第1話:色を視る人

文字数 529文字

 何気ない日常。
 それは泡沫(うたかた)の夢が如く、脆く危ういものなのかもしれない。

沙耶香(さやか)、私ね、彼氏できたの」
「え? 凪紗(なぎさ)が? おめでとぉ!! で、誰?」
彰人(あきと)君」
「へぇ~、お似合いじゃん!」


 すぐ近くの席で繰り広げられる会話。
 一見普通の恋バナ――彼氏のできた友達を、祝福し、或いは冷やかす図――に見える。

 だが、私は知っている。
 沙耶香と呼ばれた子は、本当は祝福なんてしていない。

 ――だってあの子は、深い青色をしている(・・・・・・・・・)から。

 青は、嫉妬。時々垣間見える黒っぽい(もや)は、殺意。

 ああ、なんて醜いんだろう。
 視なければよかった(・・・・・・・・・)

 でも、私にはそれができない。

 他人の感情が色になって視える――ある種、私の”能力”とでもいうべきこの力は、私には手に余るものだった。
 人間の”裏”を、これでもかというほどに、まざまざと見せつけられて。
 きっと私は、この狂った力によって心まで狂ってしまったのだ。

 私が前を向く限り、色は消えない。

 だから今日も私は、下を向いて歩く。
 色を視ないように、じっと、地面を見つめて。
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