【拾睦】一緒に死ねるか?
文字数 2,631文字
「たく、何でお前なんかと一緒にドライブしなきゃなんねえんだよ」
祐太朗と弓永は、弓永の愛車である光岡のリューギで夜の首都高をドライブしていた。かつては裏のサーキットとして名を轟かせていた首都高も今ではそれも過去の話で、明らかなスピード狂はふたりの水晶体には写らない。
「他になかったんだ。おれの部屋は落ちつかねえし、ここなら誰かが聴いてる心配もない」
「そうとも限らねえぜ。おれを妬んだ馬鹿が盗聴器を仕掛けているかも知れねえしな」
「それなら問題ねえよ――な?」
――まったく、こんなことのために呼び出したわけ?
車内に大原美沙の声が響く。大原美沙は少し前までは五村城南高校に通う女子高生だったが、ある事件をキッカケにこの世の存在ではなくなり、現在では浮遊霊として様々な場所を散歩してのんびりと過ごしている。
「あ? 美沙? いるのか?」
――いるよ。祐太朗に呼び出されてね。車の中で霊障を発生させて欲しいんだってさ。ま、霊障なんて発生させたことないから、これが初めてなんだけどね。
「……なるほど、ラジオがつかないわけだ。でも、美沙に聴かれるのは構わないのか?」
「あぁ。というより、これはお前と美沙に聴いておいて貰いたいんだ」
――ふぅん。で、何なの?
祐太朗は即答せず、少し間を空けてことばを紡ぎ始めた。
「……まぁ、ここ数ヶ月のことだ。弓永はもう何年にもなるか。お前らがおれたちと仕事をするようになって仕事がやりやすくなった。その点は本当に感謝してる。現にお前らがいなかったらもう死んでいたって場面にも何度となく出くわしているし、そう考えるとおれらはチームといえるのかもしれない」
「おれとお前がチームだぁ? んなもん――」
「悪い、もう少しちゃんと聴いてくれ」
――そうだよ、悪徳警官。祐太朗が真面目に話してるんだから。
「……わかったよ。続けてくれ」
祐太朗は小さく頷いて、再び口を開いた。
「チーム。これに関しては疑いようがない。でも、この体制も長くは続けるべきじゃないとも思っている。というのも、おれが過去何度も危険な目に遭っているように、このままこの仕事に関わり続ければ、いずれは痛い目を見ることになるかもしれない。特に美沙は一度死んでいる身だ。次、酷い目に遭うとすれば、どうなるかわからない」
美沙は息を飲んだ。そう。一度死んだ人間は肉体的な痛みを経験することはないが、その代わり精神の磨耗は生きていた時以上に早く激しい。祐太朗は更に続ける。
「弓永もそうだ。露悪的ないい方をしてしまえば、弓永は治安を守る側の人間でありながら、この稼業に首を突っ込んで殺人犯になり下がってしまっている」
「おい、人を呼び出しておいて殺人犯呼ばわりかよ。まぁ、間違ってねえけどさ」
「そうだ。おれだって昔馴染みを殺人犯呼ばわりしたくもなければ、殺人犯にもしたくはない。それはそうと、このまま金のためにこの稼業に首を突っ込み続ければ、いずれは弓永の立場も危うくなる。こんな裏稼業の人間に関わっていれば、いずれはこの世に巣食う魍魎たちに食い殺されることになる。そうなる前に――」
「手を引け、ってのか?」祐太朗の沈黙は、肯定を意味していた。「お前のいいたいことはわからねえでもねえよ。おれだって公務員だ。普通に仕事して生活してれば食いっぱぐれることはない。でもな、こんな退屈な人生にはウンザリなんだよ」
「本当に、それだけなのか?」
「……どういう意味だ?」
「悪徳警官と呼ばれ、不正に荷担はしても、お前のマインドはいつだって怒りと歪んだ正義感で燃え滾っている。お前が新人をイジメて辞めさせる理由も――」
「やめろ」弓永はピシャリといった。「その話はするな」
「……いずれにしろ、おれがいいたいのは――これから先、どれだけ辛いことや苦しいことが待ち受けているかは、おれにもわからない。もしかしたら、おれに関わったことを後悔するかもしれない。それに当然、恨めし屋のことを知った以上は硬くその秘密を守って貰わなきゃならないし、下手なことも許されない。だから――オリるなら、これがラスト・チャンスだ。さぁ、どうする?」
若干ニュアンスは異なるが、弓永と美沙に忠告すること、これがサロメとの約束だった。もし再びふたりが目立った行動をしたら――
車内は緊迫した空気に満ちていた。弓永も美沙も即答はしない。弓永は真顔でハイウェイを眺めるばかりで、美沙は拳をグッと握り締めたまま足許に視線を落としている。
――わたしは……、続ける!
最初に口火を切ったのは、美沙だった。
――わたし、祐太朗と出会うまでは本当に孤独だった。でも、今は……、祐太朗もいれば詩織ちゃんもいる。当然、弓永さんもね。わたし、嬉しかったんだ。浮遊霊の生活は孤独で苦しいとは聞いていたけれど、案外悪くはないし、みんな仲良くしてくれて。正直、生きているときよりも楽しくて仕方ないんだ。だから、何ていうかな……、これまでの恩返しもあるし、わたしは辞めない。これ以上、わたしみたいな子が増えても欲しくないし、そうなる前に何とかしたい。だから、わたしは祐太朗が舵を取る船に乗り続けるよ。
「……本当に後悔しないか?」
――ゼッタイしない。
「……そうか」祐太朗は運転する弓永に視線を向けた。「――お前は?」
弓永は答えない。祐太朗も答えを急がなかったし、美沙も弓永を非難はしなかった。
突然、弓永はアクセルをフルスロットルに踏み込み、リューギを一気に加速させた。
――ちょっと! 何してんのッ?
弓永は鼻で笑った。
「もし、このままコーナーを曲がり切れずクラッシュしたらおれも祐太朗も地獄いきだな」
――だから何ッ? このままじゃ……。
「祐太朗。おれと一緒に死ぬ度胸はあるか?」
パニックになる美沙に対し、祐太朗は水を打ったように静かで、少し時間を置いてからひとこと、あぁと頷いた。
「決まりだな。どうせ、この世は掃き溜めなんだ。清く正しくなんて生きる必要はない。もっと泥臭く、無様にいこうぜ。心配すんなよ。遅かれ早かれおれたちは死ぬ運命にある。なら一分、一秒でも長く抵抗してやろうぜ」
ハイウェイを走る弓永のリューギは、咆哮しながら、地獄への道を突っ切っていった。
祐太朗と弓永は、弓永の愛車である光岡のリューギで夜の首都高をドライブしていた。かつては裏のサーキットとして名を轟かせていた首都高も今ではそれも過去の話で、明らかなスピード狂はふたりの水晶体には写らない。
「他になかったんだ。おれの部屋は落ちつかねえし、ここなら誰かが聴いてる心配もない」
「そうとも限らねえぜ。おれを妬んだ馬鹿が盗聴器を仕掛けているかも知れねえしな」
「それなら問題ねえよ――な?」
――まったく、こんなことのために呼び出したわけ?
車内に大原美沙の声が響く。大原美沙は少し前までは五村城南高校に通う女子高生だったが、ある事件をキッカケにこの世の存在ではなくなり、現在では浮遊霊として様々な場所を散歩してのんびりと過ごしている。
「あ? 美沙? いるのか?」
――いるよ。祐太朗に呼び出されてね。車の中で霊障を発生させて欲しいんだってさ。ま、霊障なんて発生させたことないから、これが初めてなんだけどね。
「……なるほど、ラジオがつかないわけだ。でも、美沙に聴かれるのは構わないのか?」
「あぁ。というより、これはお前と美沙に聴いておいて貰いたいんだ」
――ふぅん。で、何なの?
祐太朗は即答せず、少し間を空けてことばを紡ぎ始めた。
「……まぁ、ここ数ヶ月のことだ。弓永はもう何年にもなるか。お前らがおれたちと仕事をするようになって仕事がやりやすくなった。その点は本当に感謝してる。現にお前らがいなかったらもう死んでいたって場面にも何度となく出くわしているし、そう考えるとおれらはチームといえるのかもしれない」
「おれとお前がチームだぁ? んなもん――」
「悪い、もう少しちゃんと聴いてくれ」
――そうだよ、悪徳警官。祐太朗が真面目に話してるんだから。
「……わかったよ。続けてくれ」
祐太朗は小さく頷いて、再び口を開いた。
「チーム。これに関しては疑いようがない。でも、この体制も長くは続けるべきじゃないとも思っている。というのも、おれが過去何度も危険な目に遭っているように、このままこの仕事に関わり続ければ、いずれは痛い目を見ることになるかもしれない。特に美沙は一度死んでいる身だ。次、酷い目に遭うとすれば、どうなるかわからない」
美沙は息を飲んだ。そう。一度死んだ人間は肉体的な痛みを経験することはないが、その代わり精神の磨耗は生きていた時以上に早く激しい。祐太朗は更に続ける。
「弓永もそうだ。露悪的ないい方をしてしまえば、弓永は治安を守る側の人間でありながら、この稼業に首を突っ込んで殺人犯になり下がってしまっている」
「おい、人を呼び出しておいて殺人犯呼ばわりかよ。まぁ、間違ってねえけどさ」
「そうだ。おれだって昔馴染みを殺人犯呼ばわりしたくもなければ、殺人犯にもしたくはない。それはそうと、このまま金のためにこの稼業に首を突っ込み続ければ、いずれは弓永の立場も危うくなる。こんな裏稼業の人間に関わっていれば、いずれはこの世に巣食う魍魎たちに食い殺されることになる。そうなる前に――」
「手を引け、ってのか?」祐太朗の沈黙は、肯定を意味していた。「お前のいいたいことはわからねえでもねえよ。おれだって公務員だ。普通に仕事して生活してれば食いっぱぐれることはない。でもな、こんな退屈な人生にはウンザリなんだよ」
「本当に、それだけなのか?」
「……どういう意味だ?」
「悪徳警官と呼ばれ、不正に荷担はしても、お前のマインドはいつだって怒りと歪んだ正義感で燃え滾っている。お前が新人をイジメて辞めさせる理由も――」
「やめろ」弓永はピシャリといった。「その話はするな」
「……いずれにしろ、おれがいいたいのは――これから先、どれだけ辛いことや苦しいことが待ち受けているかは、おれにもわからない。もしかしたら、おれに関わったことを後悔するかもしれない。それに当然、恨めし屋のことを知った以上は硬くその秘密を守って貰わなきゃならないし、下手なことも許されない。だから――オリるなら、これがラスト・チャンスだ。さぁ、どうする?」
若干ニュアンスは異なるが、弓永と美沙に忠告すること、これがサロメとの約束だった。もし再びふたりが目立った行動をしたら――
車内は緊迫した空気に満ちていた。弓永も美沙も即答はしない。弓永は真顔でハイウェイを眺めるばかりで、美沙は拳をグッと握り締めたまま足許に視線を落としている。
――わたしは……、続ける!
最初に口火を切ったのは、美沙だった。
――わたし、祐太朗と出会うまでは本当に孤独だった。でも、今は……、祐太朗もいれば詩織ちゃんもいる。当然、弓永さんもね。わたし、嬉しかったんだ。浮遊霊の生活は孤独で苦しいとは聞いていたけれど、案外悪くはないし、みんな仲良くしてくれて。正直、生きているときよりも楽しくて仕方ないんだ。だから、何ていうかな……、これまでの恩返しもあるし、わたしは辞めない。これ以上、わたしみたいな子が増えても欲しくないし、そうなる前に何とかしたい。だから、わたしは祐太朗が舵を取る船に乗り続けるよ。
「……本当に後悔しないか?」
――ゼッタイしない。
「……そうか」祐太朗は運転する弓永に視線を向けた。「――お前は?」
弓永は答えない。祐太朗も答えを急がなかったし、美沙も弓永を非難はしなかった。
突然、弓永はアクセルをフルスロットルに踏み込み、リューギを一気に加速させた。
――ちょっと! 何してんのッ?
弓永は鼻で笑った。
「もし、このままコーナーを曲がり切れずクラッシュしたらおれも祐太朗も地獄いきだな」
――だから何ッ? このままじゃ……。
「祐太朗。おれと一緒に死ぬ度胸はあるか?」
パニックになる美沙に対し、祐太朗は水を打ったように静かで、少し時間を置いてからひとこと、あぁと頷いた。
「決まりだな。どうせ、この世は掃き溜めなんだ。清く正しくなんて生きる必要はない。もっと泥臭く、無様にいこうぜ。心配すんなよ。遅かれ早かれおれたちは死ぬ運命にある。なら一分、一秒でも長く抵抗してやろうぜ」
ハイウェイを走る弓永のリューギは、咆哮しながら、地獄への道を突っ切っていった。