02 私の家
文字数 2,455文字
「ただいまー」
私の家は4区のアパート『バーバラ』の五階なの。エレベータなんて気の利いたもは無いわよ? 夏なんか暑くて大変だし、お酒飲んで帰ってきたときなんかは途中で階段登るの諦めて寝ちゃったりする。中流階級の上の下って感じが4区なんだけど、それでもやっぱりアパートの最上階に住みたかったの。このあたりのアパートの中じゃまあまあ見晴らしもいいし♪
「お帰りなさいませユリー様。仕事は見つかりましたかな?」
彼はじい。爺さんだからじいって呼んでる。じいは私が生まれるまでユリー家の執事だったから、ほら今でもそれっぽいでしょ? 黒いタキシードみたいな格好にキラキラした枠の老眼鏡かけたりして、白髪頭はいつもビシっと整髪料で整えてる。じいは私が小さいときからこのアパートでずーっと一緒に過ごしてきたんだよ? 料理はもちろん上手だし掃除洗濯なんでも完璧。さすがに最近は下着ぐらい自分で洗濯してるんだけど……面倒なときはやっぱりじいに任せちゃう。大切な服なんかは私のやりかたがダメだからって全部じいが洗濯してアイロンかけてる。吸血鬼の服って魔法で傷みにくいようになってるから洗濯もすっごく面倒なの。私の魔法は火の属性だから魔法着の生地なんかは厚くてすぐゴワゴワになっちゃう。シャツなんかも柔軟剤の匂いが残るとご飯がおいしく食べられないからあまり使いたくない。ちょっとぐらい服がヨレてても私は気にしない派なんだけど、じいはきちんとしないとダメだってうるさいのよね。
「レベル1の仕事だけど、きっちり取ってきたよ♪」
「それはお疲れでございました。早速これから出かけられますかな?」
「うん。ニーナさんのお店でパンを買ってきたからまずは食べましょ? じいの好きなレーズンパンおまけしてもらっちゃった」
「それは嬉しいですユリー様。お茶の支度をして待っていた甲斐がありました」
吸血鬼の食事は人間と変わらないの。血は……なんていうか食べてないとダメなビタミンみたいな感じ? 組合から貰う血のキューブもどっちかって言えばサプリみたいな感覚だし。味が全然ついてないブロックジャーキーみたいな感じで美味しくもない。それでもキューブを毎日一個食べていないと喉が渇くの。水が欲しいよーって感じですっごく苦しくなるの。お約束だけどそんな時に人間を見たら吸血衝動が出て大変なことになっちゃうし、一ヶ月くらいキューブを食べないとミイラみたいに干からびて死んじゃう。じいは800歳だから私よりキューブを食べなくていいみたい。三日に一回ぐらい食べればいいんだって。
「今回のお仕事はどういった求血の救済ですかな?」
じいが淹れるお茶はどうしてこんなにいい香りなんだろう? 私が淹れてもテーブルに置いただけでこんなにいい匂いはしない。一緒に淹れてみたり教えてもらったりはするけど何が違うんだろう……
「それは愛情でございますユリー様。一緒に食事を楽しみたいと願う、じいの愛情がそうさせているのです」
私が食卓で不思議な顔を見せるとじいはいつもそう言って答えてくれる。またまたいつもそうやってご機嫌取るんだから——って思うんだけど、じいのそんな笑顔を見れば私はいつも安心するの。ちょっとくすぐったい気持ちもあるんだけど、そういう家族のお約束っていうかテンプレみたいなのって、慣れちゃってるようでも無いと困る。
「求血の救済対象は交通事故の人だよ。あ、じい、私にもマヨちょうだい?」
「はい、こちらを。それでは事故の状況確認という因果の確認になりますか……」
「そうみたい。あんまり面倒なことは無いって運営が言ってたわよ? 前回みたいになんで病気で死にそうになったのかーとか調べなくてよさそう」
「なれど飛び込みで仕事をするのは大変ですぞユリー様。ここはじいがひとつ……」
始まった。じいのここで一つ申し上げるターン。じいは私が新しい仕事を取ってくると必ず肩掛けの分厚い本を開いて必ずそう言うの。お約束っていうのは無いと困るけど、これはもういいかなーって感じ……
「——大吸血鬼の百条前文。不可逆の死を救済するに一つの命を対価とする
死を生となす魔法をもって人を救済し、吸血は一人の対価をもって求血となす
何人も吸血を認めず。吸血は死を制裁として我らに永劫の枷を与える
人間を知らずなかれ。救済の魔法は因果の信なくして力なし」
「あーもうっ。前文必ず読み上げるのやめてよじい? それは耳タコなんだから要点だけにしてっ」
じいの本には大吸血鬼が私たちにかけた魔法の掟みたいなのが書かれているの。全部で百条あってすっごく面倒くさいんだけど、じいは本なんか見なくても全部暗記しているんだからいちいち読み上げなくていいはず。それでもじいは時間があればこの本をいつも読んでいて付箋もびーっしり。
一人助けて一人死んじゃうってルールはその通りなんだけどね? その死んじゃいそうな人を助けるときに使う魔法っていうのが大吸血鬼の意地悪のセンターなの。この魔法を発動させるには助けようとする人がなんでそうなったか全部知らないとダメ。これを私たちは因果って呼んでいるんだけど本当にもう面倒で面倒で嫌になっちゃう。前回のお仕事なんてどうして病気になっちゃったか探るのすっごく大変で……
「——ということが参考になるかと思われますユリー様」
「え? 大丈夫よ? ちゃんと話聞いてたし」
「特にここの三十条にあります第三者が死を誘発した場合の因果なのですが……」
ちゃんと聞いてるのかって? いつもこんな感じなんだから大丈夫。今回の対象は事故が原因なんだし、加害者に面倒な因果が無ければさっくり魔法を発動させて終わり♪ 四日どころか今夜で終了♪ 組合から報酬をもらったら週末はいっぱい夜遊びして夜までぐっする眠るの。
「ごちそうさま。それじゃ早速行ってくるね」
「左様でございますか。そろそろ秋めいてきましたのでお洋服の入れ替えを済ませておきました」
「うーん。私には魔法着の季節感がいまいち分からないんだけど……」
私の家は4区のアパート『バーバラ』の五階なの。エレベータなんて気の利いたもは無いわよ? 夏なんか暑くて大変だし、お酒飲んで帰ってきたときなんかは途中で階段登るの諦めて寝ちゃったりする。中流階級の上の下って感じが4区なんだけど、それでもやっぱりアパートの最上階に住みたかったの。このあたりのアパートの中じゃまあまあ見晴らしもいいし♪
「お帰りなさいませユリー様。仕事は見つかりましたかな?」
彼はじい。爺さんだからじいって呼んでる。じいは私が生まれるまでユリー家の執事だったから、ほら今でもそれっぽいでしょ? 黒いタキシードみたいな格好にキラキラした枠の老眼鏡かけたりして、白髪頭はいつもビシっと整髪料で整えてる。じいは私が小さいときからこのアパートでずーっと一緒に過ごしてきたんだよ? 料理はもちろん上手だし掃除洗濯なんでも完璧。さすがに最近は下着ぐらい自分で洗濯してるんだけど……面倒なときはやっぱりじいに任せちゃう。大切な服なんかは私のやりかたがダメだからって全部じいが洗濯してアイロンかけてる。吸血鬼の服って魔法で傷みにくいようになってるから洗濯もすっごく面倒なの。私の魔法は火の属性だから魔法着の生地なんかは厚くてすぐゴワゴワになっちゃう。シャツなんかも柔軟剤の匂いが残るとご飯がおいしく食べられないからあまり使いたくない。ちょっとぐらい服がヨレてても私は気にしない派なんだけど、じいはきちんとしないとダメだってうるさいのよね。
「レベル1の仕事だけど、きっちり取ってきたよ♪」
「それはお疲れでございました。早速これから出かけられますかな?」
「うん。ニーナさんのお店でパンを買ってきたからまずは食べましょ? じいの好きなレーズンパンおまけしてもらっちゃった」
「それは嬉しいですユリー様。お茶の支度をして待っていた甲斐がありました」
吸血鬼の食事は人間と変わらないの。血は……なんていうか食べてないとダメなビタミンみたいな感じ? 組合から貰う血のキューブもどっちかって言えばサプリみたいな感覚だし。味が全然ついてないブロックジャーキーみたいな感じで美味しくもない。それでもキューブを毎日一個食べていないと喉が渇くの。水が欲しいよーって感じですっごく苦しくなるの。お約束だけどそんな時に人間を見たら吸血衝動が出て大変なことになっちゃうし、一ヶ月くらいキューブを食べないとミイラみたいに干からびて死んじゃう。じいは800歳だから私よりキューブを食べなくていいみたい。三日に一回ぐらい食べればいいんだって。
「今回のお仕事はどういった求血の救済ですかな?」
じいが淹れるお茶はどうしてこんなにいい香りなんだろう? 私が淹れてもテーブルに置いただけでこんなにいい匂いはしない。一緒に淹れてみたり教えてもらったりはするけど何が違うんだろう……
「それは愛情でございますユリー様。一緒に食事を楽しみたいと願う、じいの愛情がそうさせているのです」
私が食卓で不思議な顔を見せるとじいはいつもそう言って答えてくれる。またまたいつもそうやってご機嫌取るんだから——って思うんだけど、じいのそんな笑顔を見れば私はいつも安心するの。ちょっとくすぐったい気持ちもあるんだけど、そういう家族のお約束っていうかテンプレみたいなのって、慣れちゃってるようでも無いと困る。
「求血の救済対象は交通事故の人だよ。あ、じい、私にもマヨちょうだい?」
「はい、こちらを。それでは事故の状況確認という因果の確認になりますか……」
「そうみたい。あんまり面倒なことは無いって運営が言ってたわよ? 前回みたいになんで病気で死にそうになったのかーとか調べなくてよさそう」
「なれど飛び込みで仕事をするのは大変ですぞユリー様。ここはじいがひとつ……」
始まった。じいのここで一つ申し上げるターン。じいは私が新しい仕事を取ってくると必ず肩掛けの分厚い本を開いて必ずそう言うの。お約束っていうのは無いと困るけど、これはもういいかなーって感じ……
「——大吸血鬼の百条前文。不可逆の死を救済するに一つの命を対価とする
死を生となす魔法をもって人を救済し、吸血は一人の対価をもって求血となす
何人も吸血を認めず。吸血は死を制裁として我らに永劫の枷を与える
人間を知らずなかれ。救済の魔法は因果の信なくして力なし」
「あーもうっ。前文必ず読み上げるのやめてよじい? それは耳タコなんだから要点だけにしてっ」
じいの本には大吸血鬼が私たちにかけた魔法の掟みたいなのが書かれているの。全部で百条あってすっごく面倒くさいんだけど、じいは本なんか見なくても全部暗記しているんだからいちいち読み上げなくていいはず。それでもじいは時間があればこの本をいつも読んでいて付箋もびーっしり。
一人助けて一人死んじゃうってルールはその通りなんだけどね? その死んじゃいそうな人を助けるときに使う魔法っていうのが大吸血鬼の意地悪のセンターなの。この魔法を発動させるには助けようとする人がなんでそうなったか全部知らないとダメ。これを私たちは因果って呼んでいるんだけど本当にもう面倒で面倒で嫌になっちゃう。前回のお仕事なんてどうして病気になっちゃったか探るのすっごく大変で……
「——ということが参考になるかと思われますユリー様」
「え? 大丈夫よ? ちゃんと話聞いてたし」
「特にここの三十条にあります第三者が死を誘発した場合の因果なのですが……」
ちゃんと聞いてるのかって? いつもこんな感じなんだから大丈夫。今回の対象は事故が原因なんだし、加害者に面倒な因果が無ければさっくり魔法を発動させて終わり♪ 四日どころか今夜で終了♪ 組合から報酬をもらったら週末はいっぱい夜遊びして夜までぐっする眠るの。
「ごちそうさま。それじゃ早速行ってくるね」
「左様でございますか。そろそろ秋めいてきましたのでお洋服の入れ替えを済ませておきました」
「うーん。私には魔法着の季節感がいまいち分からないんだけど……」