第24話 女というのは分からない

文字数 1,265文字

『何が』
『分からない』
『小西がか』
 彼女は首を縦に振った後、横にも振った。
『あたし自身かもしれない』
 それから千葉貴子がもたれかかってきてな。抱きとめてやらないと、二人とも倒れちまうから、そうした。おれたちは自然に唇を合わせ、かなり長い間お互いの舌を絡めた後、彼女がおれの手を引いてふたりで寝室に向かった。その後はもうわけが分からなかった。否、んなことはない。当然やっちまったよ。おれは発情期を迎えた猿のようで、千葉貴子は盛りのついたメス猫みたいだったからな。仕方ないだろ、若かったんだ。だがそこでおれは、ひとつの重大な発見をしちまってな。千葉貴子は初めてだったんだ。その一週間後に彼女は行方不明になった。大学には休学届けを出して、田舎に帰ったって噂されていた。おれも小西も、そんなことはまったく事前に知されていなかった。特に小西なんかはもう、大パニックでな。やつはなぜ千葉貴子が失踪したのか、まるで理解できないようだった。おれにも心当たりはないかと聞いてきたが、おれは一言、ないとだけ答えた。学生課で何とか実家の住所を探り当て、訪ねていったらしいが、もうまるで会う意思がないようでな。応対に出たのは母親で、本人は顔も見せなかったって。小西はえらく落ち込んじまってよ。ほんと自殺する一歩手前だったぜ。おれはやつに酒を飲ますくらいしか、してやれることはなくてな。
『女というのは分からない』
 小西は焼酎を生で飲みながら、ぼそっと言うんだよ。目の下に隈ができて、もういきなり十も老けたような顔しちまってよ。
『女だけじゃないよ。そもそも他人のことってのは、分かっているようで実は全然分かっていないもんだ』
『そんなもんかな』
『ああ。そんなもんだ』
『お前のことも、おれは分かっていないのかな』
『そうだと思う』
『よせよ。おれたち友達じゃないか』
 それから卒業するまで、小西とはあまり付き合わなくなった。まあ就職の準備とかで、お互い忙しくなったこともあるしな。結局あいつは親父のコネで、どこかの商事会社に内定が決まったよ」
「何となくコニシさんって可哀そう」
「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん。要は小西自身がこの経験をどう受け止めたかだ」
「難しいね」
「実は小西とは卒業して八年後に再会してるんだ。ほんとに偶然に、とあるバーでおれが会社の同僚と飲んでいるとき、ボックス席の向こうから手を振ってるオッサンがいてな。誰かと思ったら小西じゃないか。すっかり変わっちまって、まあお互いもう三十だったから、いつまでも学生みたいな顔はしていないのは、当たり前なんだけどな。小西は太っちまってよ。頭なんかも昔はふさふさだったのが、ちょっと危なくなっちまった。おれたちは名刺交換して、やつの会社がおれんとこの取引先だったんで、二度びっくりしちまってさ。あれから転職したんだな。で、ボックス席には連れの女がいて、その女ってえのが、まあ一言で言えばシロウトには見えない。きれいだったけど、独特のケバい雰囲気があってな。こいつは同伴出勤じゃないかと、ピンときたね」
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