第3話

文字数 1,334文字

私は彼女と微妙に距離を取りながら、無言で家へと連れて歩いた。
距離を詰めると、触れてしまうと逃げてしまいそうな気がしたからだ。
触れられたくない心と警戒心のかたまりの彼女。
私がここに逃げて来た時も、恵子さんは私と距離をとっていた様に思う。
数少ない経験を元に行動しているが、内心震えている。
どう見ても彼女は壊れそうな感じがしたからだ。
彼女は素直に家の中までついて来る。
周りを見るのが怖いのか、ずっとうつ向いている。
彼女にとって周りの全てが自分を責める何かなのだろう。

「お茶入れるから座ってて」
彼女が炬燵に入るのを確認して、私は足早に台所に向かい、ヤカンに水を入れ、火にかけた。
心臓の鼓動が早くなる、私にこれ以上の対処など出来る訳がない。
壊れそうな人間の相手など。
自分はどうだっただろうか、壊れていた様な、いない様な私に、恵子さんはどう接してくれていただろうか。
気ばかり焦って、何も思い出せない。
彼女の様な人が来たら、取り敢えず家に招いて食べさせろと、私も駆けつけるから。
と恵子さんは言っていたが。
その恵子さんが来ない。
私は恵子さんの到着を懇願しながら、沸いて欲しくないヤカンをじっと眺めていた。

彼女の様子を伺いたいが怖くて出来ない。
目が合ったらどうしようとか思ってしまう。
ヤカンの水がコトコト音をたて始めた。
「あれ?前にも似た感じあったな……」
思わず1人ごとを呟いて、思いきって居間にいる彼女の様子を伺った。
相当寒かったのだろう、手足を限界まで炬燵に突っ込んでいる。
私は誰かを思い出し、気づくと微笑んでいた。
少し心が落ち着くのを感じる。
城崎は、いないくても私を助けてくれるようだ。
「お茶に抹茶入れます?」
声をかけたが、彼女は無言でうつむいている。
「入れますね」
私はお茶に抹茶を入れて、彼女に差し出した。
うつむいていた彼女は抹茶の香りに反応した。
湯気にのって香る抹茶の匂いが、彼女の鼻を刺激する。
彼女は顔を湯飲みに近づけて匂いを嗅いで一口飲んだ。
ほっとしたのもつかの間、血の気が引くのを感じた。
彼女の右頬の髪に隠れた部分のアザが見え隠れしていたのだ。
私は目をそらして、逃げる様に台所に引き換えした。
心臓の鼓動が早くなる。
彼女のアザが殴られたものかは解らない、しかし、暴力を連想させるには十分だった。
暴力的な一面を目の当たりにするのは、私にはまだ無理だ。
暴力は物理的なものだけじゃ無い、言葉も環境も暴力になる。
私にとって第3者設計部がそうだった。

「みのりちゃん、ごめん、遅くなった!」
玄関から恵子さんの、元気な声が響くと同時に私は玄関に走り出していた。
「いやーごめん、スノーモービルの鍵、探してて、膝も痛いし」
そう言いながら、86歳の恵子さんは、玄関に座り込んで靴を脱ぎ始めた。
私は急かしたい気持ちを必死におさえながら靴を脱ぐのを待った。
膝を庇いながら立ち上がる恵子さんを、ここぞとばかりに手助けして、私はピッタリと体を寄せる。
私より小柄で、華奢な恵子さんの体と体温は私を落ち着かせた。
心臓の鼓動が大人しくなっていく。
300m離れた唯一の隣人、吉田 恵子さん、亡き祖母、新田 奈津の友人、恵子さん。
私が、ここに逃げて来た時、雪の中、家の前で迎えてくれた。
今でもハッキリ覚えてる。
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