕事も休みだろう」

 案の定、そんなことを言われた。

「嫌だと言ったら?」

「じゃあ、僕ひとりで行こう」

 予想通りの答に、モリスは長いため息をついた。

「わかりました、おつきあいしますよ。あなたになにかあったら、ホッブス夫人が嘆くでしょうから」

 と、ここまで言って、恐ろしいことに気づいた。

「ちょっと待ってください。夕食の時間……」

 レイモンドの顔色も、さっと変わった。

「遅刻だ!急いで帰ろう!」

 レイモンドはスコーンをバスケットごとライアンに押しつけるように渡し、明日の朝十時にここでの待ち合わせの約束を取りつけると、馭者に急いで戻るように指示した。
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