第17話:巨大台風の弱体化作戦6

文字数 1,756文字

 ウイログビ「私達の社会やインフラをもっと耐久性の高いものにするために、緻密な努力が必要。頑丈な家を建てるとか開発に適さない海岸線はそのまま自然公園にしておくべき。高潮が押し寄せるのは元々そういう地形のところだからだ」。

 カトリーナの傷跡を見ても陸軍工兵隊はニューオリンズを次のカトリーナクラスの台風から守れない。完全な復興と対策には数10億ドルの費用と4年の歳月がかかると言われている。

 ウイリアム・グレイはアメリカの台風対策の長老で彼は気象予報のパイオニアでもある。彼は台風を止めるためにあらゆる理論を検討し、確実な方法を1つ選んだ。

 グレイ
炭素の微粉末がベストだと思う。これなら実現可能。台風が海岸線まで2日ぐらいの距離まで近づいたことを確認したら、船団を送って台風を取り巻く。船は軍用船でも商船でもかまわない。

 船には石油の燃焼装置を積む。この装置は酸欠状態でも燃やし続けられるので不完全燃焼になり大量のススがでる。このスス、つまり炭素の微粒子で台風を取り巻く」。こうしてできた炭素のモヤが台風の外側の雲を熱して膨らませ、渦をほどいてしまう。

グレイ
ちょうどアイススケートでスピンが上手な人は腕を一旦開いて次に閉じることで回転の速度をどんどんあげる。だからこの炭素微粒子の煙作戦では台風に雲を開かせて渦になって閉じようとするのを抑える。回転を遅くさせるのだ。

 クリストファー・ランシー「作業ディレクター」
この炭素のアイディアは詳細に検討する価値があると思う。台風の外周部分の雲に熱源を分散するということで、物理的にかなり有効。もし雷雲を雲散霧消させられれば、台風のエネルギーバランスを崩せるだろう。

  オクラホマ州タルサに住むスタントン家は有名な科学一家で、両親は学者、子供達も将来を嘱望されている。一家はカトリーナの避難民を町で見かけたときに科学で台風を止められないか考え始めた。おとなしそうな少年ジョンソン・スタントンは数多くの賞を総なめにした科学プロジェクトのまとめ役。

 スタントン
 僕の仮設はこういう気象環境の中に液体窒素のような極低温の物質を投入すれば、台風に対する熱の吸収を遮断できるから台風を弱体化させる効果があるということ。液体窒素、つまり液層の状態の窒素はほぼマイナス200℃なのでとても冷たい。

 さらに液層から気層、つまりガスになって蒸発する時の膨張比は1対700と大きいので輸送も楽。さらに安価かつ大量に入手できる。メキシコには世界最大の窒素工場があり、メキシコ湾油田の副産物として窒素を採取している。

 この案では台風の進路を塞ぐように「窒素を積んだ無人のはしけ」を100隻並べる。台風が近づくと人工衛星から信号を送ってパルブを開き台風の根元をめがけて極低温の窒素ガスを放出する。

 スタントン
 窒素なら環境汚染も心配ないしとても経済的でシンプルな方法なので現実的だと思う。それに必要なものはもう全部ある。

 ウイログビ
問題もある。その1つは、とても大掛かりで、もし効果があるとしても大量のはしけが必要。したがって出港準備が大変。それに高波と強風が吹く中を大量のはしけを引いて外洋までタグボートを進めるのはとても難しいと思う。

 ジョンソン達兄弟は政府主催の台風専門家会議に招かれた。そこでは大気研究センターの専門家が窒素を使ったアイディアをコンピューターでシミュレーションしている。これが職員の全員が興味を示した唯一のアイディアだった。

 太陽に近づきすぎて落ちたイカロスの様に、南極に執着しすぎて遭難したスコット、タイタニックの船長、歴史には英雄になろうとして自然の猛威に負けた人たちの名前が大勢残されている。台風を止めようとするのも同じことなのかもしれない。

 ジョー・ゴードンはストームフューリー計画の気象学者として台風に何度も飛び込んだ。そして今でも米国海洋大気庁の上級幹部の地位にいる。1960年代に彼は名度も台風に種をまいた。

 ゴードン、ストームフューリー計画はアメリカ政府の計画だった。計画の骨子はアイウォール「目の壁」の、すぐ外側を取り巻くもっとも降雨量の多い雲の帯、あるいは非常に活発なドーナツ型をした雷雲に種を巻きアイウォール「目の壁」そのものを拡大させようというものだ。
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