第3話

文字数 1,532文字

 「お兄ちゃん、見て!どお?変じゃないかな?」
まだ4月になっていないというのに新しい制服を着て妹は浮かれていた。俺もつい最近…と言っても一年前だが、同じ道を通ったが別にここまではしゃいだ覚えはない。むしろ妹の方が中学の制服を着た俺を見てはしゃいでいた気がする。
「似合っていないわけではないし、見た目の違和感はないけど中学生になるんだからもっと落ち着きを持ちなよ」
「なにその反応~!可愛いか可愛くないかで答えて!」
「ん…そうだな、ガキっぽい」
「ひどい!」
それにしても今まではただ元気で自由奔放だったのが、見た目にこだわり始めるとは。
「ああ、そういえば高等部に杉谷先輩がいるんだっけか」
「そうそう!理研特区の学校が6年制で良かった~!高等部は別の建物らしいけど食堂とかは一緒に使うからもしかしたら会えるかも!」
「ふーん…」
あれ以降俺も何度か会っているけど、妹は俺がいないところでもあの人と会っているらしい。同じ海が好き同士だし気が合うのだろうか。だが最近彼女は海の生き物について知識を深めるだけでなく理研特区では異端とされがちな自然保護的思想についても調べているようだ。これもあの人の影響なのだろうか…
「別にお前が誰と付き合おうと勝手だが、変な思想にだけはハマるなよ」
「変な思想?」
「最近お前がよく調べている、人間より自然環境を優先した考えのことだよ」
「…お兄ちゃんも瑞希さんの理想が間違ってるって思うの?」
「いや、別に俺はあの考えを異端だとは思わない。この地が理研特区生態研究科と名乗りながら遺伝子学、細菌学、バイオミメティクス以外遅れているどころか手を付けることさえできない現状には違和感を覚えている。だがそのへんの事情には安易に手を出すべきではない、俺たちには複雑で、難解で、強大すぎる」
「…そっか、だから瑞希さんも大事なことは話してくれないんだ。今のお兄ちゃんの話も全然わかんないくらい馬鹿だから、あたし」
「大事なことを話してない?」
「うん。実は瑞希さんがそういう考えを持っているかはわからないの。話を聞いていてこんな考え方もあるんだ…!って思って調べたら辿り着いただけだから。もしかしたらただ生き物や自然が好きなだけかもしれないし、やっぱり普通の人には話せないようなことを抱えているかもしれないけど…」

 「今思うと無謀な挑戦だったよ、あれは。」
「あの瑞希さんの心を開かせる、か…。あの人の一番近くにいた私でも出来ない…いや、やろうともしなかったことを試みる子たちは結構いたよ。特別な関係になれば心の内を明かしてくれるはずだと。まあ普通ならそうだろうが…」
「あの人はその普通には当てはまらなかったからね。あの子も含めみんな相手を間違えたんだ」
「私が言うのもなんだが、お前は愛する妹を傷付けた瑞希さんに対してなんとも思っていないのか?」
「全然。そもそもつい最近まであの人と以前から接点があったことを忘れていたくらいだからね。物事に関心はあるが執着心はないからね。何も感じないわけではないがどれも自分には関係がない」
「それは彼女が亡くな…いなくなる前から?」
「ああ、むしろ昔の方がからっぽだったよ。だからこそ自分とは正反対の、明るく純粋で、何も知らないけど色んなものを好きになれるあの子が大事に思えたんじゃないかな」
「何故少し他人事感のある言い方なのかはわからんが…。マッドサイエンティストも意外と普通の感性によって動かされていたのだな」
「まあ程度は普通じゃないかもしれないけどね」
「…自分にないものに焦がれたのは私も同じだ」
御門が求めたもの…父親に認めてもらえるような才能か、人々の期待やレッテルを跳ねのけ己を貫く自由さか…それとも杉谷瑞希に思いを伝える勇気か。


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登場人物紹介

麝香憲嗣

科学者の国理研特区にて違法研究が発覚し拘束されている囚人。数多のキメラを生み出すマッドサイエンティスト。

御門智華

麝香の古い知り合い。かつて(『蝶、燃ゆ』)は復讐のために動くロボットだったが今では違法研究を取り締まる捜査官に。

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