冷蔵庫の生首の正体

文字数 5,230文字

高いところから落ちる夢。何者かに追われて逃げる夢。怖い夢にはいろいろあるが、今日見た夢は身近な人が死ぬ夢。
しかも、付き合ってる彼女が死ぬ夢だ。縁起でもない夢を見てしまった。この夢はいったい何を暗示しているのだろう。
夢は予知夢となり、いつか現実のものとなってしまうのだろうか。

「オレ、今日めちゃくちゃ怖い夢を見たんだ」

「どんな夢なの?」

「冷蔵庫があってさ。それを開けると生首が出てくるんだよ」

「うわぁ、それキモいねー。落ち武者の首?」

まさか「キミの首だよ」などと言えるわけがない。

「誰の首かな? 誰だかわかんない人の首。いつも怖くて目が覚めるんだ」

「うっそー、呪われてるんじゃない? ウケるー!」

実はこの夢を彼女と付き合い始めて半年過ぎたくらいからよく見るようになった。月に一度は見るだろうか。最初は昔見たホラー映画のせいだろうと思っていたけど、何度も繰り返すとさすがに彼女の身に何か起きるのではないかと心配になってくる。

「それより引っ越し楽しみだね。次の休みに家具や家電を買いに行こうよ」
 
大学時代から住んでいる六畳ワンルームの狭いアパートで僕は彼女と同棲していた。三年ほど付き合った僕らは、来月に籍を入れることが決まっていた。しかも来週は2LDKの広いマンションに引っ越す予定。憧れの新築マンションだ。まっさらな状態で入居できる。どうせなら家具家電も新品を揃えたいと思っていた。

「このソファかわいい! 」

「うん、いいね、レトロな感じがおしゃれだね」

ソファだけでなく、テレビ台やダイニングテーブルなど、その日は二人のセンスにぴったりとマッチした家具ばかり予算内で手に入れることができた。残るは家電だ。

「わたし大画面テレビがほしいなあ」

「テレビは小さくていいよ。部屋が狭くなっちゃうよ。それより冷蔵庫だよ。ウチのは古いし大き過ぎるから買い替えようよ」

アパートの部屋に置いてあった冷蔵庫は、僕の実家にあった古い冷蔵庫をもらってきたものだった。古いのは構わないが大家族用の冷蔵庫なので二人暮らしの僕らには大きすぎたのだ。電気代も食うし、なにより邪魔だ。しかし彼女はその冷蔵庫を気に入っていた。

「大きい方がいいよ。食料を買いだめできるし便利だよ。それに料理するのはわたしなんだからね!」

彼女の反対もあり冷蔵庫はあきらめた。



引っ越し当日、めでたい日だというのに、またしても彼女の生首の夢を見てしまった。
ガタイのよい引っ越し屋さんが二人がかりで古い大きな冷蔵庫を新築マンションに運び込む様子を見ながら嫌な気持ちになる。

「また今日も冷蔵庫に生首が入ってる夢をみたよ……」

僕がうっかり口を滑らすと、彼女はムッとした表情で僕をにらんだ。

「ちょっとー、引っ越しの日に言わないでよー、きぶん悪ーい!」

彼女を怖がらせるつもりはなかった。しかし、思わず口に出さずにはいられなかったのだ。これはなにかあると直観的に思ったのだ。

「ごめん、やっぱり新しい冷蔵庫買わない?」

「あのさー、冷蔵庫だけで配送料八千円もかかってるんだよ、今さら言わないでよぉ……だいたいあなたはさぁ……」

思いのほか彼女が不機嫌になって説教も始まったので、これ以上夢の話をするのはやめた。しかし、不安な気持ちを残したまま放置したくない。彼女がバラバラ殺人事件にでも巻き込まれるのではないか。いや、もしかしたら二人で大喧嘩して僕が彼女を殺めてしまうのだろうか。そして証拠隠滅のため彼女をバラバラに……。
考えれば考えるほど憂鬱になった。もしかしたらこの冷蔵庫には何かいわくでも付いているのかもしれない。例えば殺人事件現場から持ってきた呪われた冷蔵庫だとか。それを僕の両親がリサイクルショップで買ってきたのかもしれない。そう思って彼女が買い物に出かけているときを見計らって両親に電話をかけた。

「あ、母さん? 何年か前にくれた冷蔵庫ってどこで買ったの?」

「電気屋さん」

「あ、そうなんだ。中古じゃないよね?」

「新品よ。どうしたの? 壊れちゃったの?」

「いや、そうじゃないんだけどさ……」

そんなことだろうとは思っていた。冷蔵庫に何も問題はないとすれば、身の回りに彼女に恨みを抱いている人物がいるのかもしれない。

「まさか、彼女にストーカー……?」

あれこれ考えているうちに彼女が買い物から帰宅した。片手に買い物袋を二つぶら下げて、あわせて両手で四袋。何を買ってきたかと尋ねると、その多くが食料品だった。生鮮野菜や冷凍食品。備蓄でもするのかというくらい大量に買い込んでいた。

「広いキッチンだからいっぱい料理しようと思ってさぁ、いっぱい買ってきちゃった!」

彼女は楽しそうに冷蔵庫に食料を詰め込んでいく。

「古いけど大きいから便利だよね、この冷蔵庫。こんなに入れたのにまだスペースが余ってるしサイコーじゃない?」

そして袋にゴロっと入っていたキャベツを、冷蔵庫の一番手前に彼女が配置した時、僕は思った。そこは夢でキミの生首が置いてあった場所だよと……。
見れば見るほどキャベツが彼女の生首に見えて気味が悪い。そういえばいつも彼女はキャベツをここに置く。

「あのさ、キャベツをそこに置くのやめない?」

「ど、どうして?」

「だって、野菜は野菜室でしょ?」

「……無理、野菜室いっぱい。ていうか料理しないクセにウルサイ! ここでいーの!」

「あぁ、そう……」

しかし所詮は夢である。夢で見たからと言ってそれが実現するなんてことはめったにない。あまり夢に執着しても神経が磨り減るだけだ。



その日の夜。引っ越し作業の疲れで彼女は先に寝てしまった。僕は夜遅くまでリビングのソファーでマンガを読んでいたが、目がショボショボとしてきたので寝ることにした。深夜2時だった。読んでいたマンガをリビングテーブルに置いてキッチンまで歩く。食器棚から入籍記念にと彼女とお揃いで買ったバカラのグラスをひとつ取り出し、寝る前の水分補給をしようと冷蔵庫のドアを開けた時だ。

「う、う、うわぁー!」

冷蔵庫の中には目を大きく見開き、僕をじっとにらむ真っ青な顔をした彼女の生首が置いてあったのだ。僕はバーンと音がするくらい思いっきり冷蔵庫のドアを閉めた。夢が現実となってしまった。すぐに警察に通報しなければ……。しかし犯人はいったい誰だ。この短い時間に、しかも僕が傍にいながら彼女が殺害されるなんて……。

「ちょっと、夜中にどうしたの?」

「あ……、あれれ? 生きてたの?」

よかった。僕は夢を見ていたようだ。隣で寝ていた彼女は心配して僕の顔を上から覗き込んでいた。

「何言ってんの、寝ぼけていきなり大声出さないでよ……。まさかまた生首の夢を見たんじゃないでしょうね?」

「起こしてごめん、生首じゃないよ。ぜんぜん別の……、怖い夢……、を見た」

「もー、あなたは明日も休みでしょうけど、わたしは仕事なんだから、起こさないでよね!」

生首の夢を見たなどというとまた機嫌を損ねるかと思って咄嗟に嘘をついた。しかし、こんなに同じ夢を何度も見るなんて、彼女に何かよくない事件が起こる前兆というよりも、僕の精神が異常をきたしてしまったのかもしれない。または僕が悪霊に取りつかれたのかもしれない。ついに自分自身の情緒が不安定になり始めた。
そこで次の日、彼女が仕事に行っている間にショッピングモールの占い館へと一人で向かった。評判のよい霊能者がいると聞いたからだ。

「冷蔵庫の中に付き合ってる彼女の生首が出てくる夢を月イチで見るんです。先生、これはなにかの前兆でしょうか?」

通称『春日部の母』と呼ばれている年配占い師は、数秒ほど僕の目をじっと見たあと、淡々とした口調で僕にたずねた。

「あんた、その彼女のヒモかい?」

「ま、まあ、確かに今は無職ですが、来月から籍を入れるのでちゃんと働くつもりですし、就職先も決まりました!」

春日部の母は、役者を目指すなどと理由をつけ、定職に就かずにブラブラしている僕の現状を一発で見抜いた。しかし、それだけではなかった。彼女の慧眼はみるみるうちに僕を丸裸にしていく。

「あんた、女性関係が派手だね。彼女をずいぶんと泣かせてるねえ。まずは悔い改めなさい。話はそこからだ」

「す、すみません、でも、来月から籍を入れるんで、もう浮気は絶対にしないつもりです……」

浮気のことまで見抜かれるとは思いもしなかった。
確かに僕らには幾度も別れの危機があった。それもすべて僕の浮気癖のせいだった。何度も浮気がバレて、そのたびに謝っていたのだが、ついに彼女がしびれを切らした。籍を入れないなら別れると言い出したのだ。何度も浮気をした自分だが、本気なのは彼女だけだった。別れられては困るので、まだ早いと思ったが籍を入れることに同意したのだ。実際にかれこれ1年間、浮気などしていない。
全て見抜かれていると思った僕は過去の経緯を自ら白状した。まるで懺悔をしているようだった。まさに針の筵。帰りたいとさえ思い始めた。
とはいえ生首の謎はいまだ解決していなかった。無職と浮気の説教を受けるためにここへ来たわけではないことを思い出した。

「あの、それより冷蔵庫の生首はどういう意味でしょうか?」

「ばかもの、己で悟りなさい!」

その後、十分ほど春日部の母の説教は続いた。鑑定は謎を残したままの状態で終了した。これでは何も解決しない。評判が良いはずの春日部の母は、ただの説教バアさんだった。

「高いカネ払って説教されて、なんのための時間だったんだよ!」

ぶつくさ言いながら昼間の誰もいないマンションへ帰宅した。新築の香りがする玄関で靴を脱いで、陽の光が漏れる摺りガラスのリビングドアを開けると、そこにはバカでかくて古い冷蔵庫が大仏のように鎮座していた。

「でかいよなぁコレ。おしゃれな新築が台無し。早く処分したいよ……」

冷蔵庫を開けるといつも以上にギッシリと食料品が詰まっていた。彼女の料理への意気込みが感じられて少しニヤけた。そして、春日部の母の鑑定で緊張していたせいか激しく喉が渇いていた僕は、彼女が先日買ってきたはずのお茶を探した。冷蔵庫の中を見回すと、一番奥の方にペットボトルが転がっているのが見えたので、それを取り出そうと手を伸ばした時だった。何かが腕に引っ掛かったと思ったら、手前に置いてあったキャベツが床にゴロっと落ちた。

「あ、やべ、キャベツが!」

手に取ったお茶のペットボトルをいったんテーブルに置いて、床に落ちたキャベツを拾い上げた。すると、キャベツの脇からビニール袋が飛び出しているのに気が付いた。不思議に思ってその部分を見ると、キャベツに開けられた切れ込みからビニール袋がねじ込まれていた。まさか彼女が覚せい剤などの危ない薬を隠しているのではないかと慌ててビニール袋を取り出して恐る恐る袋を開けた。

「え、なにこれ、カメラ?」

なんとキャベツの芯がくりぬかれて、その中に電池式の小型監視カメラが透明なビニールでくるまれて仕込まれていたのだ。そして僕は、これが誰の仕業なのか一発で見抜いてしまった。

「どうして過去の浮気がすぐに彼女にバレたのか、やっと理由がわかったよ……」

当時の僕は、まだ籍を入れてないからと二股三股お構いなしに何人かの女の子と遊んでいた。振り返れば部屋に連れ込んだ女の子とは必ずお酒などの飲み物を一緒に飲んでいた。それを彼女はわかっていたから冷蔵庫の中にカメラを仕込んだのだろう。
部屋の片隅にカメラをセットすればさすがの僕も気が付くだろうから、彼女は自分で買ってきたキャベツの中に仕込んだのだ。実際に生まれてこの方料理などしたことのない僕がキャベツに触ることなどありえなかった。しかし、今までになく冷蔵庫がいっぱいだった今回、ついにカメラがバレてしまったのだ。

「そうか、彼女の生首の正体は、彼女の仕込んだ監視カメラだったんだ!」

冷蔵庫の生首は目を見開いて僕をにらんでいた。この夢は冷蔵庫の監視カメラが僕を見張っているという暗示だったのだ。
仕事はしない、浮気はする、ろくでもない男だが、それでも彼女は僕のことを好きだと言ってくれていた。でもカメラで監視するほど僕は信用はされていなかった。春日部の母もこのことをわかっていて「己で悟れ」と言ったのだろう。しかも、悲しいことに籍を入れることが決まった今この時でさえ彼女は僕を信用していなかったのだ。それを知った僕は自分が情けなくて涙が出てきた。

カメラを見つけたことは彼女には黙っておくことにした。カメラの中に入っていたマイクロSDカードを取り出し、カメラを発見した一部始終の動画データを削除した。カメラの電源をオフにしてキャベツに戻しておけば、きっと彼女も電源を入れ忘れたと思ってくれるだろう。そして、これからも僕はキャベツに監視されることを決めた。
今度こそ心を入れ替えて、彼女のことだけを考えて、頑張って働いて、いつかカメラがなくなるのを待とう。そう固く誓ったのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み