変態紳士3原則 その2

文字数 1,671文字

 視線の主の前まで行くと、俺は何の気負いもなく話しかけた。
「久しぶりじゃね? 井山」
 俺たちから少し離れた場所で本を読んでいた(でもなぜか熱い視線をこっちによこしていた)のは、井山。
 親しいわけじゃないけど、中学が同じで、その当時に同じ委員会になったことがある縁があり会話したこともあるしお互いに見かければ挨拶して雑談する程度の関係である。
 目立つ方の類じゃないけど、地味というわけでもない。
 クラスに一人、どころか数人はいそうな、制服を脱いでまともな私服を着れば案外いけてる外見をしてて「あれちょっと格好いいかも?」とか思われるかもしれない程度の普通の男子。確か本が好きだった筈だ。一緒になった委員会も図書委員だったし。
 一人で図書室にこもったりしてても、暗いとは思われない程度の社交性がある奴だったと思う。
「ひ、久しぶり、山田」
「さっき見てたろ? どした? なんか用だった? それともうるさかった?」
 何となく声をかけたが、途中で視線を向けられる可能性に気づいて質問を増やす。
 うるさくしてたつもりはないのだが、そんなものは俺の主観でしかない。
 普段から図書室の住人であるだろう井山がうるせーと思ったならそっちの方がきっと正しい感覚なので、俺たちはもう少し静かにすべきだし。
 そう思いつつ確認したのだが、井山はブンブンと頭を横に振った。
「や、そんなことない! 大丈夫だからっ」
「そうか?」
 ウンウンと頷く井山。
 こいつこんな大袈裟な動きする奴だったっけか?
「やーまだぁ」
「……ぅおっ!」
 突然発生した背中の重さに思わず声を上げる。
 背後から長い腕がだらんっと二つ視界に入ってきて、さらに肩に何か乗ってきた。
 確認するまでもない、桂木だ。
 肩に乗ってるのは顎だろう。
「ダチ? ダチ? 俺にも紹介してー」
「わかったから懐くな重い鬱陶しい」
「酷いぃ」
 口では酷いとか言いつつ何も気にしてないあたりがコミュ力MAX桂木である。距離感がちょっと近すぎる気がするのは元々の性格からだろうと、最近では勝手に思ってる。
 最初は俺も戸惑ったけど……今は慣れた。
 俺にはちょっとわからんけど、こういう世界の住人もいるんだろって感じ?
 まぁこの状態だと桂木との身長差を超実感させられるって部分には物申したいけどな。振り払う気も起きないので(その方が余計にうるさいから)そのままである。
「こいつは井山。中学が同じだったんだよ」
「へぇー! 俺、俺、桂木! よろー」
「お前はもうちょっとまともな挨拶しろよ……井山、こっちは桂木。って知ってるかもだけど」
 ゆるーく挨拶する桂木の方も一応紹介するものの、背後にいるのは校内有数のイケメンだ。興味がなくても知ってる可能性は高かろうなーと思ったが、予想通り井山は知っていたらしく曖昧な笑顔をした。
「うん、知ってる…………有名だし」
「だよな」
 頷く俺に、背後からはのんきな声がする。
「え、俺有名? 照れるー」
 背後では恐らく桂木が緩い笑顔でもしてるんだろう。
 こちらを見ている井山が、ちょっとだけ顔を赤くしている。
 風邪か? 熱でもあんのか?
 なんかこいつ、俺が知ってるよりも挙動不審に見えるんだけど、気のせいだろうか?
「あ、ねぇねぇ井山くん? だっけ?」
 おいたった今紹介した相手の名前を疑問系で呼ぶな鳥頭。
「勉強はできる方?」
「え!? あの、まぁ、普通に……?」
 普通とはいえ、一応この学校は進学校である。普通に入るにはそれなりの学力が必要で、つまりそういうことだ。
 ちなみに、俺の中学からこの高校に来てるのは数人だけである。遠いわけじゃなく学力的な問題で多くが来れる高校じゃないのだ。
 そういう学校なので、桂木の成績を下回る奴は恐らく少ない。
 存在してるかどうかも怪しい。
「今時間ある? 暇? 忙しい?」
「おい待て桂木、お前」
 まさか、と思った時には既に奴は続きを喋っていた。
「よければ俺に勉強教えてくれない!?」
 …………。
 君には人見知りっていう概念はないのかな桂木さんや……。



『変態紳士3原則 その2:さそわない』
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