第四景
文字数 1,177文字
その雪の妖精の輝きが、完全に視界から消えた瞬間、私はまた、相反する想いを込めて、深い溜め息を吐きました。
これほどまでに祝福された朝が、かつてあったでしょうか。
ほんの数分前に雪の妖精が生まれた場所を改めて確認すると、そこには虹の一色も残ってはいませんでした。
虹は三次元と異次元とを結ぶ架け橋とも言われていますから、役割が終了すれば、どのみち消えゆく運命にあるのでしょう。
これでもう、三本の虹が出現した現象や、雪の妖精が生まれた場所の痕跡は、跡形もなくなりました。
それでもその場から立ち去り難くて、徒(いたずら)に雪を掬ってみたりしました。
もしかしたら、雪の妖精が生まれた場所の魔力が、何らかの形で残されているかも知れないと思ったのです。
けれども、カシミヤの手袋をはめた手で弄んだ雪の塊の中には、新雪特有のさらさらした感触しかありませんでした。
私は空しい気持ちと共に、掬い取った雪を、ばらばらと零しました。
すると、その雪の欠片の中に、白銀色ではない色味が一色、確かに混じっていたのです。
はっとした私は、そこら中に散らかした雪の欠片を、もう一度掌で浚(さら)い、ふるいに掛けるようにして、探しました。
そうやって見出したのは、美しい楕円状に固まった、大粒の虫入りの琥珀でした。
その透き通った蜂蜜色を眺めているだけで、悠久の時の流れに浸ると共に、懐かしい想いが込み上げてきます。
照り輝く表面の水滴を拭い、しげしげと観察しているうちに、奇妙なことに気が付きました。
虫が封じ込められている筈の部分が、その形だけを残して、そっくりそのまま空洞になっていたのです。
一体、虫は何処に行ってしまったのでしょうか。
虫の行方にぼんやりと想いを馳せていた時、私はあることに思い至りました。
そして、思わず身が震えたのです。
それは何かと言うと、琥珀の中に宿っていた虫が、祝福された冬の朝の魔法に掛かり、数億年の時間の呪縛から解き放たれ、雪の妖精として孵化したのではないかという推測でした。
そうでもなければ、こんな所に脱け殻のようにして、琥珀が一粒転がっていることの説明が付きません。
私は畏敬の念と共に、滑らかな琥珀の粒を、バッグから取り出したハンカチで丁寧に包み込むと、再び図書館へと向かって歩き出しました。
もしかしたら、この琥珀の粒の中には、古代レムリア文明の記憶も一緒に、眠っているのかも知れません。
そんな謎めいた想いがふと過った、白と黒の対比が際立って美しい、真冬の朝です。
・・・・・・・・・・・・・ 完
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