第三景

文字数 1,081文字





 最初は、虹の残像の投影ではないかと思いました。

 けれども、残像が刻まれるほど強い光ではなかったし、ましてや長時間、見詰めていたわけでもありません。

 それは俄には信じ難いことでしたが、新雪の表層に花弁のようにひらりと乗っていたのは、虹の欠片と呼ぶべきような現象でした。

 もしかしたら、虹の橋が三本出現した冬の朝には、稀に起こる現象なのかも知れません。

 私は、新雪の表層に現れた美しい奇跡を、食い入るように見詰めていました。

 すると、虹の欠片の真ん中に、亀裂が走る瞬間を目撃したのです。

 どうやら新雪の真下から、何かが這い上って来ようとしているようでした。

 そのまま固唾を呑んで見守っていると、虹色の封印を破って姿を現したのは、白銀色に輝く小さな生き物でした。

 その生き物がゆっくりと面を上げ、冬の陽射しに目を瞬(しばたた)かせた時に初めて、それが雪の妖精であることが分かりました。

 雪の妖精は、何もかもが白銀色で形作られていました。

 全身を豊かに覆う艶のある長い髪の毛から始まり、肌色、睫毛、瞳の色合い、ぽっちりとした唇の色素に至るまで。

 それはそれは、透き通るように輝く生き物だったのです。

 唯一の例外は、ほっそりした背中から生えている、薄い羽根の色合いでした。

 そこだけが、妖艶な玉虫色に煌めいています。

 豊かな水の流れのように輝く白銀色の髪の毛には、雪の欠片が髪飾りとなって、あちこちに付着していました。

 けれども当人にとっては邪魔でしかないらしく、犬のように頭をぷるぷると振って、振り落としていました。

 雪の妖精は四つん這いになったまま、何かを待っているように見えました。

 それは背中の羽根が乾くのを待っているのかも知れないし、或いは、生まれて初めて飛び立つに際しての、記念すべき風の好期を窺っているのかも知れません。

 いずれにしろ、羽根のある生き物は、一つ所に長く留まってはいないものです。

 その時、一陣の北風が、思わせぶりに駆け抜けていきました。

 雪の妖精は、その恋人の出現を待ち侘びていたらしく、北風に手を取られるようにして、空中へすいっと舞い上がっていきました。

 そうして、一面薄氷の張った池の上を、小さな白銀色の光となって、明滅しながら、飛んでいったのです。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・・・ 第四景へと続く ・・・


☘️いつもご愛読頂きまして、ありがとうございます。1000記事以上の豊富な読み物がお楽しみ頂けるメインブログは、『庄内多季物語工房』で検索して頂けます。ぜひそちらでも、あなたのお気に入りの物語との出逢いを、楽しんでみて下さいね。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み