第3話 夜襲

文字数 7,534文字

                         NOZARASI 14-3
  (三)夜襲

「お客さんでやしたか」
 いつものように柴垣を分けて入ってきた芳造が、小首を傾げながら小三郎に訊いた。
「いや、誰も来ぬが。さっき、里ちゃんが上総屋から戻っては来たが、一人だったなぁ」
 里は、味噌と醤油を頼んでくると、昼過ぎに芝の上総屋まで出掛け、ついさっき戻ってきていた。
「そこで、若い男に行き遭いやしたよ」
「若い男?」
「この隠居家には用の無さそうな、柄の良くない二十歳過ぎぐらいの」
「そんなのは、来てないな」
「おかしいなぁ。裏は畑でどん詰まり。この家に用のない奴が通る筈はないと思いやすが」
「道か、それとも訪ねる家を間違えたんじゃないのかな」
「そうでやすかね」
「盗られるような物も無いし、下見をする程の泥棒なら、こんな隠居家は襲うまいよ」
「それもそうか。ここのお宝は、里ちゃんくらいなものでやすからね」
「うーん、そう言われればそのようだが、相槌を打つのはちと困るなぁ」
「ははははは」

 二人がそんな話をした二日後の夜であった。
 その日も芳造は来ていて、里の手料理を愛でながら楽しそうに飲んでいた。
「美味しいでしょ、この浅蜊。ほら、この間釣りに出掛けたときに、頼んでおいて貰ったでしょ。それを昼前に届けてくれたの、砂抜きもやっておいてくれたって」
「弥吉さんからかぁ」
「皆粒が大きくて美味しそうだったから、きっと良い浅蜊ばかし選んで持ってきてくれたのね。沢山あったから、色々出来ますからね。そう最後は深川飯にしようかしら」
「うわっ、それはいい。嬶ぁに叱られながら逃げ出してきた甲斐があったというものだ」
「また叱られたのか、芳さん」
「へぇ。一昨日もご迷惑をお掛けしたのに、今日も行くのかって。全く五月蠅いったらありゃしねぇ」
「ふふふ、小三郎様さえ良ければ、私は毎日だって構いませんよ」
「勿論、儂は大歓迎だよ」
「でしょ。それなのに内の奴……」
「黙って!」
 小三郎が、いきなり声の調子を押さえ手を小さく前に翳すと、芳造を制した。
「どう致しやした」
「外に誰かいる。それも殺気が伝わってくる」
「殺気って、それって人殺しでやすか」
 芳造が、小三郎の真剣な口調に、怯えたような声で反応する。
「何人もいるぞ。うーん、少なくとも十人はいそうだな」
「十人もですか。一体何で……」
 芳造の顔が引き攣っている。恐らく、頭の中も混乱しているようだ。
「解らん。ひょっとしたら、芳さんが見た一昨日の男かも知れぬな」
「泥棒でやすか。だって、盗るような物、ここには何も無いって」
「こんな隠居家に盗みに入るのに十人は要らぬ。恨みか」
「誰に」
「儂かな」
「思い当たるんでやすか」
「無いな。人に恨みを受けるようなことはしていない」
「だって、大目付……」
「そんな何年も前の事を、今さら意趣返しでもあるまい」
 二人が同時に里を見た。
「私ですか。ありませんよ、そんな事」
 里が目をまん丸にし、慌てて首を振った。
「そうだろうな」
「そうですよね」
「里ちゃん、そこの刀取ってくれ」
 小三郎が、外を警戒し、身構えたまま里に頼んだ。
「はい」
 里の顔が、緊張で引き攣っている。
「重いんですね、刀って」
 初めて刀を持ったのか、今し方とは違う、何だか嬉しそうな顔で、里が刀掛けの刀を持ってきた。
「こんな時に、そんな嬉しそうな顔で、何言ってんの」
 芳造が、里の笑顔に呆れた。
「だって、刀持った途端、気持ちがスーッと落ち着いちゃった。はい、小三郎様」
「ははは、大した度胸だ。芳さん震えてるぞ、里ちゃん見倣え」
「武者震いですよ、武者震い」
「ふたりはその隅に居て。芳さん、そこの押し入れに木刀が掛けてある、里ちゃんを頼むぞ」
 小三郎が部屋の奥を差して、芳造に頼んだ。
「承知致しやした」
 里が押し入れから木刀を二本取り出し、一本を芳造に渡し、自分ももう一本の木刀を握り締め、やる気満々、いつでも来いという風に、それを肩に構えた。
「里ちゃん、止めなさい、却って怪我の元だ」
 小三郎が里を睨みつけた。
「だって、十人もいるんでしょ」
 小三郎、意外な里の姿を見たような気がして、心の中で苦笑した。
「心配しなくてもいいよ」
 そう言ってちょっと笑みを浮かべながら、小三郎が立ち上がる。
 もう外の気配は里達にも分るほど近づいていた。
 小三郎が障子を勢いよく明け放つと、外の連中が慌てふためいている。
「大丈夫だ、雑魚のようだ」
「雑魚?」
「雑魚ですか」
「儂一人で間に合うな」
「なーんだ、久し振りに腕が鳴っていたのに」
 芳造が手にした木刀を突き出し、気の抜けたような様子で見栄を張る。
「こんな夜中に何の用だ」
「五月蠅ぇ、雑魚で悪かったな。おい、やっぱ侍みたいだぞ」
 縁側に片足をかけた男が、後の闇の仲間に知らせている。
「そうとも知らずに襲って来たのか」
 小三郎が呆れている。
「刀架けに刀があったんだよ。隠居は用人のため刀置いてる奴もいるからな」
「一昨日来たのはお前か」
「ああ、芝の方で見かけてな、後を付け、ここを探し当てたのよ。悪いか」
 口で粋がってはいるが、明らかに少し気後れしている。
 どうも、あの日芝まで出掛けた里を見つけ、ここを突き止めたらしい。ということは、里が狙いか。
「ははは、悪くはないが、何しに来た」
「ダチの女を寝盗った礼だ。覚悟しろ」
「何だ、それは」
「五月蠅ぇ」
 粋がる男の科白に思い当った里が、
「あんた達、越後屋の馬鹿息子に頼まれたんだね」と、いきなり大声で叫んだ。
 その声に、男達が一瞬怯んだ。
「間違い無いようだな。夜中に人家を襲うなんぞと、謹慎ぐらいの薬では効かぬようだな」
「こんな馬鹿共に付ける薬は、何処の薬種問屋にもありませんや」
 雑魚だと聞いて、すっかり元気の戻った芳造が悪態を吐く。
「掬いようもない雑魚か。それでは良く効く薬をたっぷりと付けてやるとするか」
 小三郎も芳造の悪態に呼応する。
「五月蠅ぇんだよ。何ゴチャゴチャ言ってやがるんだよぉ、この野郎」
 罵るような声を挙げ、匕首を握った一人が勢いよく小三郎に飛びかかって来た。
 小三郎は刀を抜きもせず、鞘尻でその男の顎を横殴りに払った。
「ギャッ!」
 異様な悲鳴を上げて男が転がる。
 次の瞬間、小三郎が、普段の動きからは信じられないような速さで、刀も抜かず狭い庭を駆け巡った。
 小三郎が動きを止めた時、闇の中に八、九人の男が悶絶したり、呻き声を発して蹲っていた。が、間髪入れず、まだ殺気の残る生垣の向こうへ跳んだ。
 その闇からキラリと、白刃の光が差した。
「ほう、侍もいたのか」
 柴垣の向うの闇に、越後屋の息子らしき男と、刀を抜き放った浪人が居た。
「先生、金は出す、もっと出す。こいつを斬って、斬って。でないと俺が斬られちゃう」
 顔色を失った越後屋の息子が、その浪人に泣いて縋る。
「よし、任せておけ。その代わり、今の言葉を忘れるなよ」
「三十両だって、五十両だって出す。早くしないと斬られちゃうよー」
 小三郎も抜いた。
 越後屋の息子が、怯えたのだろう、ヨロヨロと退がる。
 浪人は腰を少し落とし、八相から尚深く右肩に刀を抱え込むように構えを移した。
「使えるな。何故こんな馬鹿げたことにその腕を使う」
「食って行けぬでな。済まぬが死んでくれるか。五十両なんて滅多なことでは拝めぬでな」と、不敵な笑いを浮かべ、小三郎に迫る。
「これ以上は、言うだけ無駄のようだな。行くぞ」
 上段に構え、相手の動きを探る小三郎。
 二人の間合いがジリジリと詰められてゆき、定寸ギリギリの間合いで睨み合う。
 浪人は、明らかに一撃必殺を狙っている、一閃で勝負は着くだろう。
 迂闊には動けない。腕は、ひょっとしたら小三郎よりも上か。
 こうなると、上段は不利だ、長引かせる訳にはゆかない。が、相手に隙は見出せない。
 ジリジリと後退を余儀なくされる小三郎。
 浪人は、確実にその間合いを一定に保つようにしながら詰めてくる。
 守勢に立たされ、「斬られるかも知れぬな」と、小三郎は覚悟を決めた。
「里ちゃん」
 虎の威をかる狐は、人の劣勢を見るに聡いらしい。敏感に小三郎の劣勢を感じたのであろう越後屋の息子が、この修羅場の真っ最中に、浪人の後ろの柴垣の間を分け入り、縁側の里の方へ、涎でも垂らしそうな顔をして近づいてゆく。
「わっ、来ないでっ!来ないでっ!」
 里が手にした木刀を闇雲に振り回すと、越後屋の息子目掛けて投げつけた。
 越後屋の息子に投げたつもりの木刀が、回転しながら手前の地面に当たり、不規則に撥ねた。
 撥ねて柴垣を飛び越し、浪人の方へ飛んだ。
 避けようとした浪人の体が大きく乱れた。
 小三郎、その一瞬の間隙を捉えて踏み込む。
 血飛沫を上げて浪人が崩れ落ちた。
 芳造が、越後屋の息子を組み敷いている。
 傍で里が茫然と立ち尽くし、震えていた。
 血だらけの浪人は、柴垣の陰に倒れているのだが、斬られ、血飛沫の飛ぶ瞬間を見てしまったのだろう。
 人の斬られるところを見たのは、恐らく初めてに違いない。
 刀を納めた小三郎が近づき、「大丈夫か」と、声を掛けたその時、返り血を浴び血だらけの小三郎を見て、里が膝から崩れ落ちそうになった。
 素早く受け止めた小三郎に横抱きにされ、里がその顔を見上げ、安心したような表情を見せ、そのまま気を失った。
「悪いが芳さん、坂下の番屋まで頼む」
「一応皆縛り上げて、それからひとっ走り行って参りやす」
「この野郎、折角の旨い浅蜊料理が台無しじゃなぁか、こいつは深川飯の怨みだ思い知れ」などとブツブツ言いながらも、痛がる馬鹿息子の手足をきつく縛り終え、次の男に掛かっていた。流石、植木職人、縄の使い方は御手のものである。
 里を前に抱き直し、縁側から部屋へ上がる。
 さて、里を何処に下ろしたものかと思案無げに部屋を見渡していると、里の目が開いた。
 自分の状況をやっと理解したのか、「済みません」と、小声で謝った。
「大丈夫か」
「はい、済みません」
「驚いたか。悪かったな、人など斬るところを見せてしまい」
「……」
「斬らねば斬られていた故な、赦せ。自分で立てるか。駄目か。今布団を敷いてやる。ちょっと待っていろ」
「……」
 里は、このままずっと小三郎に抱かれていたいと思っているのであろうか、そっと目を閉じ、その腕の中に抱かれることの幸せを夢見ているようであった。

 役人が、事の始末を着け戻って行ったのは、もう直に夜明けにならんとする頃であった。
「今度はただでは済まないでやすよね。人ひとり死んじまったんでやすからね」
 芳造が遣る方無いといった暗い顔で言う。
「そういう事になるだろうな。出来たら事を荒立てずにと思ったのだが、あの侍、儂の腕では勝てなかった、運が無ければ、斬られていたな」
「お勝ちになられたんじゃないんでやすか」
「ああ、里ちゃんのお陰でな」
「里ちゃんの……」
「斬られると覚悟した時、馬鹿息子に投げつけた里ちゃんの木刀が、あの浪人に当りそうになった。それを避けようとした奴に大きな隙が出来た」
「それでお勝ちになられたんでやすか」
「そういうことだ。立派なお手柄だ、里ちゃんありがとう」
「そんな、元はといえば私から出たこと、お礼なんて……」
「里ちゃん、お手柄だって。ご褒美を貰わなくっちゃね」
 芳造が、里の方を振り向いて笑った。
「私、もうご褒美頂きました」
「えっ!」
 芳造の怪訝な顔に、里が微笑んで応えた。
「何貰ったの」
「内緒」
「小三郎様」
 芳造が小三郎を睨む。
「儂は知らんぞ、何もやってはおらぬよ」
 芳造の睨み顔に、小三郎が慌てて顔の前で手を横に振った。
「里ちゃん」
 芳造の目がもう一度里を見た。咎めるような目つきであった。
「ふふふ」
 里が、大事なものを包み込むかのように胸の前で手を合せ微笑んだ。

 昼を回った頃、越後屋の主が駕籠を飛ばし、バタバタと転がり込むように隠居家に飛び込んできた。
 既に、奉行所の役人に、小三郎が元大目付、それも不正を嫌う人間であることも聞かされているようであった。
 畳に額を擦りつけ、ただひたすら小三郎に懇願する。
「一人っきりの後継ぎでございます。どうか、御番所の方へ、よしなにお願い仕ります」
「人ひとり死んでおるからのう、儂の力でどうなるものではあるまい」
「そこを何とかお願い致します。家内も、今朝、事の次第を聞くなり寝込んでしまい、それでも一緒にお詫びに来たいというのをやっと押さえて参りました次第で。出来の悪い息子に育ててしまったのは、皆、私たち夫婦の不徳。もし、また一緒に暮らせるのなら、神掛けて育てなおします。どうか、御番所の方へ宜しくお願い致します」
 大の男が、ボロボロと涙を流し泣いている。
「里、おるか」
 小三郎は、隣の部屋にいる里を呼ぶと、
「聞いていたか、どうする」と訊いた。
「里さんでございますか。度重なる御迷惑申し訳ございません。今後決して近づく事のないよう厳しく致します。どうか御赦し戴き、あの子を救ってやって下さいまし」
「そんなこと言われても、私には……」
「どうか、どうか。私も家内もあの子ひとりが……」
 畳に額を擦りつけるようにし、里にも越後屋が頼み込む。
「里、親というものはな……」と、言いかけた小三郎の言葉と心が、里の心の痛みに触れた。
「親っていいですよね」と、泣きそうな顔の奥に優しさを秘め、ぽつんと言った里の言葉に、小三郎はその胸に去来するものを見た。
「よし、出来るかどうか、それは分らぬが、兎に角、手を尽くしてみよう」
 里が、頷きながら優しく安堵した微笑みを浮かべた。
 好い笑顔だと、小三郎はその顔をじっと見つめた。
 ちょっと照れくさそうな表情を見せた里が、小三郎の目線に、女の恥じらいのようなものを垣間見せ、目を逸らした。
 小三郎の心に里の心が重なり、その重なりの醸し出す温かみのようなものを、小三郎は心地よく受け止めていた。
 思えばこれが、小三郎の老いらくの恋の始まりであったのかもしれない。

「寄せ場送りたったの三月。首謀者でやしょ、全く運のいい奴だ」
 越後屋の息子への奉行所の沙汰を聞いて、芳造が不服そうにそう言った。
「あの浪人の行状もかなり悪かったようだからな。浪人が金欲しさに、あいつらを唆したということだな」
「あの馬鹿息子では無いんでやすか、首謀者は。それにしてもでやすよ、町人が武家を襲ったんでやすよ。その上死人も出た。普通だったら島送りか、下手すりゃ死罪でやしょ。それも、元大目付様でやすよ」
「元大目付とは知らなかったようだな」
「親だってとっても心配してたし、もうあんな真似は二度としないでしょ」
 里が、芳造を宥めるように穏やかに言った。
「あれっ、何だか喜んでるみたい。里ちゃん襲ってきたんでやすよ、小三郎様斬られてたら、どんなことになってたか」
 芳造が、とんでもないというように、里を睨んでいる。
「親の情けは、きっと子供に通じます」
「そんなもんでやすかね」
「だって、ふた親が居るのよ、いつまでも親が居る訳じゃないでしょ、いつかは死ぬの。子供がそれに気付かない訳がありません、同じ血が通ってるんですもの」
 里の言葉が、微妙に震えていた。
 芳造も、里の生い立ちに気付き、言葉を呑んだ。
「まさか、死人に口無し。あの浪人を首謀者に仕立て、御番所に情けを掛けろなんて……」
「芳さん、今日は勘が鋭い」
 小三郎が、右手の人差し指で自分を睨み付ける芳造の方を差し、ニヤリと笑った。
「何を言ってんでやすか、まったくお人好しなんだから」
「ふふふ、お陰でご褒美貰えたんだもの」
 里が、芳造の怒りどこ吹く風と、意味深に微笑んだ。
「だから、何なんでやす、そのご褒美ってのは。もう苛つくんだから、まったく」
 憤懣やるかたない芳造が、小三郎を睨んだ。
「儂は知らんよ。何もやってはいないもの。儂だって知りたい」
「ふふふ」
 里が、幸せそうに笑った。
 
 ひとり縁側に座り、ボーっと庭を見ている小三郎の姿が、寂しい影を漂わせている。
 里は朝餉が終ると、永代寺門前町へ出かけて行った。
 今日はお君の祝言の日である。明日にならなければ里は戻ってこない。
 芳造も今日は用があると言っていたから、訪ねては来ないだろう。
 庭が、いつもとは違った無機質なものに見える頭の中に、里の姿が浮かぶ。
 気を逸らしても、何かやろうとしても手に付かない。また縁側に座り込めば、すぐに里の姿が浮かんでくる。芳造の庭も、今日の小三郎を慰めることは出来ない。
「どうした、小三郎」と、自問する。
 解からない。何故か寂しい。
 心の隙間に棲みついた捉え難いものにもどかしさを覚えながら、今朝出がけに「御櫃の御飯は冷めてしまいますから、お味噌汁だけでも温め直して召し上がってくださいね。煮物はもう一度火に架けて、弱火でゆっくりと煮立ってきたら食べ頃になるように味付けしてあります」と言い残し、作り置きしてくれた昼飯を、言われた通りにやってみた。
 美味しい。
 口の中に広がる美味しさを噛みしめながら、また里のいない寂しさが込み上げてくる。
「あーあ、ひとりぽっちか」
  
 夏の匂いが濃くなり出した頃、小三郎は、最早自分の心に欠く事の出来なくなってゆく里の存在に気付き始めていた。だがそれは、恋焦がれるような、男と女のそれとは違っていた。大事な、何か失いたくはない肉親の存在のような、いうなれば自分の可愛い娘のような存在なのであろうか。ただ、里の姿を見ていると、何か、どこか、それとは違っているような気もした。
 それは、日を追うごとに小三郎の心の中で大きくなって行く。そして変化してゆく。得体の知れぬ感情を持て余し、時々、里といることが苦しく感じられるような時もあった。
 里も小三郎の視線に何かを感じ、自分の内に膨らんでゆく、それまでとは違った小三郎への思いを感じ始めているようであった。

               皐月の闇に 第三話「夜襲」おわり
                      第四話「花火」へ続く

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