事故物件の幽霊を黙らせる方法

文字数 4,704文字

少しばかり霊が見えたり霊と話せたりしたところで何のメリットもない。人生のターニングポイントで霊がアドバイスをくれるわけでもない。何かを語り掛けてくる霊はいるけど、それが真実だとも限らない。馬券を買えば当たると霊に嘘を教えられて大損をしたこともある。だから霊能力なんて当てにならないと思っていた。
しかも、霊感が強いせいで相手が考えていることがわかったりする時もある。あの人は親切そうに見えるけど実は僕のことを疎ましく思っている。そんなことも分かってしまうことがあって、いつも職場の人間関係で疑心暗鬼になり仕事が長く続かなかった。

高校を出てから職を転々としていた僕が不動産業界に飛び込んだのは三か月前。今僕は賃貸営業の仕事をしている。
土日はアパートを借りに来るお客さんの対応。平日は部屋を貸したい大家さんの対応をすることが多い。例えば大家さんの持つ物件の写真を上手に撮影し、誰もが借りたくなるような紹介ページを作ってインターネットに公開したりするのだ。

ところで大家さんの中には、決して大金持ちの地主などではなく複雑な事情を抱える人もいた。
例えば、住んでいた一軒家を賃貸に出して、自分はその賃料で老人ホームに住むという一人暮らしのおばあちゃんの花沢さん。花沢さんにとって、部屋を貸して賃料を得ることは死活問題なのだ。なぜなら賃料が入らなければ老人ホームを追い出されてしまうからである。
ある日そんな花沢さんの物件で大事件が起こった。

「借主さんが自殺するなんて、わたしゃ考えもしなかったよ……」

「困ったことになりましたね」

「まったくだよ、もう人に貸せないよ……」

花沢さんの言う通り、人が殺されたり自殺した物件は不動産業界的には事故物件となる。これを物件の心理的瑕疵といって、不動産業者は少なくとも事件から三年を過ぎるまで、部屋を借りてくれるお客さんにその事実を告知する義務があるのだ。一般に、殺人や自殺が起きた心理的瑕疵のある物件には住みたくない人の方が多いので、そのような物件は借りてもらえる確率が下がってしまう。その一方で、家賃が安ければ幽霊やオバケなどは気にしないという人がいることも事実だ。

「花沢さん、家賃を下げれば借りてくれる人はいますから落ち込まないでください」

「でも、家賃を下げると老人ホームのお金を払えないかもしれないよ……」

夫に先立たれ子供もおらず、近所に面倒を見てくれる人のいない一人暮らしの花沢さん。御年八十歳。孤独死して人様に迷惑をかけまいと、まだ健康なうちに自ら老人ホームへ入居した。しかし、月に十万円にも満たない年金だけでは毎月の入居費用が支払えなかったため、自宅を賃貸に出して賃料を得ることで、やっと老人ホームに入居することができたのだ。

花沢さん個人の事情を考えれば、できることなら事故物件であることを隠して誰かに貸すことができればベストだ。しかしそれをすると不動産業法に引っ掛かっかるだけでなく、バレたときに賠償金を請求されてしまうこともある。どうにかして事故物件を気にしない借主を探すしか方法はないのだ。

「花沢さん、今の家賃で借りてくれる人を頑張って探しますから、待っていてください!」

その日からアパートを借りに来るお客さんにはなるべく花沢さんの物件をオススメすることにした。はなから断るお客さんも多いが、条件次第で考えるというお客さんも割と存在するものだ。
ある日、若い子連れの夫婦がお店に訪れた。

「自殺? 気にならないことはないけど、予算と物件次第かな?」

「物件自体は立地も設備も最高なんですよ。見るだけはタダですから行ってみますか?」

「そうだね、じゃあ見に行くだけ行ってみるか」

さっそくお客さんを営業車に乗せて花沢さんの物件案内に向かった。現地に着くと花沢さんのお宅はまるで何事もなかったかのような佇まい。当たり前だが、ここで自殺など起こったことは外観から全く想像できなかった。しかも最近の若い家族に人気のある平屋タイプの一軒家だ。

「外観は古いけど、中は新しいんだね」

「はい、昨年リフォーム済みですから、家の中は新築同然ですよ!」

「キミさえよけえれば、ここを借りようか」

「そうね、あなたがいいなら」

この若い夫婦のように説明を聞いた段階で気乗りしなくても、物件を見たとたんに気に入って即決してしまう人もいるのだ。
ところが、これで花沢さんの喜ぶ顔が見られると喜んだのも束の間、とんでもない邪魔者が現れた。お客さんと物件の内見を終えて玄関から外に出ようとした時だった。玄関先で近所の小学生たちが騒いでいた。

「ここだろ、自殺の家って」

「あ、やべえ、人が出てきたぞ」

「幽霊だ!」

「怖ええ、幽霊が住んでるぞ! 逃げろ!」

なぜだかわからないが、子供たちはこの家で自殺事件が起こったことを知っていたのだ。確かに救急車が来たからここで何か起こったことは近所の人も気がついただろう。しかし、その原因が自殺だったことは公にしてなかったはずだ。それなのに、どこでどうやって知ったのだろうか。お客さんは僕にすまなそうな顔をして言った。

「あの、やっぱりこの物件はやめるよ……」

「そ、そうですか? 物件自体は悪くなかったですよね?」

「それはそうだけど……。ウチの子が学校でからかわれたりしたらちょっとね……」

その日から一カ月が過ぎて、なかなか借り手が見つからず焦り始めていると、花沢さんから電話が入った。よくよく話を聞くと、インターネットで花沢さんの物件が自殺事件現場として公開されているそうだ。なるほど、それで近所の小学生が知っていたのだ。

「こんなことされちゃったら誰も借りてくれないじゃない。なんとか削除する方法はないのかい?」

「すみません、ネットの世界のことですので、ウチでは対応ができないです……」

「そうかい……。何の恨みがあってウチの家を自殺現場だって言いふらすのだろうね? 悲しくて涙が出るよ……」

このインターネットの事故物件サイトは不動産業界では有名だった。過去に某大家さんがサイト運営者に訴訟を起こしたこともあったが、結局負けてしまったそうだ。

「訴えてやることはできないのかい?」

「弁護士に相談するにもお金がかかりますし、勝てる見込みも……」

「そうかい……、いよいよ老人ホームを追い出されちまうよ……」

事故物件の告知義務は三年。少なくとも三年はこの家で自殺が起こったことをお客さんに告知しなければならない。しかし、一度インターネットで公開されてしまったら、三年を過ぎても情報は残り続けるだろう。ここまでくると僕の力ではどうすることもできない……。

(いや、一つだけ方法があるぞ!)

自殺が起こった物件に対して「霊は絶対に出ません」と僕のような霊が見える人が保証を付けてあげたらどうだろう。
先日も某物件に住んでいた借主さんが心霊スポット巡りをしたらしく、そのままアパートまで霊を連れてきてしまったことがあった。借主さんが退去しても霊だけはその物件に居座っていたので、霊と交渉をして出て行ってもらったのだ。

(うまくいけば、僕の霊感が人の役に立つかもしれない!)

早速自殺した人の霊が物件に居座ってないか確認すべく、花沢さんに連絡を入れて物件を再確認させてもらうことにした。
自殺現場の部屋に入って精神を集中すると、思いがけず運気の良い土地だと直観的にわかった。とても悪霊などいるようには思えなかった。が、ふと何者かの気配を感じた。なんと、そこには亡くなった借主さんの霊がいたのだ。

「やあ、不動産屋さん、この家はいいね、気に入ってるよ」

しかも自分が死んだことに気が付いてないようだった。亡くなってから間もない霊にありがちなパターンだ。

「気に入っていただいて嬉しいです! しかし借主さん、悲しいお知らせがあります」

「悲しいお知らせ?」

「はい、残念ながらあなたはもう亡くなったんですよ」

「なんと、やっぱりそうでしたか、どうも最近様子が変だったんです……」

「ところで、なぜ自殺なんてしたんですか?」

「自殺だなんてとんでもない、ちょっと実験をしただけなんです」

「実験? どういうことですか?」

「芸能人がネクタイで自殺したってニュースを見てね。ネクタイなんかで自殺できるものかと実験してみたら本当に首が締まっちゃったんです」

唖然とした。確かに子供同士でふざけて首吊りの真似事をして、謝って本当に首が閉まって死んでしまう事故はたまに聞くが、まさか大人がそんなことをするなんて好奇心が強すぎるにも程がある。しかし、悩みや苦しみの末の自殺ではないことがわかって少し安心した。苦しみなどのマイナスの気は部屋に残るからだ。とはいえ、一度失った命はもう戻ってこない。そのことは借主さんが一番実感していることだろうが、未練を残してここに居座られても困る。

「ところで借主さん、あなたはもう亡くなってしまったのですし、そろそろ天国へ行かれたらいかがですか?」

「そうですね、不動産屋さんのおかげで自分が死んだことに気がつきました。これから生まれ変わって来世をエンジョイするつもりですよ」

素直な人、いや素直な霊で良かった。これだけ素直な霊であれば、ちょっとしたお願い事もできるかもしれない。というのも、人間が死んで霊になると肉体から自由になるのだが、霊体になると今まで封印されていた霊感が解放されるのだ。未来や過去などの世の中の気を探ることだってできるようになる。

「ところで借主さん、ここの大家さんが困ってるので助けてほしいんです」

「大家さん? 直接会ったことはないけど高齢のおばあさんですね?」

「そうなんです。この物件が事故物件扱いになって借りてくれる人がいなくなっちゃったんです」

「それは申し訳ないことをしました。悪気はなかったんですけどね。私に何かできることはありますか?」

「この物件を借りてくれる人をあなたの力で探してほしいんです」

「それは簡単なことですよ。サーファー物件としてインターネットで紹介してあげてください。まもなくサーファーの老夫婦がやってくるでしょう」

実はこの物件の前の借主はサーファーだった。車庫にサーフボードをひっかける取っ手のようなものが勝手にネジで取り付けられていたり、庭の水栓に棒を括り付けて簡易シャワーに改造したり、無断で物件をリフォームされてしまったので退去してもらったのだ。でも確かに波乗りスポットからも近いし、車庫や物置スペースが広いという点はサーファーからすれば好都合な物件だったのかもしれない。

「そのサーファーの老夫婦は長く借りてくれますかね?」

「大丈夫です、少なくとも大家さんが寿命を全うするまでは借りてくれますよ。残念ながらお迎えは遠い未来ではないようだけどね……」

僕は早速事務所に戻って物件のホームページを更新した。花沢さんに了解を取り、長く住んでくれるならという条件でサーフィンがしやすいよう家を改造してもかまわないという特典を追加した。
すると次の週末には霊の予言通りにサーファーの老夫婦が現れた。寝ても覚めてもサーフィンが好きで、海の傍の小さな平屋の一軒家を探していたそうだ。もちろん、事故物件などはまったく気にしない人たちだったことは言うまでもない。

「お借りいただきありがとうございます! ちなみに私は霊感が強いんですが、この物件に霊は絶対に出ませんからご安心ください」

「不動産屋さん、大丈夫。たとえ霊がいたとしても賑やかでいいよ。それに私ら夫婦もあと十年もすれば仲間入りだよ。わっはっは」

花沢さんにも笑顔が戻り、自殺事件は一件落着した。
もしかしたら不動産業界は僕の天職かもしれない。
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