第2話

文字数 946文字

 この街の人間は海を嫌う。1世紀前にあった戦争を思い出すから、らしい。俺は別に好きでも嫌いでもなかったが、俺の妹は海が好きだった。
「ほら、お兄ちゃん!あっち、あっちに貝がある!」
「…はいはい、そんな急がなくても誰もとりやしないよ」
「確かにいつ来ても貸切だよねー。あたしとお兄ちゃんで独占できるのは嬉しいけど海が好きな人がいないって思うとちょっと寂しいかも…」
 「昆虫好きはそれなりにいるのに水生生物が好きな人間はあまりいないのは不思議っちゃ不思議だよね」
大袈裟なほど背中がびくりとした。まさか海岸なんかで人に話しかけられるとは思わなかったからだ。
「君たちは…兄妹かな?俺もよくここに来るけどはじめましてだね!」
時間帯や場所が合わなかったのだろうか、今まで見かけたことはなかったが、俺たちと同じくらいの年齢で海が好きな人がいたのは嬉しい。
「あたしとお兄ちゃんもよく海岸に来るんだよ!今まであなたに会わなかったのが不思議なくらい!」
「ふふ、そうだね。2人はいつもこれくらいの時間に来ているのかな?そうだとしたら俺もこの時間帯に来ようかなぁ」
「お兄ちゃんの中学が終わってからだからいつもこの時間だよねっ?」
「ああ、そうだね。君も中学生?」
「うん、たまにサボってるけどね~。ふむふむ、君たちとは楽しくお話できそうだし、また来ようかな。あ、そうだ、俺は杉谷瑞希っていうよ~」
「あっ、えっと俺は麝香憲嗣で、こっちが妹の―」

 「そうか、すっかり忘れていたが俺たちが会っていたのはあの杉谷瑞希だったのか」
「…懐かしい名前だな。だが何故いきなり瑞希さんのことを思い出したんだ?」
「いやぁ、ちょっと思い出に浸ってたんだよ。あの子は杉谷先輩のことをウンディーネと呼んでいたね」
「ウンディーネ?水の精霊の?」
「ああ。本来は水と言っても海というよりかは湖や泉の精らしいけど、まああの子的にはそれだけ杉谷先輩が人間離れした存在に見えたんだろうねぇ」
「そのことに関しては全面的に同意しよう。瑞希さんは理研特区一、いや世界一美しい」
確かに流れる水のような軽やかな髪とエメラルドグリーンもしくは、薄い浅葱色のような髪色と瞳はすぐそこの海から現れたかのように思わせるほど神秘的であった。だが彼は物語の精霊とは異なり冷酷であった。




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登場人物紹介

麝香憲嗣

科学者の国理研特区にて違法研究が発覚し拘束されている囚人。数多のキメラを生み出すマッドサイエンティスト。

御門智華

麝香の古い知り合い。かつて(『蝶、燃ゆ』)は復讐のために動くロボットだったが今では違法研究を取り締まる捜査官に。

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