霊能力者登場
文字数 1,951文字
「あたし、このまま生きていくことはできないよ……どうしたらいいの?」
確かにお姉ちゃんはそう言った。
こんなお姉ちゃんを残して、成仏なんてできないよって、その時あたしは思ったんだ。
もしかしたらお姉ちゃんが心配だから、成仏とやらができないのかもしれないって、考えたんだ。
だからあたしは、お姉ちゃんにひっついて、お姉ちゃんが元気になるように、応援しようって、考えたんだ。
◇
ガラガラガラ……。
お姉ちゃんが戸を開けると、クラス中の視線がこちらに集まった。いつもより遅めに家を出たお姉ちゃんは、ちょっぴり遅刻したのだ。
うあ、やばいよお姉ちゃん! 先生もう教壇に立ってるじゃん!
少しがやがやとしていた教室が、お姉ちゃんの登場でシーンとなる。
「鷲尾。大変だったな。みんな待ってたぞ。席に座りなさい」
さすが先生、すかさずお姉ちゃんに声を掛けると、窓際から二番目、前から四番目のお姉ちゃんの席へちらりと視線を向けた。
お姉ちゃんは一礼して、自分の席へと向かう。
あたしとお姉ちゃんの住む街には、小学校も中学校も、一つしかなかった。
だから全校生徒、顔くらいならだいたいわかる。
ええっと、お姉ちゃんの隣の席に座っているのは、多分クラス委員の美羽ちゃんって子だと思う。
美羽ちゃんは、ちらちらとお姉ちゃんを見ていた。きっとお姉ちゃんのことを気にしてくれてるんだよ。
『ほらお姉ちゃん、美羽ちゃんがこっち見てる!』
あたしが声をかけると、お姉ちゃんはあたしの声に応えるみたいに顔を上げた。
美羽ちゃんと目が合う。そして――
「おはよう」
「おはよう。お休みしている間のこと、わからないこととかあったら聞いてね」
「うん、ありがとう」
二人のやり取りに、あたしは、自分の声が届いたみたいで嬉しくなった。
やったあ! やったね、お姉ちゃん。なんか、いい感じで声をかけてもらえたんじゃない?
あたしは姿が見えないのをいいことに、お姉ちゃんの隣で手をたたきながらぴょんと飛び跳ねた。
四日間お休みをしていたお姉ちゃんは、教科書を開くのもまごついていた。
『お姉ちゃん。もっと先のページを開かないと!』
あたしが伸ばした指先は、けれども教科書をするりと突き抜けてしまう。
あーもう! オバケって不便!
まあ、そうでないと、世の中ポルターガイストだらけになっちゃうか。
お姉ちゃんの様子を美羽ちゃんが気付いてくれて、そっと教科書のページを見せてくれた。
美羽ちゃんなら優しいし、面倒見もいい。もしかしたらこれをきっかけにお姉ちゃんと仲良くなってくれるかも知れない。
なんか、いい感じ!
私はワクワクして二人の様子を眺めた。
そいつがやってきたのは、一時間目がもうすぐ終わりという頃だった。
しんとした教室の後ろのドアがガラガラガラッ! と音を立てた。
クラス中の生徒、プラス先生の視線が、そこに立つ男子生徒へと向かった。
目が隠れちゃうくらい長い前髪。さらにその上から黒縁のメガネ。色白でひょろっと背が高くてちょっと猫背。
「遅くなってすいません……」
低くてぼそぼそとした声。
「あ、ああ、影山那緒 か」
先生はなんだか微妙な表情で男の子をちらりと眺めると「連絡はもらってる、席についていいぞ」と言った。
影山くんは首だけでペコっとお辞儀をすると、自分の席へつく。
みんなの視線はふたたび教壇へと向いた。
授業を受ける必要のないあたしは、その後も影山くんの様子を観察する。
生きているときだったら、こんなふうにジロジロ相手を見ることはなかったけど、今は誰もあたしに気が付かない……はずだった。
ふと顔を上げた影山くんが、お姉ちゃんの後ろに立っているあたしを見た。
目は眼鏡と前髪にガードされていてよくわからないけど、確かにこちらを見たって感じがした。
私の上で視線がピタッと止まったのだ。
なんとも言えないゾクゾクっとした感覚が、わたしの中を突き抜けていった。
『ねえねえ、影山くんの家ってさ、山の麓の稲荷神社なんでしょ?』
『霊能力があるって、ホント?』
『除霊もできるんだって』
『先生の中に彼に助けてもらった人がいるらしくてさ、だから先生たちも影山くんに甘いらしいよ』
以前聞いたことのある噂が、頭の中にぱぱぱぱっっと閃いた。
胸が苦しくなる。オバケだから心臓なんかないはずなのに!
霊能力者の影山くん。
さっきじっとあたしのことを見てたよね?
影山くんは、もうこちらを見てはいない。きっぱりと前を向いたまま、教科書を開いているところだった。
確かにお姉ちゃんはそう言った。
こんなお姉ちゃんを残して、成仏なんてできないよって、その時あたしは思ったんだ。
もしかしたらお姉ちゃんが心配だから、成仏とやらができないのかもしれないって、考えたんだ。
だからあたしは、お姉ちゃんにひっついて、お姉ちゃんが元気になるように、応援しようって、考えたんだ。
◇
ガラガラガラ……。
お姉ちゃんが戸を開けると、クラス中の視線がこちらに集まった。いつもより遅めに家を出たお姉ちゃんは、ちょっぴり遅刻したのだ。
うあ、やばいよお姉ちゃん! 先生もう教壇に立ってるじゃん!
少しがやがやとしていた教室が、お姉ちゃんの登場でシーンとなる。
「鷲尾。大変だったな。みんな待ってたぞ。席に座りなさい」
さすが先生、すかさずお姉ちゃんに声を掛けると、窓際から二番目、前から四番目のお姉ちゃんの席へちらりと視線を向けた。
お姉ちゃんは一礼して、自分の席へと向かう。
あたしとお姉ちゃんの住む街には、小学校も中学校も、一つしかなかった。
だから全校生徒、顔くらいならだいたいわかる。
ええっと、お姉ちゃんの隣の席に座っているのは、多分クラス委員の美羽ちゃんって子だと思う。
美羽ちゃんは、ちらちらとお姉ちゃんを見ていた。きっとお姉ちゃんのことを気にしてくれてるんだよ。
『ほらお姉ちゃん、美羽ちゃんがこっち見てる!』
あたしが声をかけると、お姉ちゃんはあたしの声に応えるみたいに顔を上げた。
美羽ちゃんと目が合う。そして――
「おはよう」
「おはよう。お休みしている間のこと、わからないこととかあったら聞いてね」
「うん、ありがとう」
二人のやり取りに、あたしは、自分の声が届いたみたいで嬉しくなった。
やったあ! やったね、お姉ちゃん。なんか、いい感じで声をかけてもらえたんじゃない?
あたしは姿が見えないのをいいことに、お姉ちゃんの隣で手をたたきながらぴょんと飛び跳ねた。
四日間お休みをしていたお姉ちゃんは、教科書を開くのもまごついていた。
『お姉ちゃん。もっと先のページを開かないと!』
あたしが伸ばした指先は、けれども教科書をするりと突き抜けてしまう。
あーもう! オバケって不便!
まあ、そうでないと、世の中ポルターガイストだらけになっちゃうか。
お姉ちゃんの様子を美羽ちゃんが気付いてくれて、そっと教科書のページを見せてくれた。
美羽ちゃんなら優しいし、面倒見もいい。もしかしたらこれをきっかけにお姉ちゃんと仲良くなってくれるかも知れない。
なんか、いい感じ!
私はワクワクして二人の様子を眺めた。
そいつがやってきたのは、一時間目がもうすぐ終わりという頃だった。
しんとした教室の後ろのドアがガラガラガラッ! と音を立てた。
クラス中の生徒、プラス先生の視線が、そこに立つ男子生徒へと向かった。
目が隠れちゃうくらい長い前髪。さらにその上から黒縁のメガネ。色白でひょろっと背が高くてちょっと猫背。
「遅くなってすいません……」
低くてぼそぼそとした声。
「あ、ああ、
先生はなんだか微妙な表情で男の子をちらりと眺めると「連絡はもらってる、席についていいぞ」と言った。
影山くんは首だけでペコっとお辞儀をすると、自分の席へつく。
みんなの視線はふたたび教壇へと向いた。
授業を受ける必要のないあたしは、その後も影山くんの様子を観察する。
生きているときだったら、こんなふうにジロジロ相手を見ることはなかったけど、今は誰もあたしに気が付かない……はずだった。
ふと顔を上げた影山くんが、お姉ちゃんの後ろに立っているあたしを見た。
目は眼鏡と前髪にガードされていてよくわからないけど、確かにこちらを見たって感じがした。
私の上で視線がピタッと止まったのだ。
なんとも言えないゾクゾクっとした感覚が、わたしの中を突き抜けていった。
『ねえねえ、影山くんの家ってさ、山の麓の稲荷神社なんでしょ?』
『霊能力があるって、ホント?』
『除霊もできるんだって』
『先生の中に彼に助けてもらった人がいるらしくてさ、だから先生たちも影山くんに甘いらしいよ』
以前聞いたことのある噂が、頭の中にぱぱぱぱっっと閃いた。
胸が苦しくなる。オバケだから心臓なんかないはずなのに!
霊能力者の影山くん。
さっきじっとあたしのことを見てたよね?
影山くんは、もうこちらを見てはいない。きっぱりと前を向いたまま、教科書を開いているところだった。