第18話 イステン復興

文字数 1,379文字

 イステンの伝統的な形の墓石を置くかどうか、私は、まだそんな事を悩んでいたりする。あの日、環がこの世界から消えてから一年が経った。私は愛美とアロン先生が葬られているこの場所に私の中にある環の思い出だけを葬った。思い出だけ、いや、それしか葬る物はなかった。環は私に、イステンという国だけを遺して逝った。

 イステンはあの日から復興の道を歩み始めている。あの日の事は、昨日の事のように思い出す事ができる。あの日、ヒトガミとヒャクメは一体化して全てのセカイと地球外生命体と環を巻き込んで姿を変えてしまった。

 彼らは今、この国を覆っている豊かな緑に姿を変えている。あの日の光景は、本当に劇的だった。肥大化した肉塊が凄まじい光を放ちながら木々や草花に変わる。こうして思い出してみても、未だに信じられない光景。でも今私が見ている景色は、それが事実であった事を物語っている。

 環達が葬られているここは、あの木があった場所。あの木はあの時のまま、今もここにある。この木だけが、セカイ達の存在の証なのかも知れない。私はこの一年、イステン復興の為に頑張って来た。国民を呼び戻し、町を作り国家を作る。もちろん、私一人でやってる事じゃない。でも、精一杯やって来た。私は環達を失っても、まだこうして生きている。

 私は三人のお墓から離れると、あの木に近付く。そっと、木の幹に触れてみる。この場所には何度も来ているけど、木に触ったのは今が初めてだった。

 「あ、嘘。こんなのって」

 掌から脈動が伝わって来た。私の口から思わず言葉が漏れた。

 とくん、とくん、と脈動は続いている。環の姿が頭の中に浮かび、涙が堰を切った。

 「永遠。悪い。約束、守れなかった。でも、俺は側にいる。この大地に広がる緑の中に俺は、ずっといる」

 環の言葉が聞えた気がした。私は泣きながら、環の名前を叫ぶ。何度か叫んでみたけど、返事はない。私は木の根元に座り込む。じっとして脈動を背中から感じている。

 「お嬢様。時間です。ステイの外交官と会う約束が」

 兼定が迎えに来た。私は座ったまま顔を上げた。兼定は私に近付くと、優しく抱き起こす。

 「お嬢様。涙を拭いて下さい。ここに眠っている三人だって、お嬢様の泣き顔を見たいとは思ってないはずですよ」

 兼定はそう言って私を包むように抱き締める。

 「そうね。でも、たまには私だって泣いてしまうわ。少しくらいなら許してくれるでしょう?」

 兼定は私から離れると三人が眠っている場所に行った。地面に手を触れながら口を開いた。

 「失った者は決して戻りません。でも、私達の心の中にいる彼らは、決して消える事はありません。お嬢様、私はできる限り、泣かないように努力をしています。それが私にできる、彼らへの唯一の手向けだと信じています」

 私は涙を拭く。兼定が立ち上がり、こちらを向いた。私は、にっと笑って見せる。思いっきり強がって笑顔を作る。

 「全く、貴方にそんな台詞は似合わないわ。イステンの外交官ね。がつんと、行くわよ。この国は、まだ生まれたばかり。舐められては困るわ」

 兼定が、はい、と返事をする。私は三人の眠っている場所に視線を送る。

 「行って来ます」

 私は心の中でそう言うと、胸を張って歩き出した。



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