あれがゲーマーの指だ!(2)

文字数 2,930文字

 午後5時を過ぎても、空はまだまだ翳りを見せない。すっかり日も長くなって、車窓から見える往来も活況に満ちている。
 さて別斗、クライスラー社のリムジン内を見渡し、ラッパーみたいだなと思った。ブラックライトに照らされ、革張りのラウンドソファにゴツいアクセサリーをぶらさげた身体をあずけながら、シャンパングラス片手に韻を踏む自分を想像し、苦笑する。両脇には決まったようにパツキン美女をはべらせて、葉巻なんぞくわえたり。単純なMVの出来上がりだ。

「ちょっと別斗、なにニヤけてんの~」

 シャンパングラス片手にアホ面のジャレ子が突っつく。といっても彼女が飲んでいるのはシャンメリーである。

「いやあ、さすが広い車内だなあと思って」

 ぽかんとする別斗の隣であすく、

「イルミネーションライトにバーカウンター、テレビモニターにWi-Fiまで完備されて、まさに至れり尽くせりだ。リムジン内でピンポン野球するのが夢だっておじさんが云ってたけど、その気持ちちょっとわかる」
「ちょっとわかんのかよ、その夢が」

 ただただ驚嘆する一行を前に、この高級車のオーナーであるソソミは少しも傲慢でない態度だった。

「ありがとう。いつもはひとりさびしいドライブだけど、こうしてみんなと楽しく車乗できてうれしいわ」
「ソソミ先輩がいいならいつでも乗車しますよ、ぼくら」
「あ、これから毎日これで送り迎えしてもらうってのはどうかな?」

 どうかなじゃねえよ、少しは遠慮しろ。すでにボトル一本空けたジャレ子を尻目に、別斗はやれやれとまた車窓へ目を移した。
 景色は雑多な繁華街を抜け、落ちついた郊外へと変わる。この辺りからよく管理された緑と舗装済みの道路が目立つ。いわゆる高級住宅街。ソソミの、周囲の風景と一線を画す日本家屋があるのだ。
 やがてその屋敷が見えてきた。この大型のリムジンでも悠々と通り抜けられるほどの門扉が開かれ、車はゆっくりと手入れされた庭園のロータリーを旋回する。
 ジャストな位置で停止したリムジンを見送り、一行はエントランスをくぐった。
 日本家屋といっても、古くさい凡庸な木造建築とは違う。時代に沿ってリノベーション、まさしく高級旅館のような、アップデートされた和のテイストという詫び佇まいをともなって、少しも情緒を逸していない洗練されたものだった。
 靴を脱ぎ、あがり口に用意されていた来客用のスリッパに履き替える。
 まず目につくのは、エントランスわきに設けられた巨大なショーケース。そこにニャンテンドー創業以来、開発されたヒット商品の見本が飾られていた。
 ――不思議なものね。ウチの会社は、きまぐれに鉛筆へ『ツーベース』とか『ホームラン』とか印字して売ったのがきっかけで大きくなったのよ。
 いつかソソミが紹介したように、創業当時の『鉛筆ころがし野球ゲーム』が大仰なガラスケースに奉られている。ショーケースにはその他、歴代のニャンテンドー商品が理路整然とならべられている。もちろん、あの一大テレビゲームブームを巻き起こした『ファニーコンピュータ』や、その上位互換製品『スーパーファニコン』もおさめられていた。

「もうすぐここへ、新作の『ミニファニコン』も並ぶのね」

 ぼんやりとショーケースに立つ別斗のうしろから、ソソミがささやく。

「昔ながらのレトロゲームファンは多いっすから、ぜったいヒットするんだろうな」
「ええ、かつての人気ソフトを30本も内蔵してるんですもの、きっとマニアには〈ささる〉と思うわ」

 ささるという言葉を強調して云うソソミは、本当に嬉しそうだ。

「あのRPG『ドラドラクエスト』も内蔵されてるんだっけ。そういえば当時のRPGは、続きをプレイするために『ふっかつのじゅそ』っていうパスワードを打ち込む必要があったんだけど、そんな手間もないんすよね。ミニファニコン自体にバックアップ機能がついてるから」
「そうね。『ふっかつのじゅそ』は一文字でも間違うと前回の続きからプレイできないから、それで憂き目を見たプレイヤーも多かったって聞いてるわ」
「いやあ、おれも何回も間違えまくるから、結局ケータイの写メ使って記録してたっすよ」

 刹那、ソソミが鋭いまなざしを向ける。その針のような視線に気づき、別斗ちょっとたじろいだ。聡明な美人であるソソミに見つめられるのは、並の男ならドギマギしてしまう。

「な、なんすか?」
「別斗くん、ずっと気になっていたことがあるんだけど」
「はあ」
「あなた、もしかして当時のゲームを……」

 ソソミのなにやら意味深な発言は、プツンと糸を断ったように途切れた。にわか空気になっていたジャレ子とあすくが、しびれを切らしたのだ。

「ちょっと別斗、ソソミ先輩、なにコソコソしてるんですか。私たち、いつまで玄関にいなきゃなんないんですか」
「あら、ごめんなさい。そうね、わたくしの部屋に行きましょう」

 それからはソソミの自室へと通され、3人はおもてなしを堪能した。20畳と圧倒的な広さを有するソソミの部屋。い草の芳香漂う畳に、杉の大きな一枚板の座卓に陣取る。メイド、というより女中と表したくなる着物姿の中年女性が持ってきたお茶請けをついばみつつ、かつて一世を風靡したニャンテンドーの商品をいじらせてもらう。あすくは八十年代初頭に登場した小型液晶ゲーム機『ゲームぼっち』を、ジャレ子は年頃の女の子っぽく『ラブラブセンサー』という商品に興味津々だった。

「え~、こんなので気になる男子との相性を計測できるの~」
「あくまで遊びだよ。静電気だかなんだかを感知して、針が反応するんだ。それを『ラブラブ度』って呼んで楽しむわけ」
「よく知ってるわね。もしかして別斗くんの家にもあったのかしら」
「ばあちゃんが高校生のころ買ったやつらしいんすけどね」
「おじさんから聞いたことがある。それを持っていると女子ウケがよくて、手をつなぐ口実に利用していたと」

 たあいのない会話に華を咲かせ、京都を彷彿とさせる高そうな和菓子に舌鼓を打つ。
 そうしてしばらく経ったころ。

「それにしても、遅いわね」

 唐突に事件は起きた。壁にかけられた焦茶色のアンティークの振り子時計に目をやりながら、ソソミが眉をひそめる。どうやらミニファニコンの試作品を待ちわびているらしい。

「遅くとも午後5時にはここへ着くはずなのだけれど……」

 iPhoneを手繰り、険しい表情のソソミ。

「道路が混んでるんじゃないですか。ちょうど帰宅ラッシュだろうし」
「ソソミ先輩さえよければ、ぜんぜん待てますよ。ぼくは親に遅くなるって連絡するタイプじゃないんで」

 あすくの言葉にジャレ子が乗っかる。

「私は門限あるけど、ソソミ先輩と一緒なら話は別。ウチの親はソソミ先輩100パー信用してるんで」
「ありがとう。でも、連絡もないの。現在地を定期的に送信するよう云いつけておいたのに、それがないのよ」

 不安がよぎる一行の駄目を押すように、女中が慌ただしく、されど礼儀を忘れずやってきて、ソソミに何事か耳打ちした。
 ソソミの血相がみるみる変化していく。

「先輩、なんかあったんですか?」

 息を飲んでソソミを見守る3人。

「ミニファニコンの試作品を運ぶ車が、何者かに妨害されたらしいわ」
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