第4話 再集結

文字数 23,321文字

「…ふふ、そう、ラジオ聞いたよ。うん…うん…あはは、うん、私は面白かったよ。私は…ね?…ふふ、あははは。…あ、そっか、明日シカゴに戻るんだもんね?…うん…うん…そう、私も明日から新学期。…ふふ、じゃあまた今度帰ってきたら会おうね。…ふふ、うん、美保子さんも気を付けて。…うん、じゃあお休みなさい」

ツー、ツー…

さて…と。

と、私は学習机の前に座っていたのだが、その場で手にスマホを持ったまま大きく伸びをした。

その流れでふと壁の時計を見ると、そろそろ夜の十一時になるところだった。

今日は四月の第二日曜日。自室だ。

もう察しておられると思うが、今私は寝る前にふと、明日に美保子が戻る事を思い出し、こちらから電話をかけたのだった。毎度の事だが、美保子は日本滞在中ずっと百合子の部屋に寝泊まりしていた。今回もそうだ。会話をしながら、美保子の声の向こうから時折百合子の微笑みが聞こえてきていた。

美保子が言うのには、明日は百合子が車で成田まで送ってくれるらしい。私も半分冗談ではあったが、自分も見送りに行きたい的な話をしたりしたのだった。

私は点けていたテーブルの灯りを消すと椅子を引いて立ち上がり、また大きく両腕を天井に向けて伸ばしつつベッドの上に座った。

そして、掛けていたメガネをサイドテーブルに置いた。黒縁のウェリントンだ。

それからリモコンで部屋の灯りを消すのと同時に、サイドテーブルの上の間接照明を点けてから横になり、それから寝る体勢に入るのだった。

…と、このまま流すのはいけないかも知れない。何せ、いくら自然に済ましたつもりでも、どうしたって不自然さが残ってしまってるからだ。まぁ…大した話でもないし、簡単に片してしまうとしよう。

…そう、見ての通り、とうとう私もメガネデビューと相成った。今日からだ。

まだ自分では普段の生活の中で裸眼でも特段不便は感じていなかったのだが、それでも視力が段々と落ちてきているのは健康診断などで明らかだった…のは、いつだったか簡単に触れた通りだ。あとは時期、時間があるか無いか程度の問題だった。

そして今日。今日は日曜日だったのだが、お母さん、それに…絵里、そして私合わせた三人で、絵里の御用達の銀座にある眼鏡屋まで一緒に買いに行ったのだ。

そう、例の、義一の誕生日プレゼントというので、毎年一緒に買いに行ってるというあの店だ。
そのお店は、去年のコンクール決勝で使われた会場のすぐ近くにあった。中に入ると、もう簡単に想像が出来ると思うが、すっかり私は二人の着せ替え人形と化していた。私をそっちのけに、二人はキャッキャ言いながら、あれでも無いこれでも無いと心底楽しんでいた。私の意見は度外視だ。

…いや、そもそも私は、メガネなんてキチンと物が見れるようになれば良い程度しか関心が無かったので、こうして周りが勝手に考えて決めてくれるのは、こちらとしても願ったり叶ったりだったので、文句は…無い。

まぁ…疲れはするけど。

と、そうこうしてる中、一瞬だけヒヤッとさせられる出来事があった。

というのも、そうこうしてる中、一人の店員さんが絵里に親しげに話し掛けてきたのだ。

それだけならまだ何でもないのだが、それに対して絵里も和かに返すと、店員は店内を一度見渡してから「…あれ?今日はあの男性はいらっしゃらないんですね?」と、満面の笑みで聞いてきたのだ。

「え?」と思わず、私、絵里、それにお母さんまでもが、手を休めて一斉にその店員に目を向けた。

「え、えぇ…まぁ…はい」と、何だか精一杯といった様子で、それでも笑顔は絶やさないままに絵里が曖昧な返事をすると、何かを察したか、「そうなんですねぇー…では、ごゆっくりー」と店員は大人しくスゴスゴと引き上げていった。大人な対応だと、私は呑気に感心していたのだが、その片方、当然まだ胸が強く脈打っていたのだった。

まさかこんな所で、義一関係に触れるとは思いも寄らなかったからだ。まぁ、毎年来てるとは聞いていたので、予測が立てられないと言えば嘘になるので、想定していなかった方が問題あるのだろうが、それでも正直な感想としては、ただただ驚いてしまった。

絵里もそうだっただろう。むしろ、私よりももっと驚いたのではないだろうか。そして、私と同じ理由で、義一の事に触れかけるというのも想定していなかったに違いない。『何でメガネを買いに行くのに、そんな義一に関連があるお店を選んだのか?』だなんて、勿論そんな風に絵里を責めるつもりなど毛頭ないとだけ断言させて頂く。

まぁこれに関しては、誰も義一の名前を当然出さなかったので無事通過となった…いや、それほど無事でもなかったかな?

少なくとも絵里個人に関しては、それほど無事じゃなかった。お母さんからの質問攻めにあったからだ。
簡単に言ってしまえば「その一緒に来ている男性って、絵里さんの彼氏?」といったものだ。これに対して、絵里はただ苦笑いで、やんわりと否定するのみだった。仮に義一と私たち家族の間の話が無くても、絵里のこの状況は変わりが無かっただろう。
何度かこの質疑応答が繰り返されたが、それほどしつこい性格でもないお母さんは、そんな絵里の態度を見て、何かしらの意味深さを感じ取った様だが、それ以降は、それ以上詮索する様な真似はしなかった。地元に帰って別れるまで、一言も話が出ないで終わった。
…代わりにというか、メガネを買ってずっとそれを掛けていたのだが、その間ずっと、二人して本人を前に、私のメガネ姿を話題に盛り上がっていたのだった。


次の日の朝。始業式当日。朝食を家族三人揃って取ると、一足先に出るお父さんを見送り、私も身支度を整えて、お母さんに声を掛けて家を出た。
今日は陽が出ていたが、まだどこか冬の残り香の様なものが残っていて、陽だまりは暖かったが、日陰に入ると、まだ風が吹いた時などはまだ肌寒さを感じるのだった。
「あ、琴音ー」
と、普段通りというか、いつもの待ち合わせ場所に近づくと、裕美の方から声を掛けつつ駆け寄ってきた。
「おはよー」
「えぇ、おはよう」
と私も笑顔で返すと、裕美も笑顔でいたのだが、ふと、グッと不意に私の顔のすぐ近くまで自分の顔を寄らせたので、私は思わず上体を後ろに引いた。
「な、なに…?」
と私が聞くと、裕美はすくっとまた元の位置に体勢を戻し、何だかつまらなさげな様子で顔つきは不思議そうに声を漏らした。
「…あれー?琴音、アンタ、何でメガネをしてないのー?買ったんでしょ?」
そう。裕美は既に私がメガネを掛けるようになった事を知っていた。
というのも、この春休み中に一度、絵里のマンションに揃って遊びに行った時の会話で、私の話が出ていたからだ。一緒に買いに行くことまで話していた。
当然…というか、裕美も途端に面白がって一緒について来たがったが、あいにく裕美自身に練習の予定が入っており、残念(?)ながらその場では私のメガネ姿を見る事が叶わなかったのだった。
まぁ昨日買ったばかりだし、それ程に大きな違いは無いと思うが。
「まぁー…ね」
と私は曖昧に笑みを浮かべつつ、手元の鞄に目を落とした。
「一応持ってきてはいるんだけれど…」
と私はここでチラッと裕美に顔を向けて続けた。
「…ふふ、何だか気恥ずかしくてね」
「ふーん…まぁ」
と裕美は私の言葉を受けると、つまらなさげな声を漏らしたが、顔を進行方向に戻して続けて言った。
「分からなくもないけどさぁー…って、私はメガネをしたこと無いから分からないけれど」
「…んー」
と、そんな裕美の言葉に、まぁ…いっかと途端に心変わりをした私は、おもむろに鞄の中を弄りだした。
急にそんな行動を取り出したためか、実際には見なくとも、裕美がこちらを黙って見てきてるのが気配で分かった。
中から濃い紫色の眼鏡ケースを取り出すと、パカッと開けて、中から新品同様の黒縁メガネを取り出し、それを器用に慎重に持ちつつ空になったケースを鞄にしまい、スッと何気ない風で掛けた。
そしてふと、やはりというかずっとこちらに顔を向けていたらしい裕美と顔を合わせると、一度ニコッと笑って見せつつ口を開いた。
「…ふふ、どう?」
「…うーん」
と裕美は動作も軽やかに、不意に私の進行方向上に踊り出ると、後ろ歩きをしながら、顎に手を当てて、何やら深刻げに考える風を見せてきた。
そんな様子を微笑ましく眺めていると、裕美は不意に明るい笑みを浮かべたかと思うと、また軽やかに私の隣に戻ってきたが、次の瞬間には、今度は悪戯坊主な笑みに作り変えつつ声を発した。
「…ふふ、やっぱアンタは…アンタだわ」
「…それってどういう意味よー?」
と私が思わず吹き出しつつ聞き返すと、裕美は不意に私の顔めがけて人差し指を向けてきたかと思うと、表情はそのままに続けて言った。
「あはは。よーく似合ってるって意味よ!」
…嬉しいけど、何でそんな勿体ぶって言うのよ。
「…嬉しいけど、何でそんな勿体ぶって言うのよ?」
と思ったそのままに呆れ調で返すと「あははは」と明るい笑みで流されてしまった。
これもまぁ毎度の事ではあるんで、慣れっこの私は何でちゃんを起こすことも無く、一緒になって笑い合うのだった。
「あーあ…って、あ!」
と裕美がふと足を止めて声を上げた。
そして、視線を真横に流すので、私も一緒になって先を眺めた。
そこは、何の変哲も無い、しかし私と裕美の間では馴染み深い、あの例の小さな公園の入り口だった。
…何の変哲でも無いというのは、私たち以外でという意味だ。…いや、それ以外でも、こうして公園の敷地をはみ出して私たちの頭上に枝を張り出している桜の木…。
何度も比喩しているが、まさに桜天井といった趣だった。
どれほどだろうか、幸いにとでもいうのか、朝の通勤時間にしては、今私たち以外に歩道には人通りがあまり無かったので、横に広がって上を眺めていたのだが、「ねぇ…」と裕美に声を掛けられた。
「なに?」
と私が顔を戻して横を見ると、裕美もゆっくりと顔を元に戻して、それから私に向けてパァッといった具合の笑みを浮かべつつ口を開いた。
「…少しさ、寄ってかない?」
「…え?」
と私はふと左手首にしていた、受験以来ずっと通学時に身に付けていた、手巻き式腕時計に目を落とした。
時刻は七時を少し過ぎた辺りだった。
「何でよー?」
と返しつつも私は我先に公園内に足を踏み入れると、背後でクスッと一度笑ってから裕美が付いてくる気配が知れた。
「あはは。いいじゃん別にー」
「…まぁ」
ストン
と私は二人の指定席と化していたあのベンチに何も言わずに腰掛けた。
「時間はまだ大丈夫だから良いけどねぇ」
と言いながら呑気に裕美を眺めると、裕美は私の目の前に仁王立ちしながら腰に両手を当てて、それから上体だけ前屈みになり、そして顔を近寄らせてきた。
その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
「ちょっと琴音ー?何を呑気に座ってるの?」
「え?だって…」
「…っぷ、あはは!」と裕美は一度大きく吹き出して見せると、さも涙目だという風に目元を拭いつつ続けた。
「アンタって子は…普段はずっと変に大人びてるクセに、たまに急に子供っぽいところを見せるんだから」
「な、何よー…」
と私は何だか途端に恥ずかしくなり、照れつつも不満げな声と表情でベンチから立ち上がった。
「じゃあ何だっていうのよ?」
と私が聞くと、裕美はニヤッと笑いつつ、ふと向かいのベンチを指差した。
そして、おもむろにスマホを取り出しながら言った。
「ほら、久々にさ、あのベンチの窪みにスマホを固定してさ…写真撮ろうよ?…琴音のメガネ記念に」
「え…あ、あぁ」
と私は裕美の指の先に視線を向けると、途端に昔の情景を思い出した。
…とはいっても、毎年こうして二人…たまにヒロがいたりして、写真は撮っていたのだが、この時に思い出したのは一番最初、小学校の卒業式の日のことだった。
そんな懐かしい記憶を思い出してた私は、「…ふふ、何よメガネ記念って…」と一度一人思い出し笑いをしつつぼやいたが、その直後には、「ええ、良いわね。撮りましょう!」と、最後は裕美に負けないようなニヤケ面で言い切った。
それを聞いた裕美もまたニヤッと同じように笑うと、「よし!」という掛け声の後で、向かいのベンチに向かってスタスタと歩いていくのを見て、私も後を追った。
そしてそれからは、あの卒業式の日と寸分違わぬ流れで、それぞれ自分のスマホを代わる代わるセットして写真を撮っていった。
撮り終えて自分のスマホを確認してみると、そこには、手をおへその前辺りで軽く組み、足は軽く交差させた、静かな笑みを浮かべた私と、腕を組んできた、底抜けに明るい満面の笑み裕美の姿があった。まるで付き合い始めの彼女みたいに。今回もこの場合は私が彼氏になるのだろう。…まぁ気にしてない。
後ろで桜が咲き誇る姿も、全体とまでは当然いかないが、これまた前回と同様に味良く写っていた。良い写真だった。
それからは私たちは余韻に浸ることも無く、すぐさま公園を出て最寄りの駅に向かった。
乗り換えの駅までの車中、ソコソコの満員電車の中、二人で先ほど撮った写真と、卒業式の日の写真、そしてそれ以降に撮った同じシチュエーションのを見比べて、あーだこーだと感想を和かにお喋りし合うのだった。


「…はい、では連絡事項はこんなものかな?」
と教壇の安野先生は一度区切ると、教室内をぐるっと見渡してからニコッと笑い言った。
「はい、今日はここまで。みんな、気をつけて帰るのよー?」
「はーい」
とクラスメイト達は返事をしたかと思うと、途端に椅子や机などの動く音、生徒間同士のお喋りが途端に開始され騒つくのだった。
「さてと…」
と周りよりもワンテンポ遅れて帰り支度をし始めたのだが、そんな中不意に、一つ前に座る女子がこちらに振り返り声を掛けてきた。
「いやー、長かったねぇ安野先生の連絡…」
といかにもウンザリげに言うものだから、私もクスッと笑いつつも、まだ教室を出る途中の先生の背中に視線を向けつつ小声で返した。
「…ふふ、紫ったら…まだ先生そこにいるよ?」
「…あ」
と紫は大袈裟に気まずそうな表情を浮かべつつ、私の視線の先に顔を向けた。
そんな様子を見て、私は掛けていたメガネを外しつつ、また笑みを零すのだった。
とその時、
「あはは!油断大敵だよぉー?」
と、これまたアニメにでも出てきそうな高めの声で背後から話しかけられた。
振り向くとそこには、既に帰り支度を済ませた天真爛漫な笑みを浮かべる藤花と、それに律、そして裕美が立っていた。それぞれが各様の笑みを浮かべていた。
「ちょっとー、琴音ー?」
と今度は裕美が薄目を向けてきつつ、しかし口元はニヤケながら言った。
「何でアンタまだ支度を終えてないのよー?」
「うるさいわねぇ」
と私はまるで母親にせっつかれる幼子の心境で、ブー垂れつつメガネを
入れたケースを鞄にしまい、スクッと立ち上がった。
「ほら、これで良い?」
と私が鞄を手に持ちその場で一回転して見せると、「何ー?それは?」と裕美に真面目に返されてしまったが、それに対して少し照れ臭げに見せると、私以外の四人で笑い合うのだった。最終的には私も混ざった。
…さて、もうお気づきだと思うが…そう、今日は中学三年に上がっての始業式、というわけで、今年度も同じ様にクラス替えがあった訳だが、見ての通り、晴れてまた私含む五人が揃って同じクラスになった。三組だ。
去年と同様に五人揃って学園まで行き、正門近くで配布されていたクラス表を受け取って皆で見ると…まず裕美が律の名前を発見し、次に紫が私の名前を発見、最後に皆が一緒だと藤花が明るい声を上げたのだった。その声を合図に、ちょうど皆で輪になって固まっていたので、裕美、紫、藤花が肩を組みあい、その流れに当然のように出遅れた私と律だったのだが、私を裕美、律を藤花が無理やり引き込んで、最終的に、何だか試合前の円陣を組むかの如くな形になったのだった。裕美たちは最後までテンション高だったが、そんな三人の様子を、私と律は一度顔を見合わせてから、お互いに微笑み合うのだった。
雑談に次ぐ雑談だが、二年時、私と律は一組、裕美たちは二組だったというので、二つ足せば三組だと、そんな事を誰かが発見した(?)というので、そこから会話が広がり、新しい教室に向かうまでその話題と、後また”別の話題”で持ちきりだった。
教室に入ると、初めのうちはクラスの中での座席配置が名前順だというので、結局一年の時と変わらない初期状態となった。裕美の真後ろには律が、私の真ん前には紫と、そんな配置だった。私と紫が窓際だというのも同じだった。そんな所で、妙な懐かしさを楽しみ面白みつつ、始業式の日を過ごしていた。
まぁそんなこんなで、まるで出来過ぎてるような話だが、事実として私たちのグループはまた一つのクラスになれたのだが、一つ、私、それに律にとって新鮮な事が一つあった。
それは…まぁこれも既に出オチしていたからお分かりだと思うが、私たち三組の担任が安野先生だという点だ。私だけではなく、裕美含む他の四人も揃っての受験時の面接で、試験官だったのが先生だった。ちなみに以前にも触れたが、面接会場まで案内してくれたのが”志保ちゃん”だった。
安野先生は五十代中盤の年齢で、メガネを掛けた、んー…言い方が難しいが、年相応の平均的な女性だった。背は少し低めで、156ほどの藤花よりも低かった。
安野先生は裕美たちの二年時における担任だったわけだが、当然言うまでもなく私と律とは違ったので、こうして二人は初体験を迎える事となった。まぁ先生は社会科、世界史を中心とした教員だったので、授業自体は受けていたのだけれど。
これまた因みになのだが、志保ちゃんは国語教師なので、おそらくそのまま授業は受けることになるのだろう。それだけだ。
私の支度も終わったというので、五人揃って教室を出ようとしたその時、「じゃーねー、紫達!」と声を掛けられた。見ると、まだ生徒で騒つく教室の真ん中辺りから、こちらに手を振ってくる女子一人がいた。
「うん、またねー!」
と紫が笑顔で返すと、裕美、藤花も同じ様に返していた。
私と律はそんな三人の様子をただ眺めていたのだが、ふとその女子と目が合うと、その子は一瞬目を丸くした様に見えたが、次の瞬間、こちらにも満面の笑みを見せてきた。
予想していなかった態度に少し戸惑った私は、私自身に向けられたものかの判断にも困り、結局ただ無難に微笑みつつ会釈をするだけにとどまった。そして今度こそ五人で教室を出るのだった。
学園を出るまでの間、ずっと私が何故今メガネを掛けていないのかの話題に終始した。紫と藤花が絡んでくる中、律と裕美が遠巻きからニヤニヤしてるのが見えていた。
私は予想していた通りとはいっても実際なると面倒臭く、それでもやれやれと応対をするのだった。
因みに…って”因みに”が多いが、地元ではメガネを掛けていた私も、乗換駅である秋葉原に着いた時に外してしまった。裕美はおそらく知りつつも理由を聞いてきたが、まぁ…この時は正直に話した。簡単な事だ。
前にも話した通り、裕美は絵里つながりで知っていた訳だが、秋葉原で待ち合わせをしていた紫、この後で会う藤花、律、彼女たちには内緒…って程では無いのだが、そんな前情報を知らない相手にいきなりメガネ姿を見せるのに抵抗があったからだ。…結局遅かれ早かれバレルにも関わらずだ。
まぁ…そんな話をしていたのだが、正直に喋ったのがいけなかったのか、紫と会うなりいきなりバラされてしまった。それを聞いた紫は、当然というか途端にニヤニヤし始めてメガネを掛けてとせがんで来たが、この時ちょうど運良く(?)電車がホームに滑り込んで来たので、出勤通学ラッシュだったというのもあり、ふざける雰囲気が流されて、その場は無事通過となった。
だが、学園最寄りの四ツ谷に着き、地下鉄連絡通路の地上出口付近で待ち合わせをしていた藤花と律たちと落ち合うと、とうとう逃げきれなくなった。
遅刻にはまだまだ余裕があったのだが、それでも通学途中だというのに中々見逃してくれそうもなかったので、私も諦めて、律を含むニヤケ面に囲まれる中、その場でメガネをまた掛けたのだった。
掛けるまでは恥ずかしかったのだが、次第に開き直りの心境になった私が、バッと顔を上げると、裕美を除く他の四人がマジマジと遠慮なく顔を覗き込んできた。が直後には、思い思いの感想を私に投げつけてくるので、それに対して言葉としては感謝、口調は恨めしげに返すのだった。
それからは話題がクラス替えに移行したので影が薄れたのだが、それでも合間合間での”メガネ話”は学園内でも続き、場所場所ですれ違う、コンクールで私の姿を見たという彼女を含む中二年時のクラスメイト、そして最終的には、廊下でたまたますれ違った志保ちゃんにもからかわれてしまった。
とまぁ、想像通りとはいえ、中々に”恥ずい”メガネデビュー”を飾ったのだった。


「でもまぁ…」
と私へのからかいにひと段落がついたのか、紫がニヤケ面から普段通りの顔つきに戻りつつ口を開いた。
「琴音がメガネをする様になって、仲間が出来たと喜んでいいものやら、せっかくこの中でメガネキャラは私だけだったのに、被っちゃったと嘆くべきか…」
「あははは」
「何よそれ…ふふ」
とベンチに座る私が目の前に立つ紫に呆れ笑いで返した。
今いるのは、これまたこのグループでは恒例となった、学園近くの公園だ。私と律がベンチに座り、他の三人は私たち二人を見下ろす様に側に立っている。毎回という訳ではないのだが、それでも大体このフォーメーションが多かった。
この公園も、地元のと比べると、またひと回りかふた回りか感覚的に小さく感じたが、それでもここにも何本もの桜の木が植わっていて、見事に咲き誇っていた。
去年もそうだったのだが、普段は学園生から見向きもされないといった感じの公園内なのだが、この時期に限っては、私たちと同じ制服姿がチラホラと見えるのだった。
とそんな時、「あ、キャプテーン!」と私たちの元へ駆け寄ってくる女生徒がいた。その子は律や裕美ほどでは無いにしろ、頭をショートヘアーにしていた。
「あ…」と律が声を漏らした時には、この子は既に手を伸ばせな届くほどの距離に立っていた。
まぁ…ここのやり取りは端折らせていただく。話にはそこまで深く関わらないからだ。それでもせっかくだから短く触れると、まぁ見ての通りというか、彼女は律の所属するバレーボール部の後輩で、自分でも言っていたが律を心底慕っている様だった。律に挨拶した後で、私たちにも挨拶してくれた流れで、そんな話を衒いもなく喋ってきたが、そんな可愛らしく熱烈と褒めてる中ふと隣を見ると、律は今までにまた見せたことのない様な、不機嫌なのか気まずいのか、それが入り混じった、最終的には苦笑に落ち着いた、そんな複雑な笑みを見せていた。
それを横目で見た私は一人クスッと笑みを零した。
と、ふと視線を感じたので見てみると、その主は藤花で、どうやら私と同じ気持ちだったらしく、チラチラと律を同じ様に見てきていた。そんな中で私と視線が合うと、示し合わせないまま、どちらからともなく笑い合うのだった。
裕美と紫、そしてあまり会話に混じらなかった私にも明るい笑顔を振りまいてくれていたが、そんな中、流石というか、律との繋がりの深い藤花とは以前から面識があった様で、ふと一息ついたのを見計らってか、「せっかく桜の下にいるんだから、私たちの写真を撮ってくれないかな?」と頼んだ。
すると彼女は瞬時に理解を示し、「いいですよ!」と快く受けてくれた。
「ありがとう」と皆でお礼を言ったその直後、彼女はニヤッと一人笑うと、律に視線を流しつつ、一つだけ条件を付けてきた。それは…「キャプテンと私の写真も撮ってくれませんか?」といったものだった。
「おいおい…」と、宝塚の男形ばりの声音でやれやれと漏らしたが、私含む他の四人は一度顔を見合わせてから、「いいよー」とこちらも快く了承したのだった。
この時の私たちの態度を見た律の苦笑いが印象的だった。
それからは私たち人数分の写真をスマホで撮って貰い、そして彼女の要望通りの写真を藤花が撮ると、そこで彼女とは別れて、当初の予定通り、例の御苑近くの喫茶店へと向かうのだった。


「…ふふ。あ、そういえば」
と、それまでの雑談に一旦キリがついたのと同時に、はと先程の出来事を思い出し私は口を開いた。
ここはついさっき触れた様に例の喫茶店。各々が注文した飲み物で乾杯した後、中一以来となる再集結についての感想…というか、まぁそんな会話で盛り上がっていた。因みに今日は学園OBの里美さんはいなかった。
「クラス替えといえば、紫、さっき教室で声を掛けられていたけれど、あの子は誰なの?私たちは…知らないけれど」
と言い終えると同時に、向かいの律に視線を向けると、律は口にストローを咥えたままだったが、そのままコクリと頷いた。
それを同意と受け取った私は、そのまま話を続けた。
「アレなの?あの子はあなた達二年時のクラスメイト?短い時間だったけれど、結構親しげに見えたけれど」
と途中から、右隣の裕美、左隣の紫、そして斜め向かいに座る藤花に視線を流しつつ聞いた。
すると、紫たちは一度顔を見合わせるとニコッと笑い、そして聞かれたのは自分だからか、紫が率先して口を開いた。
「そうそう!あの子は私たちのクラスメイトだった子だよ。名前は麻里っていうの。新田麻里。んー…あ、そうそう!ちょうど去年になるのかな?一学期の始業式の時にね、琴音達のクラスもそうだっただろうけれど、名前順にまず座ったでしょ?その時にね、私のちょうど隣に座っていたから、早々に私から話しかけたんだよ」
「へぇ」
ふふっと、私は思わず笑みを零しつつ相槌を打った。紫の話を聞いて、入学式当日の情景を思い出していたからだ。
「あはは。って、本当は本人から自己紹介をされた方が良いと思うから、詳しくは私からは言わないけれど…」
「あはは。元々さ…」
とここで藤花が、さっきの律と同じ様にストローを咥えつつ笑顔で口を挟んだ。何かしらのジュースを飲んでいた。名前を覚えられなかったが、要は南国系の物らしい。因みに律は私と同じくアイスコーヒーを頼んでいた。
「今日も同じクラスになれたというんで、麻里と喋っていたんだよねぇ」
どうやら私の知らないところで、再会を分かち合っていたらしい。
「そうそう。で、その時に…」
と続けて会話に入ってきたのは裕美だった。裕美はそう漏らしつつ、見覚えのありまくるニヤケ面を浮かべながら、私、そして向かいの律に視線を意味深に流しつつ続けて言った。
「琴音と律…あんた達の話で盛り上がったのよ」
「…へ?」
と何だか不意打ちを食らった感覚に襲われたのだが、ふと思わずまた律を見ると、向こうでも同じ心境だった様で、あまり表情に感情を出さないタイプの律だったが、この時は数少ない例外として、普段は色っぽ目に薄目がちなのを、真ん丸に見開いて見せていた。
そして二人して視線が合うと、打ち合わせをしたわけでもなく、自然と同時に首を傾げたのを見た他の三人は、こちらも揃いも揃ってニコニコと笑い合うのだった。
「というのもね?」
と紫が、笑顔の治らないまま…いや、その笑みに今度は意地悪成分を交えつつ口を開いた。
「ほら…いつだったか言わなかったっけ?私が言い出したかまでは思い出せないけれど…ふふ、琴音と律、あなた達二人について、アレコレと質問してくる、もしくは語ってくる女子がいるって話」
「え?…あぁ」
と言われた当初はすぐには思い出せなかったが、紫をはじめとする他の二人のニヤケ面を見て、その光景がダブったためか、それによってハッと思い出した。
…のと同時に、自然と眉間にシワがよる、苦笑が浮かぶのだった。
ここでまた律を見ると、さっきから黙ったままだったが、表情は私と同じ様なものだった。やれやれと言いたげだ。
「嘘か本当か、やけに私と律について過剰な表現をしてきたって、その子かぁ」
「あはは、嘘じゃないって」
「そうそう」
と私の言葉を聞くと瞬時に、藤花、裕美が笑顔で反応してきた。
「本当に言ってたんだから。ほら、琴音の事をー…深窓の令嬢だって」
「ほらって何よ…」
と私がボソッと苦笑まじりに呟くと、途端に律を含む四人が明るい笑い声を上げた。
「ちょっとー?律、あなたはこちら側でしょー?」と私が恨みがましげに、しかし口元はニヤケつつ突っ込んだが、それでも律は何も言わず微笑むのみだった。
「まぁ…さ?」
とまだ笑いが絶えない中、ふと紫が笑顔で私、そして律にも目配せをしつつ言った。
「嘘か本当か、本人に聞いてみたらいいよ。特に…何でちゃんの琴音、あなたは言われなくても聞くだろうけどね?…あはは!まぁ自己紹介的なのは、本人の口からしてもらうよ。琴音、あなたに話を振られなくても、きちんと麻里を紹介するつもりだったしね?」


始業式があった次の週。金曜日の夕方。教室に終礼の挨拶をしに担任の安野先生が入ってきたので、先程まで窓際の列の席である私と紫の周りに集まっていた裕美達が自分の席に戻って行った。
これまた他の学校ではどうなのか知らないが、少なくとも区立小学校出身の私が見る限りでは、先生が入ってきた瞬間に、ざわざわと騒ついていたクラスメイト達がピタッと静まり、そして素早い動きで自分の席に戻る点を見ると、やはりというか…お嬢様校なんだなと思うのだった。
…って、そんな事はともかく、先生が教壇の前に立ったので、私だけではないだろう、早く終わりの号令をかけてくれないかと考えていたのだが、ふと先生は、手に持っていた厚紙が表紙の日誌なのか何なのか、それを教壇の上で均すが如く、縦にしてトントンと数度してから、何故か意地悪げにニヤケ顔で口を開いた。
「えー…っと!今日もみんなお疲れ様。では日直さん、終業の挨拶を…と言いたいところだけれど…ふふ、そろそろ学級委員長を決めないとね」
「えぇーー」
先生の言葉を聞いた瞬間、台本もないのに皆一斉に声を挙げた。
まぁ、さもありなんだろう。早く帰れると思っていた矢先に、急になかなか決められなさそうな議題が振られたからだ。
…ふふ、前に言ったばかりなのに、急に前言撤回みたいになるが、やはりこんな所は他の所と変わらないだろう。
今まで触れるまでも無いから話していなかったが、中学一年、そして二年時にも、このような話は当然あった。
その時も中々決まらずにいたのを、この時の私は無関係を装って、他人事のように顎に手を当てつつ事の成り行きを見守っていた。
その予想通り、教室は先生が入ってくる前のようにざわつき始め、近くの席の人と顔を見合わせていたりしていた。
私は前の席の紫と会話しつつ、それらのクラスメイト達を、藤花、裕美、律の方に視線を向けたり向けあったりしていたのだが、ふと教壇から視線を感じたので見ると、先生がこちらに向かって微笑みを見せているのに気づいた。
その微笑みには見覚えがあった。そう、入試の時の面接時に、終始私に向けてきていた類と全く同じものだった。
視線があったこと、なぜ微笑まれているのか、その理由が分からないというのもあって妙に気まずさを覚えた私は、ふと視線を逸らし、また紫との会話を続けていた。
そんなこんなで、どれ程経っただろうか、やはり無駄に先に進まない時間が流れていったが、ふとその時、流石の私も予想していなかった行動に出る者がいた。
「…はぁ」
と、窓を背にして、他の子達と同じ様に私と愚痴を言い合っていた紫が、不意にため息を漏らしたかと思うと、やれやれと言いたげに、気だるげにゆっくりと手を挙げた。
「…まぁいいや。はい、先生、私が、そのー…やります」
「え?」
「え?」
私とほぼ同時に、教室の各場所で同じ様な声が上がった。
私はまず紫に向かって、自分でも分かるほどに目をまん丸にして見つめていたのだが、その後で他の声の方向にも目を向けると、やはりというか、藤花、裕美、そして普段から表情の少ない律までもが目を丸くして、それぞれで目配せを送っていた。
「む、紫…?」
とまだ驚きが隠せない調子で声をかけると、紫はニコッと笑い…はしていたが、諦観にも似た苦笑を浮かべて言った。
「ふふ、だってぇ…誰かが犠牲にならなくちゃ、この場が収まらないでしょ?」
「…ふふ、紫ったら」
と私が瞬時につっこむと、いつの間にか、先程までの賑やかさが、紫が立候補した事によって瞬時に収まっていたクラスメイト達が、一斉に湧き立った。
私も一緒になって笑っている中、トントンとまた教壇を日誌で軽く叩く音が聞こえたので、またザワつきが収まった。
見ると、先生は苦笑いではあったが笑みを浮かべて、こちらに向かって声をかけた。
「…ふふ、その犠牲精神はとても美しいものだけれど…本当に良いの、宮脇さん?まぁ…私個人としては、品行も方正だし、成績も学年三位に入る様なあなただから、何の異論も無い…というか」
とここで先生は一度言葉を止めると、ふとクラスをぐるっと見渡してから続けて言った。
「…ふふ、クラスのみんなも、あなたが学級委員長する事に対して、異論は無いみたいだしね?」
「異論はありませーん」
と誰かがお調子者の様子で声を上げると「異議なーし!」という声が彼方此方から湧き上がった。
この時の私、それに裕美達は、席が遠いながらも顔を見合わせて苦笑いをし合っていたが、紫の方も、先生が褒め出したあたりから一人照れ笑い…いや、やはり苦笑を浮かべていたのだった。
「まぁ本来は選任投票とかするもんなんだけれど…まぁ、もうクラスの総意は得られたみたいだから、じゃあ…宮脇さん、お願いできる?」
との先生の言葉に、今更ながら照れ臭くなったらしい紫は「は、はい…」と苦笑いを続けたまま自信無げに返すのだった。
そんな紫の様子を、裕美達はともかく、私自身は少し呆れ笑いで横顔を眺めていたのだが、そんな私達を他所に、やっと帰れるという安堵した雰囲気が教室に流れたが、ここでまた教壇を叩きつつ、先生がニヤケ顔で口を開いた。
「…ふふ、みんな?みんなもそろそろこの学園生活も長いんだから、もう分かってると思うけれど…学級委員は一クラスに二人必要なんですよ?」
その瞬間、「あ!」と数人が声を漏らしたかと思うと、次の瞬間、「えぇーー」とまた一斉にイヤイヤな声が漏れ出した。そんな中でも、私はずっと紫の顔を変わらずに眺めていたのだが、当の本人は澄まし顔で、相変わらず窓を背にして、私の机に腕を置きつつ事の次第を見守っていた。
やれやれ、一難去ってまた一難、まだまだ時間が掛かりそうだ…。
と、別に一々一人一人に聞いたわけでは無いが、恐らく誰もがそう思っていた矢先、今回はそんな事態にはならなかった。
「…はい」
と、ふと藤花の一つ後ろの席に座っていた女子が手を挙げた。その瞬間、また一斉に教室から私語が消えた。
私もその瞬間その声の元を見たが、藤花も一緒に見えて、その顔にはまた驚きの顔が浮かんでいた。
手を挙げた子は、手を挙げながらこちらに向かって苦笑い…いや、呆れ笑いを向けてきていた。
まさか私ではないだろうと、私も前の席を見ると、向けられていた紫は、驚きというほどではないが、それなりの動揺を見せていた。
ところで、さっき先生が学級委員を決める話を振った時にも、藤花はこの子と親しげに会話していたのが見えていた。
それから紫が立候補した時にも、チラッと藤花の方に視線を流したわけだったが、この時の藤花はその後ろの子と一緒になって驚きの表情を浮かべていて、チラチラと二人が一緒になって、こちらに向けて視線を向けてきていた。
ちなみに、私はこの子に見覚えがあった。
というのも…
「ま、麻里…?」
と、紫、そして高めのよく通る、アニメ声的な藤花の声が同時に私の耳に届いたが、その声に麻里と呼ばれたその子はニコッと笑うと手を下ろして、先生に向き直り「…どうでしょ?」と声をかけた。
そう聞かれた先生は、何度か紫とその子を見比べる様にして眺めていたが、最後にその子に顔を戻すと、ニコッと一度微笑を浮かべてから返した。
「んー…うん、そうねぇ…って、あ、いや、違うのよ新田さん?何もあなたが委員に似つかわしくないと思っているから言い淀んだわけじゃないの。…ふふ、一々こんな話を持ち出すのもなんだと思うけれど、まぁみんな周知の事実だろうし言えば、あなたも普段から新聞部として活動していて、んー…ふふ、先生である私が言うのもなんだけれど、普通はそう言った新聞って中々脚光を浴びることが無いと思うけれど、でもあなたが主筆し出した今の新聞は、学園内の生徒達に高い支持を受けているし…」
あ、そうなんだ…
と先生の言葉を受けつつ、私はその子の横顔を遠目で眺めながら思い至った。
あの新聞ってこの子が書いていたんだ…
新聞部。いわゆる掲示板に貼られているタイプの新聞で、新聞というよりも昔、江戸時代とかの瓦版に近い様なものだった。今先生が言った様に、普通というか、こんな事を言うと顰蹙を買うだろうけれど、普段からそもそも掲示板を見るという習慣がない生徒達からしたら、それほど馴染みの無いものなのだが、この新聞に限って言えば、確かに大袈裟じゃなく生徒達がこぞってよく見ていた。私もその一人だ。
何故かと言うと…新聞の記事、内容というより…ってまた怒られるかも知れないが、それよりも、その記事の一番下に掲載されていた四コマ漫画が面白いのだった。
この学園内の、いわゆる”あるあるネタ”を巧みに弄ってたり、その流れで、キャラの濃い先生だとかを登場させたりしていたからだった。真面目とおちゃらけ具合、ネタにされた人物、物事に対して失礼がない程々のバランス感覚が、大袈裟な言い方すれば伊達じゃないと普段から感想を持っていた。
「あの漫画の作者だしね?」
と先生がニヤリと笑って付け加えた。ちなみに安野先生もネタにされている一人だった。学年主任だが、そのふくよかな体型、それに口調が生徒に対してもたまに混じる”ですます口調”、それが典型的な想像通りのお嬢様校の先生
って感じで、それがいいネタにされていた。
ちなみにというか、私にとって、または律もそうだが一年、二年と担任だった”志保ちゃん”も当然というかネタにされていた。”おっちょこちょいキャラ”で、実際のドジっ子エピソードがふんだんに盛り込まれていた。当の本人もファンだとのことだ。話を戻そう。
へぇー…あの子が作者だったのね。
と、紫に続いて立候補したという点で興味が湧いたわけだったが、それに続いてそんな顔も分かったというので、大袈裟な言い方だが、私の知的好奇心がくすぐられて、益々その子の横顔をマジマジと眺めるのだった。
「いやぁ…えへへ」
とさっきまでの勢いは何処へやら、麻里と呼ばれたその子は照れ臭そうに首の後ろあたりをさすっていた。
私がそんな事を考えている間にも、先生はさっきの紫に対する様なお褒めの言葉を投げかけていた。
「成績についても、宮脇さんも触れたし、あなただけ触れないというのも変だから、これも周知な事実だし触れれば、新田さんも学年で五位の好成績だしね。…」
そう…というか、この学園では、毎回の定期テストが終わると、学年トップ十位の好成績者の名前が、総合点とともに掲示板に張り出されるのだった。
因みにというか、他の教科別でも順位が載っており、私は数学、藤花は物理でトップ五位に入っていた。裕美は社会科で、律も国語教科でトップ五位入りだった。
毎回その様な成績なので、私自身は学校の成績自体に関心は無いのだが、まぁ両親に対する体裁も含めて、それなりに自慢していいとは思っている。
まぁそれでも、それぞれが他の苦手教科の成績が目を背けたくなる様なシロモノだったので、紫以外は関係のない掲示板の発表だった。
紫以外には関心がなかったせいか、この子も載っていたとは知らなかった。
さて…ここまで引っ張ってるというか、まぁとっくにネタバレしてるとは思うが、それでも改めて発表すると…そう、この子の正体は、始業式の日、紫達に向かってサヨナラの挨拶をしてきていた麻里、新田麻里その子だった。
その間も色々と先生は話していたが、紫の時と同じ様に信任を問うと、これまた同じ様にクラス全員が同意の声を明るく上げた。
こうして、選挙をすることもなく、流れる様にして、今だに私個人…いや、おそらく裕美、藤花、律もそうだっただろう、今だにしっくりいかない、早く理由を問い質したい心持ちのまま、先生の業務連絡、そして日直の号令をキッカケとする挨拶を、全員に混じって私もするのだった。


放課後。
「…ちょっと?」
「んー?」
教室内がガヤガヤと騒つく中帰り支度をしつつ、私は早速紫に声を掛けた。
紫はこちらに顔を向けずに荷物の整理をしつつ呑気な調子で返した。
「何ー?」
「いやいや、『何ー?』じゃないわよ…」
「そうだよー」
と、いつの間に来たのか、藤花が若干のふくれっ面をして見せつつ、紫にジト目を向けていた。
その後ろには既に裕美、律も揃っていた。
…裕美達、毎度のごとく帰り支度早いわね
などと同時に呑気な事を考えていたが、紫は支度を終えたのかすくっと立ち上がると、「んー!」と大きく伸びをしてから明るい笑顔を浮かべた。
「まぁまぁ。後で話は聞いてあげるから…って、ちょっといい?」
「え?」
と裕美達を見渡した後、最後に私に向かって問いかけてきたので何か返そうとした矢先、紫は返事を聞かずにツカツカと藤花の席の方に歩いて行った。
私達は揃って何事かと動向を見守っていたのだが、紫はある人物の前に仁王立ちになった。
その人物は、先ほど紫の後で立候補し委員に選ばれた新田麻里だった。
彼女はまだ座ったまま周りの同級生と会話していたのだが、紫が寄るとパタッと会話を止めて、何やらやり取りをしていた。
教室がまだ騒がしかったのもあり、何を話しているのかまでは分からなかったが、私の位置からでも分かるほどに、呆れ顔を浮かべていた。
紫は私たちを背にしていたので表情までは分からなかったが、頭を掻いたりしていたので、恐らく照れてる…風に装いつつ受け流しているのだろう。
そんな様子を他の四人はただ眺めていたのだが、ふとこの時、紫が不意に私たちの方に向かって指をさしてきた。
その直後、座っていた彼女は紫を避けて見るが為か、身体を少し横に倒しつつ、顔も若干傾けてこちらを見てきた。
この時の裕美達の反応は見ていなかったが、恐らく似た様なものだろう、私に関して言えば、こちらからも何のアクションも起こさないまま、ただ見つめ返した。
と、私と目が合った直後、彼女はハッとした表情を浮かべたかと思うと、スッと視線を斜め下に逸らした。
…?
彼女と同じで他の四人と違い今だに座ったままだった私は、テーブルに肘をつき、彼女と動機は違うだろうが首を少し傾げていたが、いつの間にかこちらに戻ってきていた紫が、裕美達を見回した後、最後に私を見下ろすと、何故かイタズラっぽくニヤッと笑いながら「…よし!じゃあ、帰ろっか?」と言い終えた後、視線を横に流したかと思うと、親指だけを立てて、その先を後ろに向けた。
さっきの彼女と同じ様に、上体だけを横に倒しその先を見ると、いつからなのか、スクッと自分の座席近くで彼女は立ち上がっていた。
と、ここでまた視線が合うと、また何だかドギマギした風だったが、今度は視線を逸らさずに、…本人としては満面の笑みのつもりなのだろうが、何だか複雑な感情があるのか、結果的には苦笑いを浮かべて、こちらにヒラヒラと手を振ってきていた。
裕美と藤花がそれに対して同じ様に応えている中、紫は言葉を続けた。
「んー…でさ?そのー…あの子、麻里なんだけれどー…今日、帰りあの子も一緒でも良いかな?」

…あぁ、そっか。麻里って名前だった。
と私はまたどうでも良いと言っては悪いが、一応念のためと心の中でそう確認していたのだが、その時
「ちょっとー?」
「…え?って、わっ!」
と考え事とまではいかないまでも、少し思考にダイブしている中、不意に声をかけられたので顔を上げると、すぐ目の前に、上体だけ前に倒して、すぐそこに自分の顔を持ってきていた紫がそこにいたので、私は思わず声を上げて身を仰け反らせた。
それを見た裕美達は明るい笑顔を見せていたが、紫一人が呆れ笑いと苦笑いを五分五分で織り交ぜたかの様な意地悪顔を浮かべていた。
「何で無視するのよぉ」
「え?無視?」
と私は、思いがけない言葉を投げかけられたので、何故か一度裕美達にも視線を向けてから返した。
「無視なんて…してないけど?」
それを聞いた紫は、やれやれと上体を元に戻すと、ため息交じりに、しかし笑顔は絶やさずに応じた。
「もーう、今聞いたでしょー?麻里も一緒に帰って良いかって?」
「え?…あぁ、それ…私に聞いてたの?」
よっこいしょ…
と一応花も恥じらう女子校生というので、口には出さずとも、心の中でそう漏らしながらゆったりと立ち上がった。
「なーんだ…って」
とここでまた一度みんなに視線を流しつつ続けた。
「何で私に聞くのよ?私にそんな権限ないでしょ?…ん?」
と私は軽口のつもりでそう吐いたのだが、ふと少し空気が変わったのに気づいて見ると、何故か…と私はこの時思ったのだが、裕美を除く紫を入れた他の四人が揃いも揃って苦笑を浮かべていた。
…いや、もしかしたら裕美もかもしれない。
それはともかく、何でこんな空気になったのか分からずじまいだったが、ここで沈黙は何だかマズイと判断した私は、また今度は立ち上がってだが、上体をまた横に逸らし、立ったまま待ち続けている彼女の方を見つつ、明るさを装って続けて言った。
「あはは…って、私はそんな…何も断る理由なんか無いよ。さ、さぁ!早く合流して帰りましょ?」


私のそんな声がけが功を奏した…とは到底思えなかったが、それでもその直後に「賛成ー!」と皆して明るく声を上げたので、まぁ無事通過となった様だった。
私達がいたのは紫と私の席周りだったので、教室を出るその進行上に彼女の席があり、流れのままに合流した。
それからは、紫と彼女の二列を先頭に、藤花と律、その後ろを私と裕美で付いていく形になった。
以前に何度か触れた様に、私達は揃って歩いての移動時は、裕美、藤花、紫の三列を先頭に、私と律が二列に並んで付いていくのが暗黙の了解だったが、今回も、初めてだというのに、自然とこうしたフォーメーションが出来上がっていた。
学園を出るまで、それまでとは関係ない感じで普段通りの雑談をしていたのだが、私個人で言えば、今までよりも一層なんだかしっくりいってるといった感覚を覚えるのだった。
学園を出て辿り着いたのは、いつもと変わらない、来尽くした例の公園だった。先週からの今日だというのに、もう殆ど桜花は散ってしまい、桜色よりも圧倒的に新緑が頭上を支配していた。
例のベンチに着くと、普段通りに私と律が何も言わずにサッと座り、その周りを裕美達が取り囲む形になった。
…なったのだが、今回は例外として、麻里がそれに混じっていた。
私は座るなり皆を眺めていたのだが、視界の端に麻里がいるのを認めると、
なんだか…新学期に入って、新しい人に良く出会うなぁ…
などと、新学期になってクラス替えがあれば当たり前だというのに、春の陽気に当てられて惚けたのか、我ながらにこれまた呑気な思考に陥っていた。
と、私と律が同時に腰を落とした直後、パンっと手を打った紫が、満面の笑みを浮かべつつ口を開いた。
「…さてと!せっかくこのメンバーに初めて麻里が来たんだし、私達旧二組以外の琴音たちと麻里で、まずは自己紹介し合おうよ」
「えぇー」
と私、律、それに麻里も一緒になって声を漏らした。
が、そんな不満げな態度を見せた後で、横の律、それから麻里にも視線を向けると、二人して苦笑い気味ではあったが笑顔は笑顔だった。
それを確認した私は、「まったく…」とため息と同時に言葉を漏らしつつ、薄目気味に紫を見上げて言った。
「早速ホームルームの事を問いただそうと思ったのに…まぁいいわ」
「あははは!」と紫はそれを受けて途端に明るく笑ってみせると、その笑みのまま、私、律、麻里の順に顔を向けたかと思うと、麻里で止めて、そしてニヤケ顔のまま口を開いた。
「よし、じゃあ麻里?早速だけど自己紹介して?」
「えぇー…ホントにするの?」
と返す麻里の顔には苦い笑みが浮かんでいた。
「もっと軽めでもいいじゃなーい?」と時折私と律に視線を流しつつボヤいていたが、「はぁ…」と観念したかの様な声を漏らし、体ごと私達旧一組の方に正面を向けると、少し…いや、かなり気恥ずかしげに口を開いた。
「あー…えぇっとー…ン、私の名前は新田麻里。ここにいる紫、裕美、藤花とは二年の時に同じクラスだったの。んー…あ、さっき先生が言ってたけど、私、新聞部なのね?…えぇっと、そのー…よろしく!」
と、途中からタドタドしげだったが、最後は勢いで誤魔化し誤魔化しではあっても、明るい笑顔を向けてくれたので、私と律もそれぞれの笑みで「こちらこそ、よろしく」と返した。
それにまた一度ニコッと笑い返した後、「はっずいー!」と紫に掴みかかる勢いで抱きついて見せた。
紫対してこの様な態度を取る人を初めて見たが、何も言われなくともこれだけで、裕美達の中でも特別二人が仲が良いのが知れた。んー…字面では分かり辛いと思うが、紫の事を”ゆかり”と本名(?)で読んでいる点からも、周囲の私達からすると新鮮であり、この呼び方が麻里なりの親密の証なのだと思った。
さて、ようやく本人が自己紹介をしてくれたから触れられる。新田麻里。前髪ありのお団子頭だ。顔つきは全体的にシュッとしているというのが第一印象だったが、目がパッチリしてる割に、何だか黒目部分が小さめに見えるせいか、そんな点を含めて全体的に猫を連想させられた。キュッと目じりが上がった「ネコ目」なのもそれだ。口元も、今流行りの作ったアヒル口系ではなく、自然と何というか…ギリシャ文字のω(オメガ)程大袈裟ではなくとも、これを私は思い出していた。愛嬌のあるものだった。
いきなり自己紹介という、普通の女子校生だったらやはりムチャブリのはずだったから、今こうしてテンパリ気味を見せていたが、この公園まで来る途中の列先頭での紫との会話を聞くに、紫とはまた違う、何というか、明るくサバサバとした物言いなのだが、どこか含みも有り気だったりと、それが基本一匹で自由奔放に生きる猫を、これまた私個人としては連想させられたのだった。
…別にこじつけでは無い。
それからは、さっき触れた様に、前々から例の新聞の漫画に興味があった私が、率先して毎号見てると話すと、麻里は途端にオロオロとしだし、今度は抱きつくまではいかないが、それでも両手を紫の両肩に掛けつつ照れ隠し(?)をして見せていた。それを紫は鬱陶しげな表情を浮かべていたが、それでも振りほどこうとはしなかった。
そんな様子を、その他の四人で顔を見合わせつつ笑い合うのだった。
「はぁ…で?」
場の雰囲気に一区切りがついたと、改めて麻里を除いた他の四人が共通して持っているであろう例の問題について問い質す為に、私が一肌脱いだ。
まぁ…個人的には他にも、これは面子全員だけれど、聞きたいことがあるのだが、まずは喫緊の話題を振ってみる事にした。
「だから…紫、あなた、何で学級委員なんか立候補したのよ?」
と私が上体だけ前に倒し、片腕を腿の上で立てて顎に手を当てつつ聞いた次の瞬間、「そうそう!」と裕美達も思い出したかの様に各々が声を掛けていたが、その中で一人若干違う反応を見せた人がいた。麻里だった。
「そうそう!紫ー…何で立候補なんかしちゃったの?もーう…」
と薄目がちからも明らかな様に不満げなのだが、口元はニヤケていた。
「あなたが妙な自己犠牲精神を見せたせいで、私も続かなきゃいけないのかなって思っちゃったじゃーん」
「えー?…っていうか」
と紫も負けじと、麻里と同じ表情を浮かべて返した。
「ふふ、何で私のせいみたいになってるのよー?私だって、麻里、まさかあなたも一緒になって立候補するとは思ってなかったんだから」
「えぇー、だって…」
とここからは、二人して全く埒のあかない応酬を…側から見てると、口元が互いに緩みっぱなしなのもあって、楽しんでる気配が漏れに漏れていた。
そんな風に繰り返しているやり取りを、私含む他のみんなで眺めていたが、「はぁ…」と埒を明かそうと、また私が割って入った。
「まぁいいわ。放課後だし、これ以上長々と問い質せなそうだから、この話はまた後日って事で、今日はこの辺にしとこうか?」
と途中から、隣に座る律に始まり、その向かいに立っていた麻里、藤花、裕美、そして最後に紫に提案する様な形で言い終えた。
私の言葉を聞いたみんなは、それぞれが、公園の時計だったり、自分のスマホを覗いたりして時刻を確認していた。
まだ学園内では部活動の生徒たちが残ってるくらいの時刻だったが、何も用事の無い生徒たちからすると、かなりの長居をしている時間帯だった。夕方の四時半を少し過ぎたくらいだ。
「そうだねぇ」と藤花がまず口を開くと、「そうね」と律が瞬時に続き、「うん」と裕美とさりげなく当事者の紫、そして麻里は無言だったが微笑みつつコクっと頷いた。
それから私達は公園を出て、短いとはいっても五分ほどの駅までの道を、学園を出る時までと同じフォーメーションで歩いて行った。
藤花と律と毎回別れる地下鉄連絡口の前辺りで足を止めた。
本来は二人とここでお別れをすぐする流れなのだが、ふとここで紫が、何かを思い出した風な態度を取ったかと思えば、何故か照れ臭げに笑いつつ口を開いた。
「あ!…あ、いやぁ…まぁ、さ?そういや明後日の日曜日、私たち全員で久々に会うじゃない?ここ最近だと…一番裕美が忙しかったりしてたけど」
「うん」と答える裕美の後で、他のみんなで続けて相槌を打った。
補足を入れると、当然というか、明後日は藤花の毎月に一度の独唱の日では無かったのだが、それでも聖歌隊には当然参加し、それに付き合う形で律も行くというので、午後から合流する手筈になっていた。
その前に、暇…少なくとも私は暇だったので、他の三人で先に会おうという手筈になっていた。
「えぇ」
「まぁその時にさ?今日のことキチンと話すから。…って、もう殆ど話すことは無いんだけれどー…」
と最後の言葉を間延びにしたかと思うと、顔は私に真正面に向けつつも、不意に麻里に視線を向けながら言った。
「それでさー…せっかくだし、琴音?明後日の遊ぶのにさ、麻里も来てもいいでしょ?」
「へ?」
「え?」
と、私と麻里は同時に声を漏らし、その直後もほぼ同時に顔を見合わせた。
…同じ様に声を上げはしたが、おそらくその心中は全く違うものだというのも、瞬時に理解した。
それを証拠にというか、麻里が「ゆ、紫…?」と声を掛けると、紫はニコッと明るく笑い返した。
「あ、そっか。…麻里?急なんだけれど、明後日って暇?」
「え?あ、うん、えぇっと…暇っちゃ暇…かな?」
「あ、そうなんだ?じゃあ来なよー…ね?」
「…あ、え?」
と、また先ほどの様に話しかけられてるとは思わなかった私は、少しドキッとしつつも返した。
「わ、私?え、えぇ、そうねぇ…」
…そう。個人的な疑問点というのは”コレ”の事だったのだが、勿論”何でちゃん”としては直ぐにでも解消したくても、もう帰ろうと提案した者としてそうは行かず、何と無く、まずまだキョトン顔の麻里、そして他の四人に視線を向けた。
見ると、裕美と藤花は何故か、微笑みというか…いや、どちらかというとニタニタ顔を浮かべて私の反応を眺めていた。それに合わせたのだろうか、おそらく私と同じ様に、裕美達旧二組グループのそんな態度の訳を知らないはずだと思うのだが、他の二人ほど大袈裟じゃ無いにしても、律にしては珍しくニヤケ顔を見せていた。
はぁ…ま、いっか
「…ふふ、何でいちいち私に聞くのか分からないけれど、みんなの反応を見る限り、私と同じ様に何の異論も無いみたいだから、そのー…麻里ちゃん?」
「え?あ、うん」
と急に話しかける形になってしまったせいか、キョトン顔に益々の磨きが掛かったが、それには構わず、自分なりに相手に気を遣わせまいと微笑みつつ続けて言った。
「んー…ふふ。私の許可なんかいらないはずだけれど、それでも…うん、もし良かったら、今度の日曜日、一緒に遊ばない?」
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