第2話:ある春の日

文字数 921文字

 子供の頃は誰しも、己の感情に素直なものだ。

 嬉しいから笑い、悲しいから泣く。
 気に入らないから喧嘩して、寂しくなって仲直りして。

 そうやって、眩しいくらいに感情に素直だ。


 ――だけど、大人は違う。

 笑みの裏では欺罔(ぎもう)を企て、称賛の裏には嫉妬を隠す。



 中学校に進学して最初の一年が終わろうかという頃。

「えー、今からコンクールのメンバーを発表する」

 夏の吹奏楽コンクールの、メンバー発表が行われた。
 コンクールのメンバーに選ばれること――それこそが、吹奏楽部に所属する意味だともいえるほどの、大きなコンクール。
 当然、部員も顧問もそれにかける熱量は凄まじく、さながら運動部のそれだ。

「じゃあ、次はクラ(クラリネット)いくぞ。葛城」
「はい!」
「吉岡」
「はいっ!」
…………
……

 次から次へと、呼ばれていくメンバーたち。
 殆どは新三年生――今の二年生だが、中には上手な一年生も名前を呼ばれている。


「吉岡ぁ! よかったじゃん!」
「うん!」

 喜び合う者たちは、そろって黄色(えがお)の表情をみせる。
 だが、呼ばれなかった者たちは――
 青かった。

 口では称賛を送る者たちも、表情は青い。
 私は見ていられなかった。


 ――そして、メンバー指名は私の担当パートにも回ってくる。

「それじゃあ次は、サックスだ。アルト、吉川」
「はい」

 名前が呼ばれた。

 恐る恐る前を見れば、パートのみんなが青色をしていた。

 それもそのはず、サックスは木管の花形楽器。
 所属人数も多く、選抜率も高い。
 同じ楽器を担当する9人のうち、名前を呼ばれたのは私を含めた3人だけ。そして、一年生は私だけだった。

 再び下を向く。

「よっちゃん、なに下向いてんの。もっと喜べっ」
「あんたが選ばれるなら納得だから。ほら、気ぃ使ってないで前を向け!」

 名前を呼ばれなかった仲間たちが、私の背中をバシバシと叩く。

 きっと、仲間たちは嘘をついているわけではない……と、思う。
 私を鼓舞することで、気持ちに折り合いをつけようとしているんだ――。

 そう思うことにした。
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