第12話 父と海

文字数 1,219文字

 私は引きこもり、自分に劣等感を感じながら落ち込み続けていたが、父と海釣りに出かけてからは次第に毎日が楽しくなっていった。
 海に行けば知り合いなんてほとんどいなくて、ぼーーっとできて全てを忘れて楽しめた。魚が釣れた時には父とふたりで喜んだ。魚が釣れる瞬間がとにかく楽しかった。魚を釣る為に待つ時間もとにかくドキドキして夢中になれた。
 この頃から私には次第に楽しみというものが見つかり始めた。元々楽しんでいたゲームも心から楽しめるようになっていったし、アニメを見るのもワクワクできた。また、テレビで野球を見るという楽しみもできた。
 今までは何もできず、人を怖がり何もしたくなくて部屋に籠っていたのに。何をしても何も感じられなかった。辛いばかりだった。
 でも、よく食べて良く寝て、海で体を動かすという心と体の体力を付ける為の良い循環が回るようになったから、私に何かをする元気が生まれたのだ。主治医のいう通り、よく食べて良く寝て、体を動かすことは自分に行動力や明るさを取り戻すことに繋がった。
 そして、父は私に笑顔が戻るように必死にできることをしてくれた。私が発するどんな言葉も否定せず寄り添って聞いてくれた。
 平日の父の仕事中に辛くなって父の携帯に電話を入れても必ず出てくれた。それが会議中でも私を第一に出てくれた。会社の人怒られていたかもしれないのに。私の言葉をいつでも一生懸命聞いてくれた。
 父は私に自分の考えを押し付けること無く、私が自分で結論を出すまでいつも待ってくれた。私は自分で自分のことを決める勇気も考えも昔からなかったから父がそれを手伝ってくれた。父との時間は高校卒業後からやっと増えたけれど、教えられたことはその時間の何十倍も濃かった。
 気が付けば、私からは「大学へ進学する」という考えは薄くなっていった。大学へ行きたいのは自分の意志ではなかったからだ。周りのみんなが大学へ行っているというそれだけの理由だった。だから、自分で本当に何がしたいのか、目の前のことだけを考えるように変わっていった。
 しかし、考える余裕が生まれた私だったがまだ、ひとりでちゃんと外に出て活動をしたことが無かった。
 自分で外に出るのも何かに挑戦するのも怖くて、主治医もまだ許可していなかった。私がひとりで外に出て活動することで混乱し、病状が悪化する可能性があったからだ。
 でも、考える余裕や元気が出てくるようになるほど、将来や自分について余計に考えてしまい、私は早く外に出たいと焦るようになってしまった。
 焦れば焦るほど、私は父に当たり怒るようになってしまったけれど、父はそれを黙って聞いてくれた。そして、そんな私を見て、釣り以外でもリハビリがてらに様々な場所に連れて行ってくれるようになった。
 私はそのおかげで人生が楽しいと思えた。
 周りの同級生よりも遅れているし、できないこともありすぎるけれど、それでも楽しい時間が私をポジティブにしてくれた。
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