金木犀

文字数 638文字

 寝坊した土曜日だった。買い物へ行こうと外へ出ると、空が青く高く、太陽がまぶしかった。長い時間眠り過ぎてぼうっとした頭が、くらくらした。のどが渇いたように感じ、乾いた風を吸い込んだら思わず咳が出た。
 近所の家の庭に生えた金木犀の香りを感じて、かろうじて気分がよくなった。金木犀を植えてくれて、ありがたいと思った。年に一度、一週間ほどしか嗅ぐことのできない、この香りが私は好きだ。金木犀は中国原産だというが、この香りを持ち帰りたいと思ったその時の日本人の気持ちがわかる。私だってこの香りを集めて、家に保管し、思い立った時に嗅ぐことができたらどんなによいだろうかと思う。しかし、そのようにいつでも嗅ぐことができてしまったら、このありがたみを感じなくなるのであろう。
 喉から手が出るほど欲しいのに手に届かなかったものが、手に届いたときのありがたみというか快感は何にも比べ物にならない。きっと彼に触れられたときも、私はどうにかなってしまうだろう。気が狂って、何にも手がつけられなくなって、壊れてしまうだろうと思い、身を引き締めた。
 そう昨日はあと少しで、彼を誘うところだったのだ。夫が留守の金曜日に彼を食事に誘うことが頭に思い浮かび、よいタイミングがあったら、誘っていたかもしれない。誘ったとしても、彼が首を縦に振るかどうかわからなかった。でもそれは危険なことだ。一歩踏み入れたら、もう戻れない予感がするから。だからもうそのようなことを考えるのはやめようと心に誓ったのである。
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