#02 ロープと老人

文字数 2,737文字

ねぇ、聞いたかい? 先日、若い司教様が大聖堂を焼いて自殺したって話さ。あれね……、本当は殺されたって話だよ。
不自然な死に方だったようよ。たった一人の身内の妹さんが、いまだにショックで立ち直れないとかなんとか……。
そういえば、ボナ村長一家も行方不明だっていうじゃないかい?
なにか事件に巻き込まれたんじゃないかって話だよ。ほんと、やだねぇ~、この村で。物騒な世の中になったものだよ……。


 ────酒場。

よっ、マティス! ……いや、マティスじいさんって呼んだほうがいいか?

兄さんは相変わらずって感じだな。


“わしの前に現れたってことは、例の()()を手に入れたってことじゃな?”

意外と、さまになってるじゃん!

わしのほうは、あの館に導いてくれる者を用意した。あとは、例のアレを渡すだけだ。

 ウォトキンはテーブルの上に、真っ赤に光り輝く丸い玉を置く。
ほら、これが例の鍵だ。ドミニクが持ってるのを合わせて5個。

これをもって導いてくれる者がいれば、俺たちもあの森の中に入れるってわけだ。

……そうだな、やっと帰れる!
だな! 今日はお祝いしよう。
てか兄さん、もっと早くに()()、手に入れられたよね? 今までなにしてたの⁉
俺にだって、いろいろと事情があんだよっ!
ボナ村長一家のことは知ってる。

“情を持つな”と、昔から言ってるだろっ! カミーユを見習えよ。てか、カミーユに食わせりゃよかったじゃん。

やめろよ、いくら食った人間になれるからと言って……、中身がアイツじゃ気持ち悪いさ。


(彼女だけは……と思っていたが、見られてしまったからには消すしかなかった。いつの間にか、人間くさくなっちまったなぁ……)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 真夜中。



 若い二人の男女がランプを片手に、森の中へと入っていく。


 男はこの村の木製のワインボトル・ラックを作っている職人、ブリュノ。


 女は兄弟の多い、貧しい家の村一の美女、ジゼル。


 二人はあの“魔物たちの館”を目指し、デボルド=ベルモール公爵家の領地に足を踏み入れていた。


……なんなのよ、この草ぼうぼうはっ!
しょうがないだろ。この何百年っていう間、誰も入ったことないんだから。獣道のようになってたって、なんの不思議もないさ。
ねぇ、ブリュノ。(おきて)を破るとどうなるのかしら?
さあな。魔物だの吸血鬼だのって、そんなの迷信さ。怖いんなら、引き返してもいいんだぜ、ジゼル。
冗談じゃないわよ。こっちは生活がかかってるんだし!
俺だってごめんさ。あんな偏屈(へんくつ)(かしら)の下で、いつまでもってわけにはいかない。絶対、大金を手に入れてみせるんだっ!
それにしても、マティスじいさんの話は本当なの? あの館にお宝がうなるほどあるって!
ああ、確かさ! あのじいさんも昔、ここに入ったって話だぜ。館には目がくらむほどの宝石や芸術品であふれてたって。
ほんとかしら。昼間から酒場で飲んだくれのじいさんよ。
証拠なら、ほら……。

 ブリュノはそう言うと、ジゼルに()()()を見せる。


 ランプの光に照らされ、それは赤々とまばゆく輝く────。


……まあ! これってルビー!?

 深い深い森の中は、高い木の枝や葉がおい重なり、月の光さえもさえぎられていた。 


 二人はランプの光だけを頼りに、草むらを長い木の枝でガムシャラにかき分け、木の根が盛り上がっていたり、窪みのある歩きづらい道を前へ前へと進んでいく。


ほんと薄気味悪い森だわ。館への道はほんとに合ってるの?
さぁね。マティスじいさんの話によれば、どこから入っても必ず館にたどり着けるようになってるらしい。
へえー。
とにかく、二体の石像を探して。
わかったわ。それが館への入口ってわけね!
そういうこと!


 二人はその場に立ち止まって、ランプをぐるりと照らしたそのときだった。



誰かー、誰かー……。

 すぐ近くで、二人に助けを求める声が聞こえたのは。



 こんな真夜中に、自分たち以外の人間がいるはずがない。


 風が吹いて茂みがこすれ合った音なのか、魔物や吸血鬼といったものが本当に存在するのか……。


 二人はゴクンと息をのんで、顔を見交わした。


ブ、ブリュノ。今の、人の……声よね?
……そ、空耳だろ。
いいえ、聞こえたわ。まさか、魔物じゃ……!
だから、魔物は迷信だって。誰かがおもしろおかしく作ったんだろ。さあ、もう少し先に進もう。
…………。

 ブリュノのランプを持つ手がガタガタと震える。


 歩き出した二人の前に、再び声の主が────。

おーい、おーい、まってくれ! 上じゃよ、上。木の上じゃよ!
…………!
…………!

 二人は息を凝らして、恐る恐るランプを照らしてみる。


 すると、木の茂みの中から顔がぬっと浮かび上がった。


……きゃあああっ!!

 ジゼルは血相を変えて叫び、ブリュノの後ろに隠れた。


 ブリュノは、じっとランプを照らし続ける。

……あ…………!
おーい、助けてくれー。そこの若い兄さんや。
と、木にぐるぐるとロープで縛られた老人がブリュノに救いを求めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ねぇ、ブリュノ。本当に(ほど)いてあげてよかったの?
なに言ってんだよ。困ったときはお互い様だろ?
そうだけど、もしかしたら、魔物という可能性もあるでしょ。
なに失礼なこと言ってんだよ! どう見たって普通のじいさんだろーが!
そう? 普通のおじいさんが木の上なんかにいるかしら? ブリュノは、もう少し人を疑うってことを知ったほうがいいわ。
わははは!
 二人のやりとりを聞いていた老人が、突然笑い出した。
…………?
ああ、すまんのう。確かに、娘さんに疑われてもしかたない。本当に感謝しとるよ、若い兄さんや。ありがとう。
ところで、じいさん。なんでロープなんかに……?
ああ、(せがれ)とな、ちょっといさかいになってのう……。
まさか、ちょっとした意見の食い違いでこんなことになったってわけかい?
まあ、そんなもんだ。わしも言い過ぎたからのう、(せがれ)が頭にきてもしかたない、しかたない。
言い過ぎたからって、こんな仕打ちはひどすぎるってもんよ。俺らがたまたま通りかかったからいいものの!
ははは、ありがとよ。それより、おまえさんたち、なぜここにいる?

と、老人の声がだんだんと低くなり、ブリュノとジゼルの顔をそれぞれうかがう。


…………!
…………!
知らないわけじゃあるまい、この村の(おきて)を────。

 老人はそう言うと、ぎょろりとした目で二人を睨みつけた。


 そして、この老人からもデボルド=ベルモール公爵にまつわる話を聞かされることとなる。


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登場人物紹介

ブリュノ


ワインボトル職人

ジゼルが好き

ジゼル


村一の美女/貧乏で、兄弟が多い

ブリュノが好き

ワイアット司祭


カーライル司祭から日記と例の鍵を託されていたが……。

カーライル司祭

アンジェリン


ワイアット司祭の妹

ボナ村長

ウォトキン


魔物:コウモリになれる/マティスの兄

マティスじいさん


昼間から酒場で飲んだくれている

ドミニク


森の中でロープに縛られていた老人

マティス


魔物:マティスじいさんの本来の姿/ウォトキンの弟

ドミニク


魔物:ロープで縛られていた老人の本来の姿(ゴブリン)

カミーユ


魔物:食べた人間の姿になることができる/ドミニクの息子

オーギュスト・リュシアン・デボルド=ベルモール公爵

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