第2話 クシティ・ガルバ

文字数 1,033文字

 これといった特徴もない海辺の町だった。商店街と呼べるほどの賑わいもなく、その静けさに()んでしまいそうな小さな町だった。

 けれど、自然が見せる季節の(いろどり)は見事だった。

 水平線から現れた太陽が、()いだ海面に一条の光を走らせるとき、この町は朝を迎えた。辺りを(あわ)くオレンジに染める有明(ありあけ)のそのさまは、この世のものとは思えない荘厳(そうごん)さだった。



 かもめが舞い飛ぶモノクロの季節が移り、まだ冷たい風が木々の新芽を揺らすころ、春の訪れを告げるのは菜の花やハルジオンだった。

 梅雨が明けるころには、満天の星空の下、田んぼや小川のほとりでホタルが舞った。

 緑の匂いと地に落ちる木々の影が濃くなる夏は、この町が一番輝く季節だった。砂浜は(まばゆ)いほどに日の光を弾き、遠浅の海は子供を遊ばせるのに十分な穏やかさで広がっていた。

 左に延びる海岸線の先には、ところどころに岩場が顔をのぞかせ、右の岬には白い灯台が建っていた。時折吹く風が、灼熱の日差しを和らげるようにひとたちの汗をやさしく撫でた。



 それだけでじゅうぶん成立している町だった。この町にいる人たちは、ないことを退屈とは思わなかった。本来あるべきものがあったからだ。

 海に沿って走る二車線の道路を右へ向かうとJRの駅があるという。ビルとて見当たらない町並みの奥にはこの町を象徴するような小高い丘があった。

 獣道のようなものも含めれば、丘に昇る道はいくつかあったが、ほとんどの人たちは一番楽なつづら折りの階段を使った。
 一方、ひたすら丘の上を目指すような胸を突くほどに急な坂道もあり、その二つの道の終点はほぼ同じところにあった。

 そこに、生い茂る草木に隠れるように一本の立て札がある。塩田という老人が作ったという、木の杭に板を打ち付けただけの粗末なそれには、こう彫られていた。

『おん かかか びさんまえい そわか 三回唱えるべし』と。
 これを真言(しんごん)とわからず首をかしげた人も多いだろう。

 その少し先の路傍(ろぼう)には一体の石像が立っている。人の腰丈ほどのクシティ・ガルバだ。クシティが『大地』、ガルバが『胎内』『子宮』の意味を持つ石像だ。
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