第28話『祭りと要塞』

文字数 1,819文字

 激しく体を揺すられて、ソジュンは目を覚ました。
「ジェイ! もう支度を始めろだって! 」
 真っ青な空の中に、マントを深く被ったリクの姿があった。
「そろそろ出ないと、時間が無くなっちゃうよ」
「あれ? そんなに寝てた? 」
 ソジュンが尋ねると、リクは、「今は9時。だけど、集落の人たちが、もう出発したいんだって! 」と答えた。
「出発? 」
 重たい体を起こして、周りを見ると、きのうまでの質素さとは打って変わり、派手な衣装に身を包んだ集落の人たちを見つけた。
 金の刺繍が施されたマントに身を包み、頭には葉っぱで(こしら)えた冠を被っている。手には太鼓やら笛やら、ピーピー ドンドン と賑やかだ。
「これから お祭りなんだって。2日間かけて、テーベまで歩くらしいよ」
 リクが言った。
「そう言えば」
 ニックさんが言っていたような──と、ソジュンは思い出した。
「あれ? ニックさんは? 」
 尋ねると、リクの隣で まったりしていたヘテが、「青年なら あそこだ」と一層 賑やかな一角を指差して言った。
 指導者として認められた大男は、集落の女性たちに囲まれ、まるで着せ替え人形の様に、体中を装飾されていた。
 ボロボロ だったマントを()がされ、誰よりも派手な刺繍がされたマントを羽織らされている間に、色取り取りの花で敷き詰められた冠を頭に乗せられ、その間に、奇妙な模様が掘られた お面を顔につけさせられていた。
「朝早くから叩き起こされて、ずっと あんな感じ」
 リクは肩を(すく)めた。
 彼女が説明している間にも、ニックは金の すね当てを履かされそうになっていて、ソジュンは眉を弧の字に曲げた。
「お気の毒に」
 ソジュンは、この灼熱(しゃくねつ)の砂漠の中、重装備になってしまった大男が、無事にテーベまで辿り着けることを祈った。

 「怖がらなくていい。騎手が怖がると、馬にもそれが伝わるからな。こいつらは いい子だ。堂々と乗っていれば、それでいい」
 出発際、ニックに言われた通りに手綱を握ると、馬はソジュンが思う通りに動いてくれた。
「では、ニックさん! また、最初の街(テーベ)で! 」
 ソジュンが手を振ると、仮面を被ったニックも、手を上げた。
「ジェイ、お前なら絶対に やれる! 自信を持て! 」
 太鼓や笛の音にも負けない声で言うと、ニックたちは、西へと歩いて行った。
「ジェイ、行こうか」
 いつまでも見送っているソジュンに、リクが小声で呼びかけた。
「うん、そうだね」
 ソジュンはニックの背中に(うなず)いて、馬の手綱を引いた。

 南へ南へ下がって行って、次の目的地は比較的大きな町だ。
「《ナイルを上った要塞(ようさい)に住みし者、摩訶不思議な枝を受け継ぎし者也。我は彼等を “要塞の民” と名付ける。要塞の民、厳格な規則に縛られし者達也。《空気の様に軽い枝》なる物の配分を頼めば、町の(おさ)曰く、「枝を持ち帰りたくば町の長になりし試練を遂げるべし。長の資格を得て初めて、その使用を認めよう」》」
「“町の長になりし試練”? どんなものなんだろう? 」
 ソジュンの読み上げに、リクが言った。
「分からない。けど、大変なことに違いないよ。だって、町の長になる為のものだからね」
「用心に越したことは無い」
 リクの後ろに乗るヘテが、ソジュンの言葉に頷いた。

 こまめに休憩を挟みつつ、ソジュンたちが目的の町に着いたのは、太陽が空の真上から少し傾いた頃だった。
「何、これ」
 リクが(つぶや)いた。
 ソジュンたちから見て右手にナイルが走る その町は、ジェラーの地図に記載されている通り、四方を日乾(ひぼ)しレンガの壁で囲われた、要塞の町だった。
 壁には(おびただ)しい(わに)の絵が彫り込まれていて、「誰も近寄るな」と町全体が忠告している様だった。
 空へ(そび)える要塞の入り口には、ふたりの門番が立っていた。門番は、木製の扉の前から一歩も動かないまま、ソジュンたちに声を掛けてきた。
「“馬を降りよ”」
「“馬を降りよ”」
 ソジュンたちは、彼らの言う通りにした。
「2回も言わなくても分かるよ」
 隣りでリクが愚痴(ぐち)っているのが聞こえた。
「“マントを外せ”」
「“マントを外せ”」
 馬を降りたことを確認すると、門番たちは、また交互に命令を続けた。
「はい」
 ソジュンとリクは、マントのフードを外して見せた。
 門番たちは ふたりを ジッ と見比べると、コソコソ と何かを相談し始めた。
 顔を見合わせ、頷き合って、ようやくソジュンたちの方へ向き直った。
「“入れ”」
「“入れ”」
 重厚な木の門が開かれた。
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