第1話
文字数 1,118文字
俺の名前は紙魚川弥彦。
つい先日、会社を依願退職という名でクビになり、はした金の退職金を受け取ったものの、次の就職先も決まらず単発のバイトで食いつないでいる日々だ。今日はなぜか何もかもが上手くいかないことにヤケになり酒を浴びるように飲んだ。それはもう飲みまくった、金のことは気にせずに。そして今はその帰宅途中という訳だ。
フラフラと千鳥足で路地裏を進んでいると、壁に『霊感商法やってます』の文字の看板とビルを上る階段があった。こんな所にこんな怪しい店があっただろうか、そもそも霊感商法って詐欺だろうと思ってしまったら、目の前でぴかぴかとネオンに光る看板が異常なくらい腹ただしく感じ、看板を掴むと苛立ちをぶつけるようにして地面に叩きつけた。
「詐欺は撲滅だ~!」
うひゃひゃと酒でまともな判断が出来なくなった心で笑いながら踏み付けパリンと割れた所で「おい」と階段から声がかかる。びくりと身体を反応させ階段を見上げればボロボロの履き古したスニーカーが見えた。
「す、すみません!」
ぺこりとお辞儀をしてからくるりと踵を返し家までの道を走り始めた。
やばいやばいどうしよう、通報されるのだろうか。どういった罪になるんだ、威力業務妨害か。さすがに酒が入っているからって生首まで踏み潰したのはまずかった。そのせいで看板まで割ってしまったんだ。ズレた眼鏡を戻しながらやってしまったことに叫び出しそうになる。ああどうしよう。分からないが逃げてしまったのは悪手だった気がする。そうだ明日謝りに行こう。
ハアハアと息を切らして走りあと少しで自宅に着くと安堵したところで、ドアの前に誰かが立っていることに気がついた。
背格好は自分よりも頭一つ分小さく、鼻から下は黒い布で覆われており、髪型はウルフヘアにジャラジャラとピアスをいくつもつけ、黒のTシャツに裂け目のあるジーンズに見覚えのあるボロボロのスニーカー。
どこで見たんだっけと考える間もなく思い出した。先ほど、ネオンの看板を踏み割ったあの場所だ。
そこでようやく背筋がゾッとした。家を知っているはずがないのにどうして。つけられていた可能性はない、それなら自分より先に家に着いているはずがないのだから。
彼がゆっくりと振り返る。まるでスローモーションでも見ているかのようにゆっくりだった。黒のマスクをしたその姿は見るからにヤカラ感が強く、怖くなってもう一度走り出そうとした所で目の前から彼が消え、襟首に力が入り下に引っ張られる。
「人の家のもの壊しといて逃げるのはどうかと思うなあ?」
「お、お、仰る通りです」
「事務所で詳しく話をしましょうか」
このにんまりと猫のように笑った彼との出会いが俺の人生を変えたのは間違いなかった。
つい先日、会社を依願退職という名でクビになり、はした金の退職金を受け取ったものの、次の就職先も決まらず単発のバイトで食いつないでいる日々だ。今日はなぜか何もかもが上手くいかないことにヤケになり酒を浴びるように飲んだ。それはもう飲みまくった、金のことは気にせずに。そして今はその帰宅途中という訳だ。
フラフラと千鳥足で路地裏を進んでいると、壁に『霊感商法やってます』の文字の看板とビルを上る階段があった。こんな所にこんな怪しい店があっただろうか、そもそも霊感商法って詐欺だろうと思ってしまったら、目の前でぴかぴかとネオンに光る看板が異常なくらい腹ただしく感じ、看板を掴むと苛立ちをぶつけるようにして地面に叩きつけた。
「詐欺は撲滅だ~!」
うひゃひゃと酒でまともな判断が出来なくなった心で笑いながら踏み付けパリンと割れた所で「おい」と階段から声がかかる。びくりと身体を反応させ階段を見上げればボロボロの履き古したスニーカーが見えた。
「す、すみません!」
ぺこりとお辞儀をしてからくるりと踵を返し家までの道を走り始めた。
やばいやばいどうしよう、通報されるのだろうか。どういった罪になるんだ、威力業務妨害か。さすがに酒が入っているからって生首まで踏み潰したのはまずかった。そのせいで看板まで割ってしまったんだ。ズレた眼鏡を戻しながらやってしまったことに叫び出しそうになる。ああどうしよう。分からないが逃げてしまったのは悪手だった気がする。そうだ明日謝りに行こう。
ハアハアと息を切らして走りあと少しで自宅に着くと安堵したところで、ドアの前に誰かが立っていることに気がついた。
背格好は自分よりも頭一つ分小さく、鼻から下は黒い布で覆われており、髪型はウルフヘアにジャラジャラとピアスをいくつもつけ、黒のTシャツに裂け目のあるジーンズに見覚えのあるボロボロのスニーカー。
どこで見たんだっけと考える間もなく思い出した。先ほど、ネオンの看板を踏み割ったあの場所だ。
そこでようやく背筋がゾッとした。家を知っているはずがないのにどうして。つけられていた可能性はない、それなら自分より先に家に着いているはずがないのだから。
彼がゆっくりと振り返る。まるでスローモーションでも見ているかのようにゆっくりだった。黒のマスクをしたその姿は見るからにヤカラ感が強く、怖くなってもう一度走り出そうとした所で目の前から彼が消え、襟首に力が入り下に引っ張られる。
「人の家のもの壊しといて逃げるのはどうかと思うなあ?」
「お、お、仰る通りです」
「事務所で詳しく話をしましょうか」
このにんまりと猫のように笑った彼との出会いが俺の人生を変えたのは間違いなかった。