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文字数 1,052文字

 午後になって開かれたコンテストも、おおいに盛り上がった。
 優勝と準優勝。それに入賞作が十個。種類も違うそれぞれの選出理由を、デイヴィス老が丁寧にわかりやすく解説するのが好評で、話し終わるたびに拍手が起こった。この様子だと、来年も頼まれそうだ。
 ビリーのクレマチスは入賞に入った。優勝したダリアが置かれた棚のすぐ近くに並べられ、印の水色のリボンを葉に結んでもらって、満面の笑みを浮かべている。
 さらには近くに寄って見ている見物客たちに、育て方のコツを滔々とまくしたてている。

「あれ、あたしの受け売りだよ」

 それを見たスージーが、いたずらっぽくモリスに囁いた。

「じゃあ、入賞は君のおかげでもあるんだね」

 モリスがそう返すと、おかしそうに笑った。

「そのキンポウゲも、参加できたらよかったのにね」

 そう言うと、首をふる。

「いいんだ。あたしの賞品は、新しい仕事だもん」

「そうか。よかったね」

「うん」

 スージーは頷いたあと、離れたところにいるレイモンドに視線をやった。どうも偶然知り合いがいたらしく、つかまって世間話に付き合わされているようだ。
 その目に憧れの色が浮かんでいるのを、モリスは見逃さなかった。だが、少女はそれだけで満足なようだった。

「じゃあ、あたしは帰るよ。あの貴族の旦那にも、お礼言っておいて」

「うん。ちゃんとした話をつけに、またすぐ君の家に訪ねることになると思うよ。お父さんに、話を通しておいてくれるかい」

「わかった」

 会場の出口まで一緒に行く。

「じゃあね、また」

 別れ際に言うと、真面目な顔で頷いた。

「うん。また」

 人によっては取るに足りない雑草の花を大切そうに抱え、軽い足取りで帰っていく少女の背中を見送っているのは、モリスにとってもいい気分だった。
 レイモンドと一緒にいると、たとえ普段は困らされても、こういう体験もできるというのが、正直貴重だ。
 仕事で損得勘定ばかりしていると、ついつい忘れてしまう気持ちを思い出させてくれる。
 だから、モリスはいつものため息をつきながらも、すぐに会場に戻った。
 着飾ったご婦人方に囲まれて、愛想笑いで顔が固まっているレイモンドをなんとかして救い出す、荷の重い使命が待っている。


【了】



[参考サイト]
農耕と園藝onlineカルチベ
園藝探偵の本棚 第136回 貧困、汚れた空気、フラワーショー~19世紀ロンドンのソーシャル・フラワー
https://karuchibe.jp/read/15478/
(上記サイトを資料として、お話に合わせて適宜アレンジしています)
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