第13話 11日目 心の断食をする

文字数 1,940文字

断食11日目 
夜12時になっても眠れない。
胃や腸が停止しているほか、肝臓や腎臓も休止している。内臓が休暇を取っている。
眠れない事が気にならない。寝たければいつでも眠れるのが安心感になっている。
この何日か頭が爽やかになってきている。人間関係の悩みも無くなってきている。
脳の中の脂肪や老廃物も断食で少なくなってきているのかもしれない。

いつも気になることを言っていた部長。生意気なことばかり言ってくる部下。
何やっても文句を言う経理部長。人を馬鹿にしたようなことを言う企画課長。
中々注文を出してくれない得意先の仕入部長。納期を守らない協力工場の社長。
泣き言ばかりいう妻。機嫌の悪い娘。大声で自慢ばかり言う隣のオヤジ。
電車の中で新聞を広げる若者。きりがないくらい嫌な事ばっかりだった。
それでも明るい顔をしていなければならない。世間はままならない。
それが今は何も気にならない。どうでもいいような事を気にしていたのだ。
断食は無駄な脂肪を取るだけではなく、心の中の老廃物まで片付けてくれている。
体が軽くなった。気持ちも軽くなった。考え方も素直になってきているようだ。

ストレスは自分の意識の中にある。自分で基準を作っている。自分と比較している。
自分の過度な欲望、自意識、自尊心等で自分の心が肥満になっていたのだ。
この断食修業で心の持ち方や意識も断食されてきている。
断食修業は「 断 欲 修 業 」にもなっていたのだ。早く気が付けばよかった。
我欲が落ちると体が楽になり、気持ちも楽になっている。

人の癌の苦しみよりも、自分の歯の痛さのほうが大変だと考えていた。
自意識が異常に高すぎたのだ。自尊心が強すぎた。自分の事ばかり考えていた。
思い出せば数えきれないほど反省することがある。
ある時、会社に行く直前に妻が言った。
「ちょっと腹がすごく痛いの、少しいてもらえない」
「急に言われても困るよ、どうしてもという時は救急車でも呼べよ」
馬鹿な人間だった。こんな事ばかりしていた。恥ずかしい。
人の痛みがわかる人間になれれば人間関係はよくなる。

野武士の岡本の事を自尊心が高い奴だと思っている自分のほうが自意識過剰だった。
今さらながら人間性が低すぎた。人の為に自営業をしたいなんて身の程知らずだ。
「欲をかかない」「相手の事を先に考える」この気持ちがないと自営業はできない。

断食道場の1日は長い。「朝の静座」を除けば24時間、丸1日自分の時間だ。
社会にいた頃は自分の時間はなかった。考える時間なんて意識していなかった。
ここでは1日中考える時間だ。あと20日間あれば10年分以上の考える時間がある。
図書館には豊富な本がある。目標がはっきりしてくると目につく本も変わってくる。

図書館で借りてきた本を読み始める。
自宅に帰ったら購入するために詳しく控えておいた。
「個人営業の始め方」    長門 昇著 (大和出版)
「妻と私の為のFC開業講座」松本陽子著 (日経新聞社)
「華僑に学ぶ100ケ条」  白神義夫著 (三木書房)
「直感力の研究」      船井 幸雄 (PHP文庫)
「船井幸雄の人間の研究」  船井 幸雄 (PHP研究所)

読み始める。浸み込むように頭の中に入っていく。
ノートにポイントやヒントを箇条書きにしていく。
今までの意識を断食で剥がしていく。空腹な脳に新しい知識を吸収させる。

断食修業の効果はこっちのほうが大きかった。
役に立つ言葉を抜粋していく。本の内容も断食同様で余分な部分をそぎ落とす。
1.本業がうまくいっているときに副業を探す。
2.一つのことは二人以上に頼むな
3.恐いもので客を釣れ(びっくりさせ関心を向けさせる)
4.お金を有効に使って、尊敬と信頼を得よ
5.貸した金はくれたと思え
6.敵は作るな、敵には逃げ道を残せ
7・あまり細かく計画するな
8.おごられたらそれ以上の形でおごり返せ
まだ業種は見えてこないが、独立自営の気持ちが高まっていく。

あまり疲れはしないが、区切りがいい所で休憩する。
会社時代にふざけてビールの一気飲みをした事がある。ここにはビールがない。
ここに1リットルの薬缶がある。水を1日に2リットル飲むように言われている。
水の一気飲みに挑戦した。1リットルを2分で飲み干した。
途端に気持ちが悪くなってきた。いくら休憩でもこんな馬鹿なことはもうやめよう。
もっと別の事に頭を使わなければならない。また本を読み始める。

5時半。窓の外が少し明るくなってきた。
岡本が座禅を始める時間だ。
黒い布を蛍光灯スタンドに掛けて座禅の邪魔をしないようにしよう。

6時になったら朝護孫子寺まで行って坊主のお経を聞いてこよう。
この頃お経の合唱を聞くことが病みつきになってきた。
意味は分からないが、あの声あのリズムに体が共鳴する。
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