文字数 711文字

山に入って数時間、登山家は順調に歩みを進めていました。
喉が渇いてきた、そろそろ休憩とするか。
背負っていた荷物を下ろし、その上に腰掛けて水筒に手を伸ばします。
と、誰かが登山家に声を掛けました。
「おや、珍しいね。この山を登ろうとする人など滅多にいやしない。久し振りに会ったよ」
登山家が声のする方へ目を向けると、頭から足先までマントで覆われた人が立っていました。
声色から女性と思われますが、表情はマントに隠れてよく分かりません。
登山をする格好ではないし、この山の住人だろうか。
口元に僅かな笑みをのせて「こんにちは」とだけ返し、視線を外すと水分を摂りました。
「名所もないこんな山に登りたいなんて、どうして思ったんだい?」
「頂上の木を見たくて」
すると、相手の声の調子が変わり「頂上の木を?」と登山家の答えを大袈裟に繰り返しました。
この反応にやや戸惑いながら、登山家が「ええ」と零すと、その人は少しばかり弾んだ声で言いました。
「ガイドを呼んでこよう」
「ガイドですって?いえ、自分一人で登れます」
「なに、心配する事なんてない。あたしは何でもお見通しさ。お前さんが何故この山を登ろうと思ったか本当の理由も知っている。その道案内にぴったりの人物を呼んでくる」
登山家は眉をひそめました。
何故この山を登ろうと思ったかなんて、そんな大それた理由などありません、頂にある木が見たかっただけです。
「頂上まではまだあるがね、皆で歌いながら登ればすぐさ、すぐ。そして頂上で天使に会うようなことがあれば言っておくれ、最初に会った魔女に助けてもらったと。いいかい――――― 」
その人は一方的に話し続けています、登山家は気付かれぬようそっとその場を離れました。
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