文字数 713文字

長かった登山、最後の急勾配を抜け、ようやく山頂が見えてきました。
あの木までもうすぐです。
目的地を目前になだらかな山道を進んでいると、脇の茂みから突如一人の女性が現れ言いました。
「戻って」
またか、登山家が眉根を寄せ、苦い顔を向けました。
女性は「戻って」を繰り返し口にし、最後「何だか、よく分からないけど」と困ったように付け足します。
今までの三人とは少し雰囲気が違う、どうやら言わされている様子。
女性が出てきた茂みが不自然な動きを見せています。
登山家は鼻で小さく息を吐き、無表情で女性の横を通り過ぎました。
ここで「何故言うことを聞かない」マントを纏った三人が痺れを切らしたように茂みから山道へと飛び出してきました。
「どうして一人でここへ?」
「せっかく良いことを教えてあげたのに」
「お前さんを思って親切で伝えたというのに」
マントを纏った三人は警報を叫ぶような口調で登山家に非難の言葉をぶつけます。
登山家は動じず、山頂に向かう足を止めることなく返しました。
「あなた方の助言通りにすれば、誰かと助け合い、もっと早くにここまで辿り着いていたかもしれない。歌を歌って賑やかに山を登れたかもしれない。疲れて動けないとき、孤独を感じることはなかったかもしれない。今頃この景色を前に、仲間と祝杯をあげていたかもしれない。そうすれば、どんなに楽しかったろう」
「では」何故、助言を聞き入れなかったのか、三人がそう言いかけて口を開けたとき、登山家の背中が静かに呟きます。
「あなた方が、神になりたいなどと、考えさえしなければ」
登山家が言い終えた直後、山頂の木の上を天使が空高く飛んでいくのが見えました。
天を真っ直ぐ見つめ、黄金色の見事な羽を輝かせながら。
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