第8話「上下関係とか身内贔屓とか、そういうのよく分かんないんですよ」

文字数 5,965文字


 
■■マルティン領、練兵場にて■■

 
 
 王都南部、マルティン公領は広大なテオス海を臨む港町である。

 ここの潮風を浴びるのはもう何度目になるだろう。
 
 初めてここに来たのはフテルシア島の【下り人の頂き】へ向かう前のことだった。
 
 当時はまだ余裕がなく、この都市の喧騒を随分と煩わしく感じたものだ。

 とはいえ、今現在、進行形で自分の注意力のなさを痛感してしまうのは、この練兵場――これだけ大きな施設の存在に、何度目かの訪問を経てようやく気付いたからである。
 
 僕をここに招いてくれたVIPは背後で欠伸なんかしながら、しきりに体を伸ばしていた。

 
「ヒース王子……兵が見てるかもしれないんですから、そんなふうに気の抜けた振る舞いをするのはよろしくないんじゃ……」

「ハハッ、まあ目を瞑ってくれ。ここのところ王城に籠りっきりだったもんで、外の空気を吸うのが久しぶりなんだ」

 
 云いながら、彼はバシバシと僕の左肩を叩く。
 
 この快活な男性は、ヒース・プロトス第三王子。
 
 ここプロトス王国の王様、ユーバ・プロトス王の末子で、正真正銘のロイヤルというやつである。
 
 
「それに、兵の目というなら、君のオレに対する砕けた態度のほうがよっぽど問題だろう。ターナカ?」
 
「まあ、それはそうなんですけどね」

 
 新米騎士たちの精力的なかけ声が響く中、少しそわそわして僕は頭を掻いた。
 
 彼らは今日、王族が来賓するということもあり、柵の向こうのグラウンドでちょっとした御前試合に臨んでいる。
 
 間違いなく、彼らのキャリアにとって、この日は非常に重要なイベントになるのだろう。
 
 そんな熱気に当てられてか、僕はどこか居心地の悪さのようなものを感じていた。
 
 そして、この胸を押さえつけるような閉塞感には、もう一つ別の理由もある。
 
 
「こんな性格ですから、あんまり先輩だったり偉い人だったりと親しくなったことがないもので。許してください」
 
「ああ、許すとも。だから、君も私を許したということでよいな?」
 
「いや、それはもちろんいいですけど……」

 
 僕はちらりと()()()()に目をやった。
 
 現在、ヒース王子は真後ろにある少し高台になった貴賓席に座っていて、僕はその右前に立つようにしている。
 
 貴賓席にはヒース王子の他にもう一人座っていた。
 

「……気になるなら話してみたらどうだ?」
 

 僕の不安げな態度に気付いてか、ヒース王子が耳打ちしてくる。
 

「……ヒース王子、他にも同行される方がいるなら先に云っておいてくださいよ」
 
「すまんすまん、君の戸惑うところが見たくてな」

「なんだそりゃあ……」

 
 彼は実に愉快そうに笑う。
 
 そうすると、彼の隣に座る人物がギロリと鋭い目線をこちらに向けてきた。
 
 
「――ヒース、勇者殿の云う通りだ。緊張感を持ちたまえ」
 

 落ち着いたトーンではあるものの、その声はやけに重く響いた。
 
 このお方はグレン・プロトス第一王子。
 
 次期国王候補の筆頭として、名を轟かせる超大物である。
 
 試合が始まってからというもの、やたらに豪奢でいかにも座り心地が悪そうな椅子の上で、みじろぎ一つせずに新兵たちの姿を見つめていたその姿は、彼が非常に忠実で、職務に厳格な人物であることを窺わせた。
 
 彼は、一言だけ述べて、試合の方へ視線を戻す。

 その横で今度は背筋を伸ばすことになってしまったヒース王子を見て、『だから云ったのに……』とか内心で思いながら、僕自身も背筋にそら寒い感覚を覚えていた。
 
 
「…………」
 
 
 以前、僕はユーバ王の御前に無理やり引っ張り出されたことがあったけど、これはあの時の感覚にかなり近い。
 
 淡々としているようでいて――あえて僕が独りでになんらかのアクションを取るのを待っているような……。
 
 値踏みされること自体は、僕のような変人にとって、人生でずっと慣れ親しんできた経験ではあったけど、どうにもこういった冗談の通じなそうな手合いは昔から苦手だった。
 
 僕はこれまで、そういう人間にほど毛嫌いされてきた傾向がある。まあ、きっと誰より打算的だった()()は、そこにいた思い通りにならない存在が気に食わなかっただけだったのだろう。
 
 僕自身ですら僕を思い通りにできないというのに、随分とおこがましい話である。
 
 グレン王子の側には背が高く精悍な顔立ちの騎士が一人、顔をむっつりとさせて控えており、僕が一言でも妙なことを宣えば、今にも切りかかってきそうな気迫があった。
 
 更に王子たちの席の後ろには彼らを守護する騎士たちが、こちらに背中を見せるようにして周囲を見張っており、この空間に物々しい雰囲気を醸し出すのに一役買っている。
 
 僕はいつもながらに止め処なく溢れてくる思考にしばらく心を奪われたあと、決心して、なにもボロは出すまいと練兵場に目を向けた。

 明確な意図があるでもなく、新進気鋭の戦士たちが木の剣やら槍やらで打ち合っている様子を眺めながら、また別の考えに耽っていると、やがて、グレン王子の方から僕に声をかけてきた。

 
「勇者ターナカ、貴殿は今日の訓練を見てどう思うかね?」

 
 随分ストレートに()()に来たな、と僕は思った。

 視線をやるとグレン王子は試合場に目を向けたままの姿勢でいた。
 
 
「『どう思う』と云いますと……」

「分かっているかもしれないが、この試合はいずれ騎士となる者たちの適性を推し量る場でもある。能力の高いものは王のお側で仕えることのできる兵団へ配属され、低いものは場合によっては騎士となる道自体を閉ざすことにもなる」

 
 グレン王子は僕に視線を向けないまま続ける。

 
「君が優秀と思うものはどれか」

「……それはまた――」

 
 随分と、難しい質問である。

 僕は顔に手をやって逡巡する。この所作は真剣に考え事をするときの、僕の癖のようなものだ。

 
「騎士の育成方針というものが分かりませんから、なんとも云い難いところではありますが……きっと僕の考えなんて月並みなものですよ。フェレライ公の三男――アインさんでしたっけ。誰がどう見ても彼が頭一つ抜けてます」
 
「憚らずに述べたまえ」
 

 見透かしたようなことを、その王子様は云った。

 
「たしかにアイン・フェレライは将来をもっとも有望視される人間の一人だ。――だが、そう口にする割に、()()()()()()()()()()()。君の従者はフェレライ公のご息女だったか……少しは身内の親族に興味を向けたらどうかと思うがね」

「…………」

 
 少し、迷う。
 
 これは、あえて口にするようなことでもないかもしれない。

 
「……僕は――」
 
 
 だけど、僕は結局、衝動に任せてはっきり云ってやることにした。
 

「――僕は……上下関係とか身内贔屓とか、そういうのよく分かんないんですよ。誰にも肩入れできないように精神(こころ)が作られてるんです」
 
「ならば、代わりになにを見ていた」
 
「……彼です。あの休憩所の前にずっと立っている」
 

 グレン王子が合図すると、側近の騎士が何やら彼に耳打ちをした。
 

「……あれは誰の御曹司でもない。この近郊に住む牧畜家の一人息子だそうだ。彼がどうしたというのか」
 
「――気になったのは、彼と視線を合わせている人間がやたらと多く見受けられたからです。最初は、こういった御前試合という場で飄々と構えているような()()()()に、奇異の視線を向けているのかと思っていたけど、よく眺めているうちにそうではないと気付いた。一度、不安そうな面持ちのやつが、彼に声をかけていたことがあったんです。その後、ほどなくしてその人は妙に足取りが軽くなっていたように見えた」

 
 僕は上手く言葉をまとめられないまま続ける。
 
 
「単純な戦力だけで云えば、騎士団はとっくに充足し切っている。だから、その中にあえて必要な人材を挙げるなら彼のような人物だろうな、と僕は考えていました」

「……ふむ、随分と過程を欠いた思考だな。彼こそが騎士団に必要だというその心はなんとする」

「ああ、すみません、ええと――」
 

 そこでようやく僕はグレン王子が僕の方に向き直っていることに気付いた。
 
 目を合わせていると思考が乱れそうで、僕はそっと顔を背ける。
 
 
「昔、フェレライ大公が『騎士団は万年、人手不足だ』ってぼやいてたのを聞いたことがあるんです。だけど、実際にいろいろと騎士団のことについて聞く中で、僕は()()()()()と思いました。組織というのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まず、仕事というのは、それをやるのに最適な人数というのがあって、人手が多すぎるとそれだけ一人当たりの能率が落ちていきます。その理由として、一つは精神的な余裕が生まれて、納期に対する危機感が失われてしまうから。もう一つは意思決定が人の多さに比例して難しくなるからです。それは『誰かが代わりにやるだろう、発言するだろう』という、()()()()()()()()()()()()()に依ることもあれば、誰しもが思い思いの発言をして落としどころが見つからなくなってしまう、なんて真逆のことが起こっている場合もあります。僕が昔いた世界――国には『船頭多くして船山に登る』なんてことわざがありました。僕も昔、大きな組織に所属していたことがあったんですが、人の多い場所に『行動力だけはある馬鹿』がたくさんいた場合は、ただでさえ仕事効率の上がりにくいところに『方針が定まらないばっかりに全部のことをやろうとして不要な仕事が増えていく』なんていう――目も当てられない状況が発生する可能性が大いにあります」

 
 僕は一つ息継ぎをした。
 
 
「そんな話がある一方で、誰かが組織に所属しているというのはそれだけで手間がかかる――管理コストというやつですが、成果の最大化にばかり気を取られて、一人当たりの仕事量がこのコストを下回った時、大きな組織は末端から徐々に腐って崩れ落ちていきます。だから――……ええっと、なんだっけ――そうそう、いたずらに人数を増やすより、組織には『マッサージ師』が必要なわけです。冷え切った体の先に血を通わせて、ちゃんと活かしてやれるような人間が」
 
「つまり君は、彼がそうだと?」
 
「そのように見える、という話です。要点は二つ。それは彼が――先ほど元気付けられていた青年然り――『他人をけしかけて動かす術に長けている』というところ。それから、こんな御前試合という公式な場でもあっけらかんとしているくらいに『野心がなく、かつ怠惰である』というところ。ああいう人間は『勝手に人が動き出す』仕組みを作りだせる上に、お(かみ)の評判ばかりを気にするような、()()()()()()()()()()()()()()もやらない。畜産農家の息子がわざわざここに来ているというのであれば、それもよい条件に傾く可能性はあります。口減らしにしても、出稼ぎにしても、帰る場所がないのであれば、彼は『定職に就く』という()()()()()()のために、その能力を遺憾なく発揮するでしょう」
 
「……なるほどな」

 
 グレン王子は一言そう告げて、思案するように足を組んだ。
 
 僕は今になってようやく彼と目を合わせる。
 
 
「――話すように促しはしたが、随分とよく回る舌だ」
 
「……すみません、一度話し出すと止まらない気質でして」

「だが、分からないな、それだけの考えを持って、何故(なにゆえ)、君は最初、披露することを渋った。ヒースからはむしろ、思い付いたことが全て口を衝いて出てくる人柄だと聞いていたが」

「それは……自分が間違っている可能性に思い至ったんですよ。この国――いや、()()は『やっぱり本当に人手不足だったんじゃないか』と」

「どういう意味かね。私は君の考えを正しいと認める。我々が君の述べたような人材を求めていることは事実だが」
 
「それでもやっぱり数と戦力の方が重要でしょう。あの畜産家の彼のように『迂遠な能力を発揮するごく少数の個人』ではなく、アインさんのような『高い実務能力を備えた多くの人間』が欲しいはずだ」
 
「つまり、こういうことか。【魔王】を相手取るのに、我々は数をもって対抗しようとしていると?」
 
「そうではありません。そこに関しては人員なんかいらないでしょう。だって――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、きっとこの先は外様の僕には分からない、この国の歴史とか政治の話だと考えています」

 
 僕はきっぱりと云い切った。
 
 グレン王子の相貌から一瞬だけ表情が消えたのを目撃するまで、僕は自分がなにを云ってしまったか気付かなかった。


「あ……」
 
 
 横でヒース王子が表情をにやけさせているのが見えた。

 ああ、そうか。

 どういう目論見か知らないけど、この人、最初からこうなるのを期待して、グレン王子と僕を同席させたな。

 
「…………」
 
「……えっ、と――」
 

 グレン王子はしばらく押し黙っていた。
 
 やられた、と思った。
 
 このままこの人の側近に斬り捨てられても、きっと僕はなにも文句を云えないだろう。

 その沈黙に並々ならぬ警戒心を抱いて、僕は背中の剣に手を伸ばす。

 しかし、その場の静寂を破るように響いたのは、剣戟の音でも肉を断ち切る音でもなかった。

 それはグレン王子の笑い声だった。
 
 
「……ククッ……ふふ……ふふふっ、あっはははは!」
 
 
 夢に出てきそうなくらい、それはもう悪そうな笑みだった。

 周囲を警備していた騎士たちは、突然何事かと怪訝そうな顔を浮かべ、こちらに注目している。
 
 それから、グレン王子はヒース王子の肩に手を置いて、愉快そうに語りかけた。
 
 
「おいヒース、コイツ、はっきりと云いやがったぞ。()()()()()()()()()()()()()()、だ。これはいかにも傑作だ。たしかにこの【勇者】では暗愚ではないが、大馬鹿者であることには違いないようだぞ」

「……ああ、オレもちょっと引いた。全然遠慮なかったなターナカよ。まあ、とりあえずこのあとの展開はお前の思うようなことにはならないから、剣の柄から手を離すといい」

「……は、はぅ……」
 

 すごい情けない吐息が漏れた。
 
 同時に、なにやら思ったほど大変なことにはならなかったらしいということに、胸を撫でおろす。
 
 グレン王子はそのまましばらくクツクツと額を押さえて笑っていた。
 
 やがて、視線を上げると人を睨み殺すような眼光が僕を射抜く。

 不思議なことにその剣呑とした雰囲気をまとう瞳には、危険や恐れを一切感じなかった。
 
 
「なるほど、『友達』か。大昔の王は自分の側に滑稽者を仕えさせていたというが、少し気持ちが分かった。こんなに笑えるのは久しぶりだ」

 
 それから程なくして、僕と二人の王子は試合の観覧に戻った。
 
 以降の時間は少しだけ、それまで僕の胸を締め付けていた不安も和らいでいた。
 
 

▲▲~了~▲▲
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登場人物紹介

ユウ・ターナカ/田中 勇愛


【操奇】の勇者。その奇抜な発想と後先を省みない行動力、そして意外性によって、日々イディアニウムの人間たちに奇異の視線を投げかけられながら生活している。【魔王】の打倒という【勇者】の使命にさえ興味がなく、その場その場のノリに身をやつすその姿勢は、周囲から『目前主義』と評されている。


前世では自身の『症状』に対する苦悩の末、命を落とすことになったが、今生ではその誠実さ・実直さにより、人間関係に恵まれた。そして現在はとある『目的』のため、仲間たちとともに行動している。


イディアニウムに存在する十人の勇者の中で、「最も対集団戦・耐久戦に特化した勇者」と云われており、受けた攻撃の数だけ自身を強化する固有スキル【ラウンドアバウト】や、その副産物である特異属性『星属性』の魔法を駆使して戦う。


自分をこの世界に召喚した女神イディアとは、現在恋仲である。

イディア・イデイン・プロトス


勇者ターナカをイディアニウムに召喚した【女神】。数百年前に【現代魔法】や【ステータス】という概念を開発した張本人であり、現在は【女神の意志】の『端末』として転生した身体で第二の人生を謳歌している。


『【勇者】の選定』という自身の『端末』としての使命を果たし終えたことから、他の勇者に対する公平性をとっくに放棄しており、ターナカに対してのみ助言を行ったり、それどころかパーティを組んでみたりするなど、何かにつけて彼に肩入れしている。

足繫くターナカの拠点に通い続けていたイディアは、やがて彼の大らかな人柄を慕うようになり、いつの間にやら二人は恋人関係を結んでいた。


生前(前世)の彼女は【古代魔法】の使い手たちであるイデイン族をたった一人で制圧するほどの実力者であったが、転生後は自身本来のイデイン族としての肉体を失ったことから、その出力も当時に比べて大きく劣ったものとなっている。使命達成後に【女神】としての権能もほぼ失っており、残っているのは限定的な【空間移動】などほんの一部である。


【魔王】や【魔族】と勘違いされないよう、普段はその特徴的な青い頭髪を隠して生活しており、混乱を防ぐために、できるだけ素性も偽るようにしている。(その際、『イド(ターナカが付けた愛称)』という名前を好んで使っている)

シア・フェレライ


勇者ターナカの従者。【悪食大公】ヘルド・フェレライの実娘であり、以前は一人の女騎士として活躍していたが、『ある出来事』によって【魔力詰まり】を発症したことをきっかけに前線を退いた。


その後、従者としてターナカに仕えるようになってからは、討伐など戦闘を伴う依頼の補助を行えない代わりに、事務処理や彼の身の回りの世話、うっかり気質のフォローをする役回りを背負っている。

当初こそ、その素行を訝しんでいたものの、不器用ながらもひたむきに生き、他人のために自身が傷付くことさえいとわないターナカの姿勢を見ているうち、やがて彼女は自分の主君の幸福をなによりも願うようになった。


【魔力詰まり】であることを度外視すれば、彼女は本来【千魔一剣】という剣術を扱うかなりの武闘派であり、その攻撃力に特化した必殺の一撃は耐久特化の【ステータス】を持つターナカを戦慄させるほどだった。その能力をターナカのために発揮できないことを彼女自身いつもむず痒く思っている。


元騎士らしく礼節を重んじる性格でありながらも、人当たりが非常に良く、笑いのツボが劇的に浅い。

ヒース・プロトス


イディアニウム国王ユーバ・プロトスの三男にして第三王子。【枝喰み川】での住民失踪事件について調査していた折、『水豹』に襲われたところを偶然通りがかった勇者ターナカによって救われる。


以降、命の恩人であるターナカのパトロンとして(半分面白いもの見たさで)、その活動を支援するようになるが、その援助の大半はことあるごとに問題を起こす彼の尻拭いである。それゆえにターナカにとってヒースは頭が上がらない存在であるが、同時に心の底ではよき理解者として兄貴分のように慕っている。


よくも悪くも捉えどころのない飄々とした性格で、いつの間にか王城を抜け出してはイディアニウムの各土地を転々と渡り歩いていることから、王都では『風来坊』と揶揄されている。

しかし、一方で、そのずば抜けた先見性や、王族という自身の立場を上手く利用(あるいは悪用)した立ち回りを知る身内からの評価は非常に高く、関わる機会の多いターナカも彼のことを『切れ者』であると認識している。


兄弟の中で唯一、長男のグレンとまともに口を利ける存在で、兄の裏での心労を推し量っては、さりげなく王城の外に連れ出して気晴らしに付き合っている。その甲斐もあってか第一王子として誰よりも固い意志を持つグレンが、彼の助言にだけはいつも素直に耳を貸しており、その辣腕を信頼して大きな仕事を手伝わせることも多い。

グレン・プロトス


イディアニウム国王ユーバ・プロトスの嫡男であり、次期国王候補の筆頭。


その冷酷な問題解決思考と王族代表としての厳格な態度から、敵味方問わず畏怖の対象とされている人物。

権力の象徴として嫌悪を向けられることもある一方で、彼のその冷徹さはイディアニウムを想うがゆえのものであり、常にその顔に鉄面皮を貼り付けているのも、その付け入られかねない内心――優しさを隠すためである。


自身の王族としての立場を誇りに思っており、たとえ自分がまさに救おうとする人々から誹りを受けることがあろうとも、その役目を全うし、信念を貫き通すだけの意志の強さを持っている。『誰からも理解されることが政治ではない』という独自の信条を持っており、その言葉の通りに日々行動しているが、それでもその『孤高』はただの一人の人間には至極耐え難いものであり、身内の人間の中で唯一気を許しているヒースに対してのみ、時折愚痴や弱音をこぼしている。


ヒースのツテで勇者ターナカと親交を結ぶようになるが、懇親会にしれっと参加していた【女神】の誘いに乗ってしまい、泥酔の末、普段は他人に見せることのない姿をターナカに晒してしまった。


以降、ターナカは彼のことを「中間管理職の苦労人」と評している。

ヘルド・フェレライ


元騎士団長であり、名誉公爵。その好事家ぶりからイディアニウム内で【悪食大公】という二つ名を付けられている。


かつて、娘であるシア・フェレライの【魔力詰まり】の治療法を探す旅の過程で、若返りの呪いにかかってしまい、現在見た目が少年の姿となっている。その結果として騎士団長の任を退くことになったものの、本人は「貴重な体験をした」とかえってこのことを喜んでおり、引退をきっかけに、かねてより目を付けていた【黒箱城】に移り住むなど『悪食』の名にし負う酔狂ぶりで日々を楽しんでいる。


趣味嗜好こそ他人の理解を得難いものではあるが、その分け隔てのない性格と人好きのする人柄は、一種のカリスマ性となり、人心掌握術と関係構築力において彼の右に出る者はいないとまで云われている。

彼の本領は他者に対するその観察眼と記憶力である。この能力は教育方面においても遺憾なく活用され、最終的に多方面からの厚い信頼を勝ち取った彼は、平民の出でありながら、騎士団長の任に就く快挙を達成することとなった。


家族関係について、妻は【黒箱城】に移り住むより前に病気で他界しており、子どもたちに対しても騎士としての心得と技術のみを教えてほとんど放任主義であった。しかし、関係が悪いということは一切なく、彼の行動の端々から愛情を受け取って育った子どもたちは、それぞれの道を修める中で父の名に恥じない人間となることを一つの行動原理として日々研鑽を積んでいる。

(ちなみにヘルドの姿が少年となってから、子どもたちは彼に対して、ちょっとしたマスコットのような扱いで接するようになったらしい)


シアが従者となったことをきっかけに勇者ターナカと知り合った。

ジュン・クルオス/黒瀬 純


【紅雲(あけぐも)】の異名を持つ勇者であり、前世でのターナカの従妹。


勇者ターナカがイディアニウムに召喚されたばかりのころ、そのことをどうやってか嗅ぎ付けた彼女がどこからともなく姿を現し、右も左も分からない彼にイディアニウムでの生き方を教示した。


クルオスはイディアニウムにおいて非常に悪名高い【勇者】であり、その悪評っぷりは国内諸地域にて『あらゆる謀略の渦中に彼女が存在する』と日々話題の種にされているほどである。なかでも有名なのは数年前に起こった【五大貴族】の暗殺事件で、王都では「勇者クルオスこそがその実行犯だったのではないか」とまことしやかに囁かれている。


戦闘においては魔力によって編んだ不可視のワイヤーを武器に戦う。市街地戦や屋内戦など、奇襲が高い効果を発揮する戦いにおいてその本領を発揮するが、大抵の場合、彼女が姿を現すときにはすでにその戦いは『終わって』いる。


前世からの縁があってか、勇者ターナカに並々ならぬ感情を抱いており、平時こそ彼のことを揶揄するような言動ばかりが目立つが、実際は心から彼のことを敬愛している(ターナカの生前は違うものだったはずの彼女の『一人称』にもそれが表れている)。ターナカのためであれば命を投げ出しても構わないほどの覚悟を持っているだけに、その純粋な気持ちが、時折歪んだ愛情として発露することがある。


ターナカにイディアという恋人がいることを、彼女はまだ知らない。

イドラ・イデイン・プロトス


千年以上も昔、イディアニウムが『プロトス国』だった時代に【悪王】として国民から恐れられた人物。イデイン族の父と旧プロトス王族の母の間に生まれた。


プロトス族から王権を奪ったイデイン族の祖母イディア(【女神】イディアとは別の人物)が、プロトス文化や既存の有権者に対して寛容な政治を行ったのと正反対に、イドラは独自の改革によって中央集権化を図った。貴族を主な対象とした新税制の導入や、イディアニウム騎士団の前身である【銀の兵団】の設立(軍事拡充)が主な功績である。


自身の目的のためであれば手段を選ばない性格であり、本来王権を継ぐはずであった父を始め、身内にすら容赦なく手をかけたとされている。そのため彼は国民・貴族・王家の全てから反感を買っており、最後には妹であるイディア(のちの【女神】イディア)が起こした反乱によって倒れた。


悪名ばかりが目立つ中、現イディアニウムでの歴史編纂事業においては一部、『悪王イドラによって実施された行政改革や王家主導の各種土木事業は、国内産業の活性化を促し、以降千年以上に亘るイディアニウムの平和の礎となった』と解釈する向きも出てきている。

しかし、それでもやはり『【魔王】の発生は非業の死を遂げたイドラの〝呪い〟によるものである』というイディアニウムの誰もが知る巷説が、今まさにその場所に生きる人間たちにとって、【悪王】の存在をいまだ受け入れがたいものとしている。


【魔王】として現在のイディアニウムに転生し、【黒箱城】を訪れていたターナカと邂逅を果たした。

その他の登場人物


・【勇者】


タクミ・ニーシャ/西谷 拓海

…【愚勇】の勇者。最強の勇者と名高い。現在はフテルシア島の【獣の大地】にて活動している。


ハーミット・サハラ/佐原 栄路

…【銀狼】の勇者。【愚勇】に唯一匹敵しうる存在と云われている。ゼーレン公管轄地である雪山地帯で時折目撃されている。


ミッチェル・エンド/遠藤 美千流

…【鬼骨】の勇者。マルティン公領管轄地にある『靴売り宿』の用心棒。ターナカと親交を結んでいる。


ソラ・ヨシダ/吉田 空

…【蒼穹】の勇者。王都以北全域を活動地域としており、イディアニウムの人々から『天才』と称されている。勇者クルオスに一目惚れした。


サクラ・エドガー/江戸川 咲良

…【華煙】の勇者。アルトゥール公管轄地【魔女の森】を拠点としている。【銀狼】と因縁がある。


ケイジ・ミーティア/三田 啓司

…【悪童】の勇者。王都以南【渇望の大地】に蔓延る荒くれ者たちを己の拳一つでまとめ上げた。【鬼骨】を姉貴分として慕っており、ターナカとも親交がある。


アツコ・シーヴァ/椎葉 篤子

…【連環】の勇者。普段は拠点である【蟲血ヶ浦】に引きこもっている。単独でダンジョン【歌い人の虚空】踏破を果たした。ターナカに扶養されることが夢。


クアッド/阿藤 九

…【峨々】の勇者。イディアニウム騎士団員としても活動している。【鬼骨】や【悪童】と折り合いが悪く、ターナカを敵対視している。



・イディアニウム人


ユーバ・プロトス

…イディアニウム現国王。過去に一度ターナカと対面したことがある。


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