鶴の恩返しと鶴の呪い

文字数 5,785文字

「また千羽鶴かよ、いい加減にしろ!」

段ボールに貼られた宅配便の送り状に「千羽鶴」という品名を見たスギムラは、そう吐き捨てた。

「こんなにたくさんの千羽鶴、捨てるの大変なんだよ。ボランティアの身にもなれってんだ」

今被災地で最も必要なものは水と食料だ。必要のないものは送らないようにとニュースで報道されているにもかかわらず衣服や薬品などを送ってくる人がいる。千羽鶴もその一つだ。ボランティアたちの詰め所として借りた農協の倉庫には千羽鶴の段ボールが山積みになっていた。しかし、被災地のためを思って送ってくれた千羽鶴を捨ててしまうのは少しばかり罪悪感があった。

「この千羽鶴、被災者の人に見せることなく捨てちゃうんですか?」

スギムラは僕が悲しそうな表情で質問してきたことが気に入らなかったのか、上から目線でまくしたてるように僕を怒鳴りつけた。

「当たり前だろ! こんなの被災者の何の役に立つんだよ? 家がなくなって困ってる人が千羽鶴で雨風しのげるのかよ? 千羽鶴食って空腹をしのげるのかよ?」

「す、すみません、初めてのボランティアで、よくわかってなくて……」

「初めてだろうと関係ねえよ。こんな場所に千羽鶴を送るやつなんて、良い人ぶりたいだけのバカしかいねえってことくらいわかれよ!」

スギムラとは今回の災害被災地ボランティアで知り合った。彼は僕と同じ大学四年生なのだが、ダブっているため年齢は僕より三つも上。ダブった原因もボランティアというくらいボランティアマニアだった。そのためスギムラは僕に対してあからさまな先輩面をしてくる。時に善意の押し付けが過ぎるスギムラの態度に少々疑問を抱く時もあるが、困った人を助けたいという思いは同じだから、なるべく我慢するようにしていた。



先日の巨大台風は狙いを定めたかのようにゆっくりと日本列島を縦断し、各地に大きな爪痕を残した。僕たちがボランティアに来たZ村でも、村を貫くように流れるY川が氾濫して多くの家や道路が流された。その一方、流されずに残った家は浸水し、大水が運んできた汚泥が床や家財道具にべっとりと付着した。その泥を掻き出して綺麗にふき取ることが今日の僕たちの仕事だった。

「ありがとうね、ボランティアさんがいなけりゃ今日一日で片付くなんてことはなかったよ」

その家に一人で住んでいたお婆さんから、僕たちは暖かい感謝の言葉をいただいた。

「そう言ってもらえてうれしいです」

僕がそう言うとお婆さんは一瞬笑顔になったが、すぐにまた表情が曇った。それもそのはず、一緒に住んでいたお爺さんが避難する際に転んで大けがをしてしまったのだ。今日こうして家が片付いても、またすぐに看病のため入院先の病院に行かねばならないのだ。
どうにかしてお婆さんを元気づけることができないだろうか。そう思った時、ふと千羽鶴の入った段ボールが倉庫に山積みになっていたことを思い出した。あれをお爺さんの病室に飾ってあげるのはどうだろうか。

「あの、全国の人から千羽鶴が送られてきてるんです。もしよかったら病室にお持ちしましょうか?」

「まあ、本当に? 私たちのために鶴を折ってくれたなんて嬉しいわぁ。でも病院まで持ってこさせるのも悪いから、落ち着いたら取りに行くわね」

「はい、いつでもどうぞ、そこの農協倉庫にたくさんありますから」

僕の思った通り、千羽鶴を喜んでくれる人はいた。



次の日の朝、ボランティアグループのミーティングで、倉庫の整理をする仕事がしたいとリーダーに申し出た。なぜなら、たくさんある段ボールの中の千羽鶴をひとつつづ吟味して、それを欲しいという人に配るため、出来栄えの良いものだけ選り分けようと思ったからだ。
しかし改めて倉庫を見渡すと、折り鶴の段ボールだけでも凄まじい数だ。ざっと数えても数十個はある。僕の身長よりも高く積まれた段ボールが倉庫の奥で壁のようになっている。確かにこれだけたくさんの折り鶴は「ありがた迷惑だ」と言われてもやむを得ないだろう。しかし、それを飾りたいという被災者がいるなら綺麗な状態で渡してあげることも人助けになるはずだ。
そう思いながら無造作に積んである段ボールを一つづつ降ろして開けてみる。そこには幼い子供たちが折ったと思われる鶴、丁寧に大人が折ったと思われる鶴、様々な個性を持った鶴たちがいた。どれも被災地の人たちのことを思って折られた鶴たちだ。たくさんの鶴たちを見ていると、それらが折られた情景さえも目に浮かぶ。どんな気持ちでこれを折ったか、それを考えると感謝の気持ちが湧いてきた。

まもなくお昼休憩だったが、脇目も振らず十個、ニ十個と段ボールを開けていく。中には素人が折ったようには見えない立派な千羽鶴もあった。折り紙のプロがいるとすれば、そのプロが折ったものだと言っても過言でないほど緻密に正確に折られた千羽鶴だった。しかも様々な色の鶴が滑らかなグラデーションで並んでいた。

「これは捨てるのはもったいないな。高く売れるかも……、なーんて冗談……」

そうかと思えば、それほど上手ではないが見ているだけでみぞおちの辺りがポッと暖かくなるような不思議な折り鶴もあった。色使いや折り方だろか、それとも、それを折った人の気持ちが鶴に表れているのだろうか。表情などない紙の鶴たちが僕に微笑みかけてくれているようにさえ感じた。

「上手じゃないけど捨てがたいなあ。きっと心の温かい人が折ったんだろうな……」

ぶつぶつと独り言を言いながら作業をしていると、聞き覚えのある老婆の声が聞こえた。

「こんにちは、お言葉に甘えて鶴を見に来ましたよ。すごくたくさんあるんだねぇ」

先日のお婆さんだった。

「こんにちは、待ってましたよ。どれでも好きなものを持って行ってください!」

とは言ったものの、これだけたくさんあると選ぶのも大変だ。そこで、さっそく先ほど選り分けた折り鶴の中から僕が気に入ったものを手にとって、お婆さんに見せてあげることにした。

「これなんかどうですか、プロ級の出来栄えですよ。あと、こっちはすごく心が込もってますよ」

「あぁ、そうだねえ。これがいいねえ。不思議と優しい気持ちが伝わってくる感じがするねぇ」

お婆さんが手に取ったのは、決して折り方は上手ではないけども、なぜか心が温かくなる気がして選り分けておいた千羽鶴だった。

「ですよね、僕もこの鶴は素敵だなあって思ってました」

その時、急に外が騒がしくなった。ボランティア仲間が昼休みを取りに戻って来たのだ。暗い倉庫の奥手から陽の光が差し込む入り口辺りを見ると、一仕事終えて汗だくで戻って来た勇士たちの影が見えた。その中にはスギムラもいた。倉庫の奥で段ボールを開け散らかしていた僕を見たスギムラは、あからさまに不機嫌な様子で近づいてきた。近くに仲間たちがいるせいか、いつもより小さな声で僕に説教を始めた。

「オマエなにやってんだ、バカ! この折り鶴どうする気だよ、どうせ捨てちまうものを散らかすなよ」

相変わらずの上から目線だ。スギムラは僕のうしろでお婆さんが折り鶴を吟味していることに気が付いてないようだ。

「すみません、ほしいって人に持って行ってもらおうと思って整理してました」

「だから、この大変な時にゴミにしかならねえ千羽鶴がほしいなんて被災者いるわけねえだろ。男手が必要なときに倉庫でサボられたら片づくもんも片付かねえことくらいわかるだろ」

その様子を後ろで見ていたお婆さんが慌てて僕とスギムラの会話に割って入った。

「あんたこの子を責めるんじゃないよ。ゴミかもしれないが、私が主人の病室に飾りたいって言ったんだから。私が悪いんだ」

「あ、お婆さん、いたんすか……。ゴミっていうか、まあ、その……」

スギムラの動揺する姿を初めて見た。言い訳もしどろもどろになっていた。お婆さんはその様子を見て笑顔になった。

「ゴミに見える時もあるだろうけど、こういうものにすがりたい時もあるんだよ。ゴミになって困るならまたもらいにきてやるから」

スギムラは返す言葉を失っていた。そんなスギムラと僕にお婆さんが笑顔で語り掛ける。

「あんたたちボランティアでここへ来たのかい? どこから来たの?」

スギムラが答えた。

「東京っス」

「感心だねえ。立派、立派。今日は邪魔して悪かったね」

そう言ってお婆さんは折り鶴の束を持って倉庫を出ていった。スギムラは気まずそうな顔をしてお婆さんを見送った。お婆さんが見えなくなるとスギムラは再び僕をにらみつけた。

「折り鶴一つ年寄りに渡すために半日もかけるなんて、それで良いことした気になるなよ。自分だけ仕事サボって恥ずかしいと思えよ」

残念ながらスギムラはお婆さんにたしなめられた程度では自分の考えを曲げる気はなかったようだ。でも僕は一人の被災者に半日かけて喜んでもらうことを恥ずかしいとは思わない。半日かけたから効率が悪いという考え方がそもそもおかしい。ビジネスでやっているわけではないのだ。
それに、瓦礫を片付けたり、家を掃除したりすることだけが奉仕活動でもない。時に被災者を勇気づけたり元気を出してもらうことだって立派なボランティアの仕事だ。
とは思ったものの、昔からボランティア活動をし、テキパキと仕事をこなすスギムラを前にすると委縮してしまって何も言い返せなかった。



数日が過ぎ、被災地のあちこちに散らばっていた瓦礫や道路を真っ黒に染めていた汚泥もおよそ片付いてきていた。電力も復旧して、倉庫内に響き渡っていたエンジン式発電機の騒音もなくなり、炎天下でジージーと鳴くセミの声がよく聞こえるようになった。夏休みを利用した僕の初めてのボランティア活動も、まもなく任期満了だ。
少し名残惜しいが、最後の現場は地元で一軒だけのコンビニエンスストアだ。店内は清掃業者が入るのだが、瓦礫の山となった駐車場は手付かずのままだった。流された流木や岩、破壊された家屋の屋根や柱の一部が無造作に積み上げられ、見るからに崩れてきそうで危険な状態だった。このまま瓦礫が駐車場を占拠していたらZ村唯一のコンビニが営業できないため、ボランティアたちでできる範囲で片付けようということになったのだ。

「いやあ、これはボランティアでは無理だよ。業者の重機が入ってこられるようになるまで待とうよ……」

瓦礫の山を見たベテランボランティアの一人が音を上げた。腕を組んで考え込むリーダーを横目に、スギムラは状態を確かめるため、瓦礫のすぐ近くまで歩き始めた。作業の段取りを考えているのだろうか。僕もスギムラの手伝いをしようと後ろについて瓦礫のそばまで歩いて行った。

「おい、瓦礫にあまり近づくなよ。崩れたら危ねえぞ」

スギムラが振り向いて僕にそう言ったとき、彼はバランスを崩して瓦礫の山に手をついた。しかし手をついた先の瓦礫が揺らいで彼は大きくバランスを崩した。そして、落ちてきた大きな木の枝に足を引っかけて転びそうになったスギムラが目に入った時、僕も一緒に体勢を崩すと、そこで記憶は途切れた。



気が付くと僕は病室のベッドで寝ていた。やたらと頭が痛いと思ったら包帯がグルグルと巻かれていた。

「どうして僕は病院にいるんだろう?」

わけが分からず病室を見渡すと、窓際の椅子で俯いて居眠りをしている青年がいることに気が付いた。その青年は僕と同じように頭に包帯を巻いており、腕にはギプスをはめていた。しかも半そでと短パンから覗いた手足は傷だらけだった。青年は僕が目を覚ましたことに気が付いたのか、ゆっくりと顔を上げた。なんと、その青年はスギムラだった。驚いた僕に、彼はいつもの口調で話しかけてきた。

「おぉ、意識が戻ったか、心配させんじゃねえよ、まったく……」

「いったい何が起こったの?」

スギムラの説明によると、僕たちは崩れてきた瓦礫に巻き込まれ、頭を打って重傷を負ったようだ。しかも数日ほど意識が戻らず、両親やボランティア仲間など色々な人たちが僕らの様子を見に来ていたとのことだった。

「そ、そうなんだ。で、スギムラ君はどうしてここにいるの?」

「バカ、オマエのせいでオレも入院したんだろ。オマエが瓦礫に足ひっかけたせいでオレまで巻き沿い食ったんだぞ。オレだって一昨日まで意識がなかったんだからな」

僕の微かな記憶では、瓦礫に足を引っかけたのはスギムラだったはずだが……。
それはさておき、スギムラはその見た目からして明らかに僕よりも大けがだった。そんなスギムラが、なぜか僕よりも一足先に意識を取り戻したとのこと。さすが体力は僕の数倍ほどあるんだなと感心していたらスギムラが天井を指さした。

「それより、窓の上を見ろよ」

スギムラの指さす方を見ると、千羽鶴が天井からぶら下がっていた。しかもそれは先日被災地のお婆さんが病室のお爺さんのためにと持ち帰った千羽鶴と同じものだった。決して上手な出来栄えではないが、なぜかとても温い気持ちになる不思議な折り鶴だ。

「それって、あの日にお婆さんが持って行った千羽鶴だよね?」

「おう、これを病室に飾った翌日に爺さんが退院できたって喜んでたぜ」

「へえ、不思議なことってあるんだね……」

その後、お婆さんはニュースで僕たちボランティアが大けがを負ったことを耳にして、この折り鶴を僕らの病室まで届けてくれたそうだ。最初に血だらけの意識不明で運ばれたスギムラの病室に飾ったところ、その翌日に彼は目を覚まし、そして昨日、僕の病室に飾ったところ、今日こうして僕が意識を取り戻したのだ。

「よくわかんねえけど、鶴のおかげでみんな退院だよ。鶴の恩返しってやつかもな」

スギムラはそう言って自分の病室に戻って行った。
鶴の恩返しとはうまいことをいうものだ。僕もそのあと一人でベッドに横になりながら考えた。

「やっぱり、心のこもったものを無碍(むげ)に扱ったらいけないってことかな……。モノにも心が宿るっていうしな……、いや、待てよ……」

ふと疑問が湧いた。これは本当に鶴の恩返しだったのだろうか。
もしも本当に恩返しだったら、そもそも僕らが怪我をしないように守ってくれたのではないだろうか。
スギムラは鶴を捨ててしまうと言った。鶴からしたらスギムラ、いやボランティアの仲間の全員が敵だ。だから僕もスギムラの巻き添えを食って大けがをしたのだ。

「まさか、鶴の呪い……?」

僕の考えすぎだろうか……。
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