あれがゲーマーの指だ!(6)

文字数 3,579文字

紅蓮の巨鎚(ミョルニル)』の一撃がおさまるのに、数十秒の時間を要した。風が止み、吹きあげられた砂や木々の葉がゆるやかに落下し、静けさが舞い戻ってくる。

「おい、別斗!」

 硝煙に閉ざされていた視界が徐々に回復していき、しだいに状況が鮮明になると、あすくが呼びかけた。

「別斗くん、まさか……」

 さすがのソソミも焦燥をあらわにし、目の前の光景に絶句する。
 ロケバスの荷台に積まれたモニターの前には、越智トオルの姿しかなかった。隣には水の出ていないホースのごとく、だらりと垂れたコントローラーが揺れている。
 その後方には、うつぶせで倒れる別斗。

「やだ~、別斗のやつ、死んじゃったの~?」

 ジャレ子の言葉がむなしく駐車場に響く。ソソミもあすくも驚きのあまり、とっさに声を出せなかった。
 静まり返ったみのりの森駐車場に、はっはっはとミスターQの笑い声がこだまする。

「残念だったね、別斗くん。このゲーム、君の負けだ」

 勝利を確信したミスターQが宣言する。

「約束通り、来年の『天下一e武闘会』は――」

 云いかけたところで、ミスターQは停止した。ティアドロップのサングラスに映る光景が、彼の勝利宣言を止めたのだ。
 ミスターQの視線の先、倒れた別斗がおもむろに立ちあがったのだった。

「別斗、無事だったか」

 3人は一斉に駆け寄り、あすくはボロボロの別斗に肩を貸してやった。

「サンキューあすく。悪いが、コントローラーのところまで運んでくれ」
「いいけど、どうするんだ」
「どうするって、ゲームを再開すんだよ」
「なにを云ってるんだ別斗。もう勝負は――」
「終わってねえよ。まだゲームオーバーになってねえだろ」

 確かに、まだモニターはさっきまでの画面のまま、ポーズもかかっていない状態で映っている。だが、もう越智トオルはゴール目前まで迫っているのだ。いまから再開したとしてもボロボロになった別斗に勝ち目はない。

「ほう、まだ戦うというのかね。たいしたしぶとさだ」
「ミスターQ、云っただろ。おれにはまだ勝機があるってな」
「ふむ、確かに。ゲームの決着がついていない以上、まだ勝敗はついていないな」
「それにこの勝負、おれの勝ちだ」
「なん……だと?」

 別斗の唐突な勝利宣言に、みな一様に不可解な表情を浮かべた。いまの別斗に、越智トオルから逆転勝利を奪える要素は微塵も感じられない。いったい別斗はどうしたというのか。
 だが、ひとりだけ別斗の勝利宣言を真摯に受けとめている人物がいた。対戦相手である越智トオルだ。越智トオルは別斗の勝利宣言を否定するどころか、云い返すこともせずに沈黙している。

「越智さんよ、気づいたか? 自分がもう、詰んでることに」
「詰んでる? どういうことだよ別斗、説明しろ」

 あすくがこの場を代表するように、別斗へ詰め寄った。

「簡単さ。越智さん、あんたのコントローラー、もうBボタンが利かないだろ?」

 越智トオルがピクリと眉を動かす。あれほど隆起していた僧帽筋は鳴りを潜め、猫のように縮こまっていた。
 そんな越智トオルを横目に、別斗はあすくへ憎らしいほどのドヤ顔を向けた。

「知ってるか? ファニコンのボタンって、強く押してるとすぐに利かなくなるんだぜ」

 ハッとした顔でソソミが、

「確かにボタンのゴムが劣化したり破損したりするケースが当時は多かったと、わたくしも聞いたことがあるわ」
「そういえば、ぼくのおじさんも云ってたな。がさつな団地住まいのやつは、指圧が強いから1コンでやらせたくなかったと」
「そう、越智さんのコントローラーは『紅蓮の巨鎚(ミョルニル)』を連発したことでBボタンが逝っちまったのさ。つまり、もうBダッシュはできない」

 これを受け、ミスターQがとち狂ったような声をあげた。

「だが、たとえBダッシュができなくとも勝利は越智のものだ! 越智がコースの残りをBダッシュ抜きで進んだとしても、この差を逆転することはもはや不可能!」
「それは違うぜ、ミスターQ。それは違うんだ」

 別斗はひと呼吸置くと、わざと焦らすように、一句一句ゆっくりと云った。

「1-4はBダッシュしなければクリアできない仕掛けになってんだ。ボスキャラの手前に、Bダッシュで助走つけなきゃ飛び越えられねえデカい穴があるからな」
「なんだと?」
「Bダッシュで助走をつけなきゃ飛び越えられねえ大穴ゾーンがあんのよ。Bダッシュできねえ越智さんは、もうそこを飛び越えることは不可能なんだ。ゴールどころかボスキャラのツラも拝めねえよ。だから、もう詰んでるってこと」
「まさか……君はそれを最初から計算に入れていたというのか? いや、たとえ偶然だとしても、この1-4のコースを知っていなければ、そういう算段は打てないのは真実。つまり、君は知っていたのだ。このスーパーマリコシスターズという、40年も以前のソフトを、その歳で、操作方法だけでなく、コースの隅々まで熟知していたと、そういうことなのか?」
「さあ、どうだろうな」

 そうしてコントローラーをゆっくりと持ちあげると、

「おれが云えることはただひとつ、この勝負、おれのものだ」

 煌々と夜のとばりに輝くモニターは、すがすがしいほどの勝ち誇った別斗の顔を照らしていた。
 壮絶なゲーム対決だった。勝敗のゆくえは、大穴の前で足止めを食った越智トオルを悠々と追い抜き、あっさりボスキャラの頭を飛び越えてゴールした別斗の逆転劇で幕を閉じた。
 茫然自失になるミスターQ。ひざから崩れ落ちる越智トオル。その傍らで、鮮やかな勝利をあげた別斗を取り囲むようにして、3人が歓喜の輪を作った。

「別斗、やったな!」
「別斗すご~い、見直しちゃったよ~。別斗がこんなゲームのこと詳しいなんてビックリしちゃった~」
「おめでとう別斗くん、やっぱりわたくしの見込んだ通り、あなたはゲームの達人ね。そして、我がニャンテンドーを救ってくれてありがとう」
「いやあ、それほどでもないっすよ。勝ったっつっても相手の自爆みたいなもんすからね」
「またまたー、謙遜しちゃって、おまえらしくないぞー?」

 肘でちょい強めに突いてくるあすくにちょっとイライラしながら、別斗はミスターQに向き直った。

「ミスターQ、さっきあんたは云ったよな? この日本でeスポーツがいまいち盛りあがらないのは、人生を賭けてないからだと。でもよ、あんたは忘れてるぜ。勝負だの対決だのの前に、ゲームは楽しんでやるもんだってことをな。裏のプロゲーマーだかなんだか知らねえけど、今後もニャンテンドーの邪魔するつもりなら、おれが許さねえ」
「ふふふ、おもしろい。君の名前は覚えておくよ、別斗くん。裏のプロゲーマーは越智だけではない。この借りは必ず返させてもらう。次に会うときは覚悟しておきたまえ」

 清々しいほどの捨て台詞を残し、ミスターQと越智トオルを乗せたロケバスは去って行った。
 立てていた中指を引っ込めて、あすくが、

「裏のプロゲーマーか。厄介な連中に目をつけられたんじゃないか、別斗?」

 不安そうな顔を覗かせた。

「ごめんなさい。あなたを巻き込んでしまって」

 ソソミも、うつむき加減で声を消沈させる。

「そんな顔しないでくださいよ。ソソミ先輩がおれを頼りにしてくれたこと、正直嬉しいっす。ソソミ先輩とニャンテンドーのためならいくらでも力を貸しますって」
「でもでも~、一個わかんないことがあるのよね~」
「わかんねえことってなんだよ、ジャレ子」
「あの越智とかいう大男の『紅蓮の巨鎚(ミョルニル)』って技、どうして別斗は平気だったの~?」
「ああ、あれか。あれは、ガキのころから親父の特訓を受けてたからだよ。どんな状況になってもプレイできるように、細い杭の上に片足で立ってゲームする訓練。親父が云うには、なんでも少林寺からパクった訓練法だって云ってたな」
「なにそれ~、子どものころからそんなことやってたの~? 別斗のお父さんって変わり者~?」
「さあ、どうだろ。ガキのころは親父のやることに疑問なんか持ったことなかったからなあ。逆に楽しかったぜ。普通の親はゲームばっかりやってたら嫌な顔すんだろ? おれん家は毎日ゲームやってても怒られるどころか、褒められたからな。まあ、そんな話はいいじゃねえか。それより――」

 別斗はあすくがしっかりと抱いたミニファニコンに目を向け、

「ソソミ先輩、これ本当にもらっちゃっていいんすか?」
「ええ、もちろんよ。そういう約束ですもの。それに、あなたの活躍がなければ奪われていたわけだし」

 喜び合う3人。据え置き型ゲーム機に懐疑的だったジャレ子も、がぜん興味が出てきたらしく、帰ったらさっそくやってみるんだと鼻息を荒くしていた。

「さあ、帰りましょう。もう日も暮れてしまったから、わたくしのリムジンで家まで送るわ」

 地方都市・御美玉のネオン街を颯爽と走るリムジンは、揚々とした活気に満ちていた。
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