十一、自影隊vs古の神々

文字数 4,400文字

〔戦鎧師団、全機起動!〕
 零式トレーラに積載された櫻花が立ち上がった。
 常夜灯に照らされたその鋼鉄の機体は、ハンプティ・ダンプティを思わせるずんぐりむっくりとした形状をしていた。
「何だか可愛らしいですね」
 と素直に感想を言うと、足沢大臣は櫻花を見上げ口を開いた。
「最大装甲厚七〇ミリ、腕部に二〇ミリガトリング砲二門、肩部には八〇ミリキャノン砲一門を搭載、脚部による二足走行では時速五〇キロしか出ませんが、四つ足のモードBに切り替えれば、市街地の舗装道路という条件付きですが時速百〇〇キロの走行が可能です。個々のスペックは零式戦車に劣るものの、体高四・二メートルの巨体でありながら、櫻花は人間とほぼ同じ動作が可能です。従来であれば人間の兵士が負っていた市街地での戦闘に特化し、その汎用性の高さは、敵地制圧において無敵の兵器であると断言できます」
「は、はぁ……」
「あの卵みたいに湾曲した可愛らしい形にも意味がありましてね、戦車砲の直撃を喰らってもこんな感じにぬるっ(﹅﹅﹅)と弾いてしまうんですよ!」
 足沢大臣は流れ落ちる汗を拭いもせず、手振り身振りを交えて説明してくれた。
「なるほど……」
 足沢(たるさわ)繁実。櫻花の性能を誇らしげに語るこの巨漢のおじさんは、政治家としては押しの弱い事勿れ主義者と揶揄される事が多い人物だが、軍事……と言うか、兵器の事になると目の色が途端に変わる。十数年前に開発された櫻花も、当時防衛副大臣だった彼の尽力によるものが大きい。矢部総理は、その時の手腕を買って第三次矢部内閣の防衛大臣に据えたわけだけど、まぁ、根っからのミリタリーオタクなのだろう。

〔これよりA、B、Cの三班に分かれゲートに向かいます〕
 澁谷幕僚長の通信と映像が入って来た。
 頭部に装着したブレイン・マシン・インターフェイスの信号を受け、櫻花は搭乗者のイメージ通りに動く。そのため、少し離れた場所から見ていると、気味が悪いほど人間臭く見える。
 肩に七とナンバーの入ったA班の一機が先行してゲートに近づいて行くと、半人半馬のケンタウロスが立ち塞がるように前に出てきた。
「止まれ鋼鉄の騎士らよ、止まらねばこのケイロンの弓が黙っておらぬ!」
 という警告に構わず進んでいくと、ケンタウロスはギリギリと(つが)えた矢を、櫻花に向かって躊躇なく放った。半人半馬の下級神といえど、その威力は凄まじいものがあったに違いない。がしかし、鋼鉄の装甲に弓矢など効くわけがない。何度射てもキンという金属音を立てて矢は弾かれ、櫻花はお返しとばかり腕に搭載したガトリング砲を連射した。
「ぐぉお!?
 下っ腹を撃ち抜かれたケンタウロスは唸り声を上げると、赤い砂となってさらさらと崩れ落ちてしまった。
 奥に居たもう一人の門番、半人半獣のサテュロスが怒りの形相を見せ、その強靭な獣の脚力で間を詰めると、今度は肩に零とナンバーの入った澁谷幕僚長の機体に強烈な蹴りを入れた。ゴォンという鈍い音が鳴ったが、櫻花は立ち尽くすだけで何の反応も見せない。サテュロスは毛むくじゃらの両脚で、さらに右に左にと蹴りを繰り出したが、ゴンゴンと音を立てるばかりで櫻花の機体は微動だにしない。
〔ふん、多少は振動が伝わってくるな〕
 零ナンバーの櫻花は右腕を引き絞ると、蹴りを入れ続けるサテュロスに狙いを定め前へ突き出した。綺麗に揃えた四本の指が、ふさふさと毛で覆われたサテュロスの下っ腹を貫き背中から飛び出した。サテュロスは櫻花の腕を引き抜こうとしばらく踠いていたが、やがてケンタウロスと同じように赤い砂となって崩れ落ちた。
〔下丹田が急所という情報に間違いはない。B班C班に告ぐ。門番のナノロイドを速やかに撃破し、ゲートを開いてスタジアム内部に突入せよ!〕
 澁谷幕僚長が命令を告げると、Bゲート、Cゲートの櫻花もガトリング砲を連射し、残り四体のナノロイドを砂の塊に変えた。
 閉じられたゲートをこじ開け、櫻花は四つん這いの姿勢……つまり足沢大臣の言っていたモードBに変形し、膝と肘に内蔵されたローラーを回転させ屋内へ突入した。何度かガトリング砲の速射音が聴こえたが、数分もしないうちに、競技場内を映すTV映像に櫻花たちの姿が現れた。

 櫻花三十一機の巨体が次々と立ち上がり、天脳陛下を守護するようにスタジアムの正面に陣取った。
〔陛下、御救いに参上しましたぞっ!〕
「うん、ご苦労。だが余の救出は後回しでよい。我が戦鎧騎士団よ、まずはこの神を名乗る悪趣味な傀儡(くぐつ)どもを、余の眼前で一匹残らず殲滅してみせよ」
 澁谷幕僚長と天脳陛下の声や映像が、TV放送にもはっきりと流れてきた。スタジアムに座る天脳陛下は五人の侍従らを従え、神輿に座る荷稲博士たちをじっと見下ろしていた。
 第百二十六代天脳、荒人(あらひと)。数年前の零和改元に伴い天脳に即位した現人神(あらひとがみ)だ。脳室の近代化とともに天脳家の血は薄まり、須佐脳命(すさのおのみこと)としての神力はあまり期待されていなかったが、その荒ぶる性情のためか、自影隊での人気は頗る高いものがあった。
〔御意っ!!
 と澁谷幕僚長が外部スピーカーで叫ぶと、櫻花全機がガトリング砲を仕込んだ両腕を水平に持ち上げ、襲い掛かるナノロイドたちに一斉掃射を開始した。
 中には弾幕を掻い潜り、櫻花に直接攻撃を仕掛けるナノロイドもいたが、子供でもあしらうように、鋼鉄の腕部で殴り、脚部で蹴り倒し、踏み潰した。体高四メートルを越える隻眼の巨人キュクロプスたちは、唯一、櫻花の放つガトリング砲に耐えたが、八〇ミリキャノン砲の前に敢えなく倒れ、瞬く間に百体以上のナノロイドが赤い砂に変わった。
「ぶっはは、戦鎧の戦闘力は、ナノロイドをものともしておらんな!」
 圧倒的な戦力差を目の当たりにし、矢部総理は勝利を確信したようだ。
 確かにケンタウロス、サテュロス、パン、キュクロプスたち下級神をあっけなく撃破しているけど……ヘラクレスに比べてどうだろう。あくまであたしが見た印象に過ぎないが、やはり上級神の能力とは比較にならない気がした。
 それに画面に映る荷稲博士は、相変わらずにやにやと笑っていたのだ。

「たかが、半獣神を倒したくらいでイキがっちゃってまぁ」
 荷稲博士が手で合図を送ると、今度は月の女神アルテミスが現れた。
 櫻花たちを前にし、彼女は手にしていた弓矢を後方にぽいっと投げ捨てた。もちろん白旗を上げたわけではない。自分の左腕に力を込めると、ばりばりばり(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)と音を立てて上下に骨が剥がれ、弧を描いた大きな弓が表れた。右手には指の骨でできた三本の矢が表れ、彼女はその全てを弦に番えて櫻花たちに狙いを定めた。
〔警戒しろ、ナノ細胞の武器だぞ……〕
 ぱっ(﹅﹅)と射られた矢に戦鎧師団の機体は即座に反応し、右に左にと回避行動を取った。だが、アルテミスの放った矢は回避した方向に軌道を変え、三体の櫻花の中心を捉えた。普通の鉄の矢であれば、七〇ミリの装甲板に傷ひとつ付ける事もできなかったろうが、ナノ細胞の矢は櫻花の機体を貫き背面に飛び出していた。
 搭乗者の苦痛の声が聞こえ、三体の櫻花は活動を停止した。
〔三号、九号、十二号、応答しろっ!?
 今度は英雄ペルセウスが同じように鉄の刀を捨て、自らの右腕を両刃の剣へ変形させると、雷神のような脚力で斬り込んだ。十五号機はその斬撃を両腕をクロスさせて受け止めたが、ナノ細胞の剣はまるでバターでも切るように、その鋼鉄の腕ごと機体を真っ二つに両断した。
〔撃て、撃て、撃ちまくれっ!!
 距離を取りガトリング砲を連射するが、上級神二人の肉体に効果はなかった。そこへ英雄アキレウスと軍神アレスが、やはり同じようにナノ細胞の槍と剣を持って加勢し、神々と櫻花の形勢は一気に逆転した。
〔キャノン砲を撃ち込んでくださいっ!!
 アキレウスの槍に貫かれながらも、その胴体を二十三号機が二本の腕(マニピュレーター)で押さえ込んだ。零号機はすぐさま照準を合わせ肩部のキャノン砲を発射したが、砲弾はズドンっと音を立ててアキレウスに届く寸前で地面へめり込んだ。
〔て、手で叩き落としやがった……〕
 太陽神アポロンは自らの肉体を発火させ、灼熱攻撃を仕掛けた。
「ふーん、ぼくの熱でも溶けないなんて、本当にすごいスーツなんだねぇ」
 とやけにのんびりとした口調のアポロンの周囲には、三機の櫻花が項垂れていた。機体はアポロンの熱に耐え切ったが、中にいた搭乗者は黒焦げになったのだろう。
 唯一生き残っていた渋谷幕僚長の搭乗する零号機が、最後の一撃を加えようと敵陣に切り込んだ。アルテミスの矢を薙ぎ払い、アキレウスの剣を紙一重で躱すと、荷稲博士の鎮座する神輿に向かってキャノン砲を撃ち込んだ。
 だがそれも、アテナの持つメデューサの楯に妨げられ、酒の神ディオニュソスの怪力で櫻花の手足は無残に引き千切られた。
「こ、殺せっ……」
 渋谷幕僚長は前部装甲を開閉し、目の前のゼウス神に応えた。
「くくくっ、其方(そなた)の健闘に免じて命は取るまい。それに、多少は観覧者(ギャラリー)がおらぬと退屈で仕方がない」

「お、櫻花、全機活動停止……」
 悪夢を見ているようだった。ほんの数十分前まで圧倒的な強さを見せていた戦鎧師団が、一瞬のうちに壊滅状態に追い込まれてしまったのだ。
「ば、馬鹿な。人間サイズのロボットに櫻花が惨敗するなど……一体やつらのエネルギー変換はどうなってる?」
「最悪の事態だ……。斯くなる上は陸海空全軍を挙げ、ナノロイドらの殲滅に当たらせろ」
 呆然としている足沢大臣に、矢部総理は自影隊の攻撃命令を促したが、さらに最悪の事態が荷稲博士の放送するTV映像を通じて送られて来た。
「そ、総理、自影隊の駐屯基地が襲われています!」
 自影隊基地に隣接する空き地の地下から、真っ赤な身体のナノロイドたちがまろび出ていた。
 燃え上がる炎に照らされ、お馴染みのキュクロプスやケンタウロスやパンのほか、三つ首の犬ケルベロス、九つの首の大蛇ヒュドラ、牛人ミノタウルスたちの姿が見えた。馬車に乗り軍団を指揮する死神のような男は、冥府の王ハデスに違いない。
 第一師団壱ヶ谷駐屯地、第十五旅団足屋基地、第十二師団航空自影隊基地、第三師団航空基地、第七師団東千登世駐屯地、第五師団自影隊基地、第六師団航空基地……、確認できるだけでも日本じゅうの自影隊基地が襲われているようだ。
 荷稲博士は長い年月をかけて軍事施設周辺の土地を買い占め、何万体ものナノロイドを地下に待機させておいたのだろう。
「今度は空母が!?
 TV映像に、蛸のような触手を持つ巨大な生物が映っていた。これは海の怪物クラーケンだろう。その背中に乗る三叉の鉾を手にした男は、海の王ポセイドンに違いない。
 海の怪物クラーケンは、日本の誇る空母神雷をその巨大な触手で搦め捕ると、暗い海の底へ引き摺り込んでしまった。
 こうして、自影隊とナノロイドたちの戦いは終了した。
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