#01 ワイアット司祭

文字数 2,702文字


 小さな丘。



 美しい小川。



 ぶどう畑。



 広大な森。



 小鳥のさえずり。




 この美しく、自然豊かな小さな村には古くから伝えられてきた話がある。


 それは、この森の奥深くにある大きな館、デボルド=ベルモール公爵にまつわる話である。



 この館には、かつてオーギュスト・リュシアン・デボルド=ベルモールという公爵が住んでいた。


 彼は何不自由ない暮らしを送っており、地位、財産、名誉を誰よりも愛し、そして何よりも終わりのない時間(エタニティー)を求めていた。


 村人に気さくな紳士を演じては、裏では邪魔になる者を消す、大金を手に入れるためには手段をえらばない卑劣(ひれつ)冷酷(れいこく)な男だった。




 ある日、デボルド=ベルモール公爵の噂を()ぎつけた魔物が彼に契約を持ちかけた。



「我らには、おまえの欲しいものがある」と。



 “永遠の命”と引き換えに吸血鬼化した公爵は、村人たちを次々と虐殺(ぎゃくさつ)していった。


 それを見かねた聖職者たちが、彼と彼を取り巻く魔物たちをこの館のどこかに封じ込めたのだという。



 それ以来、この森に近づく者はいない。



『森に入るべからず。この奥深くに、“魔物たちの館”あり。我らの土地、我が愛する人々に幸あらんことを!』


 ────大聖堂。



 ワイアット司祭が、ある日記に目を通していたときだった。


 ひとりの若者が現れたのは。


へえー、あんたがワイアット司祭? なんだ、()(さき)(みじか)いジジィかと思ったが、こんな若造とはな。ま、会えてうれしいぜ。
どちら様ですか? もう()()けておりますし、懺悔(ざんげ)でしたなら、明朝(みょうちょう)またお越し下さい。
クククッ、懺悔(ざんげ)ぇ? 懺悔なんてねぇーよ。俺はさ、アンタが大事に大事にしまってる、例の()()が欲しいんだ。
例の、アレとは?
まーさか、とぼけちゃう気?

()()といったら、()()に決まってるじゃん。赤々と光る、例のだよ。

なっ……! なぜ、それを……っ。

貴様まさか悪魔かっ!? なぜ、ここに入れたっ!?

 ワイアット司祭はそう言うと、胸にある十字架を手にする。

おっと、ちょっと落ち着こうぜ。

アンタが素直に()()を渡しさえすれば、俺は今すぐにでも出ていくって。こんな辛気(しんき)(くさ)い場所に長居したくないからよぉ。

……あいにく、ここにはない。
へえー、おっかしーな。

ボナ村長は“ここにある”って教えてくれたんだけどなぁ。

……なに⁉
クククククッ……!

 人間の(なり)をした魔物が、おかしそうに一人で笑い出した。


 低く不気味な笑い声に、ワイアット司祭はブルッと身震いをする。


なにがおかしい? ボナ村長は無事なんだろうな?
無事? いや~、なんていうか、出来心だったというか……、頭からガブリ食っちまった!
なっ……、食べた、だと!?
しかたないだろ、()らすんだもんよ。
…………。

 ワイアット司祭は魔物をキッと(にら)むと、感づかれないように小声で呪文を唱え始めた。

……アンタも強情なんだな。

ま、一筋縄(ひとすじなわ)じゃいかないってわかってたから、来月結婚するっていうアンタの妹────。

……妹、だと?
……アンジェリン。血がつながってないんだってな。
き、貴様っ、アンジェリンを……、アンジェリンをどうしたっ⁉
おっ、こわっ! あんまり騒ぐんで……、アンタの妹、吊しちゃったぜ、外に。
ア、アンジェリン……ッ!!!
 血相を変えて外に飛び出そうとしたワイアット司祭の背中に、鋭い爪でグサリと一刺し。
…………グ……グハァ……ッ‼
 ドサッと倒れるワイアット司祭に、魔物はしゃがみ込んでこう言う。
司祭さんよ、悪魔や魔物に耳を貸しちゃダメだぜ。神学校で習わなかった?
ア……ンジェ……リンは…………?
クククッ。アンタの妹なんて知んねーし! 俺はただ、アンタの心を読んだだけ。“秘めた恋”か……、泣けるねぇ。
……アン……ジェ…………。
おいおい、もう息絶えちゃうの?

つまんねーよ、司祭さんよぉ。

…………。
ふうん、ワイアットの奴、おもしろいもん読んでたんだな。『カーライル司祭の手記』ね────。


あのとき、ドミニクを森に閉じ込めたのは、“カーライル”っていうんかぁ……。(むな)しいね、誰の目にも留まらず、この大聖堂とともに灰になるなんてよぉ。クククククッ……!


 『カーライル司祭の手記』は、カーライル司祭が亡くなる前に“例の鍵”といっしょに(たく)されたものだった。


 魔物は燃え上がる炎を見て、ボナ村長の最後を思い出していた。


ウォトキン、例の鍵を知りたくて、娘に近づいたのか⁉
たまたまだよ。138年も生きてりゃー、自分が何者かなんて忘れて、二度や三度の結婚はしたことあるさ。残念だなぁ、アンタがうっかりしゃべっちゃうから……、俺も仕事しなきゃいけなくなる。
お、お願いだ……、助けてくれっ! み、南だ……。この村から南に下った街の大聖堂の地下に眠ってるっ‼ あとは知らん。知ってることは、全部話したぞ……っ。
ありがとよ、ボナ村長。アンタのこと、けっこう好きだったぜ。


『長年にわたり人々を(おびや)かし続けてきた、デボルド=ベルモール公爵とその仲間たちの封印に成功したかと思われた。


しかし、私たちの様子を見ていた1匹の魔物が、突然襲いかかってきたのだ。


封印の鍵となる5つあるうちの4つの石を奪われた他、4人の司教が無惨に殺され、私は命からがらあの森から逃げてきた』


当初、その4つの石を東西南北に位置するそれぞれの教会に保管し、もう1つはその村で保管する予定だった。


私が無事に持ち帰った最後の希望となる石は、館への道しるべになるものであり、これがここにある限り、森に住む魔物たちはあの森から外へは出られないだろう。


不安なのは、私と命からがらにあの森から逃げ出してきた魔物がいるということだ。



いつの日か、この鍵を奪いにやってくるにちがいない。


デボルド=ベルモール公爵たちを再びこの世に出してはならない。


あの悲劇を繰り返さないためにも!



この鍵が魔物たちに渡らないことを祈って。


“我らの土地、我が愛する人々に幸あらんことを!”



『カーライル司祭の手記』より

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……お兄……さま……?
アンジェリン、どうしたんだい?
今……、兄に呼ばれたような気がするの。なんだか、胸騒ぎがするわ……。
君って、本当に心配性だな。すぐに会えるよ、僕たちの結婚式で。
そ、そうよね……。
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登場人物紹介

ブリュノ


ワインボトル職人

ジゼルが好き

ジゼル


村一の美女/貧乏で、兄弟が多い

ブリュノが好き

ワイアット司祭


カーライル司祭から日記と例の鍵を託されていたが……。

カーライル司祭

アンジェリン


ワイアット司祭の妹

ボナ村長

ウォトキン


魔物:コウモリになれる/マティスの兄

マティスじいさん


昼間から酒場で飲んだくれている

ドミニク


森の中でロープに縛られていた老人

マティス


魔物:マティスじいさんの本来の姿/ウォトキンの弟

ドミニク


魔物:ロープで縛られていた老人の本来の姿(ゴブリン)

カミーユ


魔物:食べた人間の姿になることができる/ドミニクの息子

オーギュスト・リュシアン・デボルド=ベルモール公爵

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