第5話 着物② 食堂のある暮らし
文字数 994文字
ツネたちの住む長屋は、
南北に道が通っていて、北側に住居、南側には共同の風呂や便所のほかに、台所と洗濯場を兼ねた「食堂」と呼ばれる木造の建物がある。
ひと月の家賃に利用料は含まれており、洗濯場と食堂は扉で仕切られていた。
引き戸を開けてすぐの人目につく場所に、つづらが置かれた。
ヒコさんは半紙に何やら書きつけて、つづらの縁に挟み込んだ。
半紙には、「持ち出しご自由に。おきよさんより」と、書かれていた。
六人ほどが一度に座れる腰高の大きな机に椅子が四脚置かれている。ツネは入口から一番近い椅子に腰かけた。
ヒコが氷温庫から冷えた茶入れを取り出して、ガラスの湯呑にそそぎ、目の前に差し出すと、ツネの隣に座った。
この街は、電気が不十分ではない。各長屋に割り当てられる電力には限りがあった。
各部屋にもわずかな電化製品はあるものの、狭くて使い勝手が悪いため、よほどのことがない限り、食堂を使う。
その代わり、家賃は破格の安さだった。だからツネも、一年半ほど前、ようやっと空きの出たこの長屋に越してきたのだ。
この街を一歩出ると、安全で、何不自由のない暮らしが、息を吸って吐くよりも簡単に手に入るのだが、ツネはそれを自ら手放した。
どうやって生きるか自由に決められるのなら、不自由に、けれど循環する暮らしがしたいと思った。
この不自由な暮らしは、けれど自由な暮らしをしてきた人々にとっては、羨望の的であり、今は、かりそめの自由を手放したい人が増え始めていると聞く。
この食堂には立派な氷温庫があり、室内は冷暖房が完備されている。台所には広い水場も大きな焜炉もあるため、住人は皆、ここで調理して食事をしている。
氷温庫には住人が各自買った食材や飲み物が入れられている。
ツネもヒコも、各々に食材を入れていた。(部屋番号の書かれたカゴがあり、そこに食材を入れる。飲み物には紐のついた札をつけるのが決まりだ。付いていないものは、「ご自由に」という意味。)
たまに住人同士で安い食材を折半することもあり、このお茶は、箱で購入したものを割り勘にして住人で分け合っているものだった。
作ったおかずを分け合うこともあり、ツネはここに越してきて、ほんとうによかったと、食堂の外、陽のさす地面を眺めながら思った。
(つづく)